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沖泊まり  作者: 山中 洸
6/9

其の陸

 島に戻ると、トオルはすぐに邦夫の駐在所を訪ねた。

 駐在所は参道の中程にある。

 見た目は派出所と同じだから、邦夫がパトロールでいないときなど、道を聞きに来た観光客の対応に母親が当たることがある。

 皆なぜ交番におばさんがいるのかと戸惑ったような表情になるが、事情がわかると観光を忘れて世間話や身の上相談を始めたりもする。邦夫の母親には素朴さの中に人を引き付ける天性の明るさがあった。

 その母親がトオルを気に入り、離さないものだから、邦夫が母親を無理やり奥に押し込んだ。

「おふくろ、中に入っていてよ。すまんトオル。ところで何の用だ?」

「邦夫兄ちゃんに頼みたいことがあるんだけど」

「なんだ、改まって」

「支配人が泊まっていたホテルの防犯カメラを調べてほしいんだ」

「防犯カメラ?なんでだ?何か事件に関係あるのか?」

「うん、ちょっと気になってね。支配人が何時に映っているか知りたいんだ」

「そりゃあ職場は違っても俺も警察官だし、本署には柔道仲間の知合いの刑事もいるからな。まあ、頼んでやるよ」

「それとさ」

「まだあんのか」

「うん、ヤマジイの工房で見つかった指紋が誰のものか知りたいんだ」

「知りたいって、全部か?」

「そう、全部」

 午前中の事情聴取のときに、ホテルにいた全員が、任意で指紋を提出していた。

「いいよ。あとは」

「他にも頼むことがあるかもしれないけど、いまはそれだけ」

 頼まれたことを知らせに、その日の夕刻には邦夫は紀伊国屋にいるトオルのところ来た。

 その早さにトオルは、邦夫が警察官だということを、改めて実感していた。同時に、自分たちの持っていない権限の大きさも感じていた。

「まず、防犯カメラだけどな」

 お茶を入れているトオルに背中を向けたまま、邦夫が切りだした。

 ホテルには山崎の夫人の好意で、無料で泊まらせてもらっているが、サービスなどは一切なく、布団の上げ下げや部屋の掃除、お茶も、もちろん自分たちで入れなくてはならなくなっていた。

「初めに映っているのが、昨日の夜にチェックインしたとき。時間は夜の六時だ。すぐ出かけて、十二時前に戻って、また夜中の三時に出かけてる。次は朝八時に帰ってきて、あとは十一時、社長が死んだと知らされてチェックアウト、これが最後だ」

「随分出たり入ったりしてるね。でも生簀の魚が死んでしまう、いわば緊急事態なんでしょう。それなのにまずホテルに入るのかな」

「疲れてたんじゃないのか。それに海水浴のシーズンだから、先にホテルを確保したんだろう」

「寝るところの確保ってことか。でも魚の買い付けが先じゃないの?一晩寝なくたってさ。まあ、いいか、それで指紋は?」

「まず、凶器の茶碗からトオル、お前の指紋が見つかっている。陶器だから鮮明ではなかったけれど、内側に指紋がないことと、自分から申告していたから、お前を容疑者とはしていないそうだ。内側に指紋がないのは、茶碗を持って殴ったとしては角度的にも不自然だからな。それと棚の壺から出た税理士の静間の指紋だな。これも工房を案内してもらったと言っていたそうだ。あとは従業員の指紋は数人分、他人をあまり中に入れなかったようだな。残りは本人のものだけだ」

 トオルが入れたお茶をグビリと飲んで、喉を湿してから、邦夫が続けた。

「あとな、発表はしていないが、害者の後頭部のキズは、少なくても二回は殴られてできたそうだ」

「えっ、二回?」

 トオルの表情が明らかに変わった。

 トオルはウマたちが泊まっている隣の部屋に行った。

 今日は競馬もないので、入口に背中を向けて、丸まって寝ていたウマを、トオルは突いて起こした。

「なんだよ、気持ちよく寝ていたのに」

「ウマさん、頼みがあるんだ」

「なんだ?」

「あのね、税理士の静間って人のこと調べて欲しいんだ」

「何を?」

「東京に帰っているかどうか。それと顧客。あとは彼の生い立ち」

 詳しい説明は必要なかった。元新聞記者のウマの調べ物に関する能力には目を見張るものがあった。

「わかった、急ぎだな」

「うん」

 ウマはトオルの鼻先で手を広げた。

「交通費と駅弁代」

 トオルは叔父から貰った茶封筒から、札を二枚取り出して、ウマに渡した。

 ウマが出かけたあと、トオルは一座の美術を担当している徳三と一緒に町の港へと行った。

 徳三は大道具のスペシャリストで、なかでも書き割りという舞台の背景を描かせたら右に出る者はなく、『書き徳』と呼ばれてその世界では一目置かれる存在だった。

 魚を運んだ船の沖泊まりのスペースを見せて、同じものを作ってくれるように頼んだ。

 徳三はざっと見てから「わかった」とだけ答えた。

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