忘れられていた者
「今日買うものは…」
民宿「しろすな」から少し離れた位置にあるスーパー。
そこの中に渚の姿があった。
夕飯の買い出し中である。
渚の毎日の習慣と化した光景である。
「これと、これとー…あとは、向こうだっけ」
毎日のように訪れているので、その足取りはスムーズである。
必要なものを探し出して次々とカートの中に放り込んでいく。
が、そんな何でもない時こそ事件は起きるもので。
「あ」
「あ」
あ、の声が二つ重なった。
カートを押して歩いていた渚の前に現れたのは一人の少年である。
しかもすっげえ見覚えがある顔をしている。
というかわずかに数日前に忘れないよあの顔はと本人が言っていたその顔である。
神谷明人。
数日前にいきなりの謎アプローチをかけてきた少年であった。
「おっす」
「あ、こ、こんにちは」
さて、また何かやらかして来ないだろうかと、少し身構えた渚に対して、明人の方はと言うと、実にフランクな挨拶を発射してきた。
前回あった時のようなことを警戒していた渚からすれば、普通過ぎてちょっと面食らう。
ただ、そのまま少し接近してきた明人に対して一歩引いたのはまだ抜けきらない警戒心の表れか。
「この前はすまなかった。いきなりあんなこと言われても困るよな」
「え?い、いや、私も忘れてたみたいで、なんかごめんなさい」
「いいっていいって。俺も覚えてるもんだって勝手に決めつけてたからな…」
いきなり謝り始める明人。
前回はやはり渚が自分のことを覚えている前提で会話を始めていたようで、そのことに対して思うことはあったようである。
なお渚の対応が多少軟化したのは、そもそも過去の渚と付き合いのあった人物なのかもしれないことが分かったからである。
でなかったら挨拶段階で逃げてる可能性が高い。
「それで、思い出そうとしてみたんだけど、やっぱり、覚えてない、です」
まあ、残念ながら思い出すべき記憶が最初から存在してないのでそりゃそうである。
「そうか…いや、いいんだ。多分小学生時代の俺が空気過ぎたのが悪いんだ。だから、もう一回友達から…駄目か?」
ものすごく申し訳なさそうな顔でそんなことを聞いてくる明人。
「いいよ。こちらこそよろしく」
「よっしゃ。よかった!これで断られたらどうしようかと思ってたんだ」
いい笑顔になる明人。
なまじ顔は整っているので笑顔が眩しい。
「あ、そうだ、この前はまともに自己紹介すらしてなかったんだ。改めて、俺は神谷明人だ。ここの近所に住んでる。またよろしくな!」
「あ、うん。私は白砂渚、よろしくね。神谷君でいいかな?」
自己紹介されたので紹介しかえす渚。
「ああ、神谷で大丈夫だ。それで、渚…あー、呼び方渚でいい?昔はこうやって呼んでたからこっちで慣れてて…嫌なら変えるけど」
「ああうん、全然大丈夫だよ」
「なら渚。いつの間にこっちに戻ってたんだ?小学生時代にどこかに転校してってから全く音沙汰なかったから知らなかったけど、この前渚を見かけたって友達づてに聞いてさ」
「え、えーっと、数か月前かな」
ちなみに小学生時代に転校してた事実も、ここに帰ってきた事実も今知った渚である。
数か月前と言うのは口から出た出まかせである。
「ああ、そっか。じゃああいつが見たって言ってたのは帰ってきたときくらいの渚だったのかな」
「そうなんじゃないかな。その友達ってどんな子なの?」
「ん?稜子だけど…ってあいつも覚えてないか?」
「あ、うん、覚えてない…」
「ああそうか。昔俺らと一緒によく遊んでたやつだよ。だから多分渚のことも覚えてたんだと思う」
またもや渚は知らないが、向こうは知っているタイプの人である。
頭の痛いネタがまた一つ増えた。
「そうそう、それでこの辺は高校2つしかないじゃないか。稜子は俺とは別の高校だから、てっきり渚もそっちに行ってると思ってたんだ。そうしたらそっちには行ってないって言うし、俺の方には当然いないから、じゃあ今、渚は何をやってるんだと思ってこの前みたいなことを…」
「ああそれであんなこと突然言ってたんだ…」
「それでなんでこっちに帰ってきたんだと思って…」
「それでも、道の真ん中で突然あんな風に声かけられたら驚くよ?」
「それは、その、すまない…どうやって久しぶりに会った渚に話しかければいいか分からなくて…」
俯き気味になって声のトーンが明らかに落ちる明人。
浮き沈みが激しい。
「えーっと、今私は家でお姉ちゃんの手伝いをしてるの」
「お姉さん?ああ、咲希さんか」
伝わった。
咲希の名前も知られているらしい。
どうやら渚と明人はそれなりに一緒に遊んでいた仲だったようである。
「あれ、お姉さんは今何を?」
「民宿だよ。私もその手伝いをしてるの」
「ああ、そういうことだったのか。渚のばあちゃんがやってたとこだよな。お姉さんが今やってるのか」
「あれ、それも知ってるんだ」
「そりゃ昔はあそこにもよく行ってたしな。よく渚のばあちゃんにも会ってたし」
さらに今住んでる「しろすな」にもよく顔を出していたことが判明した。
住所ばれしてるようである。
「じゃあ今は高校行く代わりにもう仕事やってんだ。すげえな」
「料理とお洗濯くらいだけどね」
「でもそれでお客呼んでんだろ。やっぱすげえよ」
その辺で何かを思い出したように左手を見る明人。
顔に焦りが出始めた。
「やっべ、ごめん渚、この後予定あるんだ。また今度会おうぜ!またな!」
「うん、じゃあまたね」
そのままカートを押してすごい勢いでレジに消えていく明人の姿を目で追う渚であった。
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「…ていうことがあったんだよね」
「またそいつかい。また会うんじゃねとか言ってたけどフラグだったか」
「フラグだったねぇ…咲希姉があんなこと言うから回収しちゃったじゃん!」
「しろすな」2階。
お客は今日はいないので久しぶりに落ち着いた2人である。
「まあ、ほんとに過去の渚の関係者みたいじゃんそいつ」
「そうみたいなんだけど…私は知らないんだよなあ…」
まあ少なくとも過去の渚と関わりのある人物であることは間違いないようである。
「まあまあ、話し聞いてる感じじゃそんなに悪い奴でもなさそうだしいいんじゃないの別に。過去のこと教えてくれそうだし」
「危ない人だったらそもそも話さないで帰ってるよ」
「ほんとにぃ?」
「それくらいの危機管理はできるようになってます!」
「てか、また会おうって言ってたって聞いたけど、いつどこで?」
「聞く前にどっか行っちゃったから…」
「成程?まあなんかまたその辺で出くわしそうだよねそいつ」
「会いそう」
「ここ知ってるぽいし、玄関先いたりして」
「それは…なんかやだなぁ」




