わたしのお正月 背徳のアフタヌーンティー
じゃ、行ってくるよ。旦那と子供達が外へ遊びに行った、正月三日の午後。地方にある彼の実家から自宅である都内のマンションに、二日の夜更けに、自家用車でたどり着いたと言うのに、みんな元気だわ。
「無駄遣いしないでよ、あなたも、子供じゃないんだからね」
わかったわかった、と旦那。お父さんは任せて、としっかり者の長男。次男は何を買おうかニコニコ笑顔。
「じゃ!行ってきまーす」
元気な声が、見送るわたしの前から出ていった。子供が貰ったお年玉を、管理できない年齢の頃は、わたしもついていったけれど、今は家に残ってのんびりすることにしている。
「せめてどっちかが、女のコだったらねぇ、こればっかりは仕方ないけど、男三人の買い物についていっても、ゲームでしょ、ゲームでしょ、ゲームなのよ、つまんないのよね」
乾いた洗濯物を畳む。今日の晩御飯は、子供達のリクエストで、宅配ピザをお持ち帰りになる予定。サラダにミネストローネでも作ったらいいか、旦那がピザの買い出しついでに、チキンとアイスクリームも買って帰るからって言ってたしね。
「はぁぁぁ、やれやれ、あー疲れた」
洗濯物を片付けてから、リビングのソファーに横になった。そのままで、テレビを見ようとしたけれど、これといって見たい番組が無いので消した。
このまま昼寝をしようかな、新年早々、わたしは堕落におちようかと思ったけれど、せっかく優雅に過ごせる独りきりのニューイヤーの午後、とっておきのお茶の時間にすべく行動を起こす。キッチンに向かう。そしてまずは独身時代に買った、アンティークのティーセットを細心の注意を払いながら、そろりと取り出した。
ポットのお湯は使わない、ヤカンで新たに沸かす、その間に、ダージリンの茶葉、お気に入りの雑貨屋で見つけた、小さな薔薇の形を型どった砂糖をカレー用のスプーンにコロンと乗せる。
ピンクの野薔薇が散りばめられている茶器とセットの菓子皿には、お義母さんお手製の甘さ控えめ栗きんとん。丁寧に裏ごしをかけているので、餡が滑らかだ。ひとすくいのせて、メープルシロップをひとたらし。
しゅんしゅんと湯気を吹く。先ずはそのまま入れて、ポットとカップを温める、一同中身を捨て、茶葉をいれて湯を注ぐ、砂時計をセット。葉が開く迄に砂糖にある事をする。ポットに帽子みたいなカバーを被せる。
そしてほくそ笑みながら、旦那が後生大事にしている、頂き物のお高い洋酒を持って来る。サラサラと碧の色が、全て下に落ちていた。紅茶をカップに注ぎ入れる、ブランデーをスプーンにひとたらし、そしてマッチでそれに火をつけた。
ポッと小さく青い炎、透き通るような中に砂糖の塊。少し揺らめくそれを楽しんでから、そろりとカップに沈める。シュっと音とともに消え、しゅわりと砂糖が蕩けた。
大きなスプーンから、きしゃな銀のティースプーンに変える、クルクルと混ぜると立ち昇る、鼻に届けば心からうっとりとする香り………。
リビングに運ぼうかと思ったが、運んで、そしてまた運んで……、片付けるのが面倒くさいので、キッチンでアフタヌーンティーと洒落こんだ。
し、ん、と静かな室内。昨日まで過ごした旦那の里も今は同じく静かだろうか。
「大きくなって、まぁ、手ぶらでいいのに……真紀子さんもよく来たね、いらっしゃい」
義父母が優しく出迎えてくれた大晦日。好きなお菓子や
お酒を、お土産にするのはいつもの事。それを笑顔で受け取ってくれるのも、いつもの事。
台所を手伝って過ごす大晦日と元旦。入れ代わり立ち代わり来る親戚、近所お嫁に行った義姉さんも、旦那と子供を連れて元旦の夕に来るのもいつもの様。
嫁として、かわいがってもらっているのはわかっている。お義母さんとは旦那よりも話が合うし、色々教えてもらって感謝している。お義父さんも優しい。そして、子供達もかわいがって貰い、とても良くしてもらっている。
義姉さん夫婦も、お互いの子供の年が近い事もあり、普段からラインのやり取りをしたり、友人みたいな付き合いをしている。
楽しい、従兄弟達と遊ぶ子供達が嬉しそうだし、義姉さんの旦那とバカ言って飲んでる我が旦那見てても面白いし、そんな二人の愚痴を、こっそりと言い合う義姉さんとの時間も楽しい。
お義父さんと一緒になって、お義母さんの手料理褒めたりするのも、楽しい……なぜか自分の実家に帰るより、構える事はない。
それは、ちゃんとしているの?大丈夫なの?と聞かれる事が無いからだと思う。娘が心配なのだろう、わたしの母は電話でも、帰ってもそう聞いてくる。ありがたいのだけど、ちょっとうっとおしく感じるのは、どうしたものか。
こっそりバラすと、良くしてもらっている、旦那の家にも似たようなモノを持っているわたし。それは『良いお嫁さん』その枠にハマるように動いている事を知っているから……。それは自分が生まれ育った家でもそう。
多分それは、良い子でいるのが、面倒くさいのだろう。いい母親でいることも、お嫁さんでいることも、親孝行の娘でいる事も、少しばかり面倒くさく思っているわたし。
時折、ハメを外したくなる。こっそり家出なんてしたくなっちゃう。でもそれは妄想で置いておく。行動を起こしても良いけど、後でものすごく面倒くさい展開が読めるから。
いいお母さん、いいお嫁さん、良い奥さん、良い娘、善良なる市民……、時に嘘もつくけど様々な『少しばかり良い』仮面をかぶっているわたし……。本当の私は、その下に潜んでいる。
そして時々こうした、ぽっかりと空いた時に、ちろりと出てくる私。それもまた良し。
高貴なる香りのお茶を飲む。包まれる私。そして栗きんとんをひと口。なめらかにとろける甘さ………。美味しい。静かなのもアレだし、ポケットから携帯を取り出すと、音楽アプリで曲を選ぶ。
「ふふ、ここは『王子』王道のアレを……、あった!」
ロックが流れる。心を鼓舞するそれが。音量を上げる。キッチンに王子のリズム。そういや……、ロックは不良だと言われた時もあったわね。一昔前を思い出し、おかしくなりクスリと笑う。
私は少しばかりの優雅な時を楽しみながら、香り高い紅茶を飲む。合間に栗きんとん。
お気に入りのピンクの野薔薇の模様が描かれたティーセット、銀のカトラー。ダージリン、甘さを足した栗きんとん、それに加えられた、旦那とっときのお高い洋酒。
うん、いい感じ、フフフフ。それと。
R&R!
終わり。