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沖泊まり  作者: 山中 洸
4/9

其の肆

 翌朝、トオルは館内の異常な騒ぎで目が覚めた。

 客がいることを忘れたかのように、従業員が大声で何か話しながら駆け回っている。

 着替えてフロントに行ったトオルに知らされたのは、山崎の死だった。

 普段なら朝食前に顔を出す山崎が来ないので、自宅に電話をしたがいない。館内を探し、陶芸の工房で倒れている山崎を発見したのだが、すでに事切れており、警察に連絡し、いまは島の駐在が現場を保全しているという。

 トオルはすぐに工房に行ってみた。

 現場への立ち入りを禁止するバリケードテープが島にはないのだろう、警官がひとり、工房の入口に立っていた。

 中を覗きこもうとしたトオルを警官の太い腕が押しとどめた。

「だめだ、入っちゃいかん」

 何故かトオルはその声に懐かしさを覚えた。駐在もトオルの顔を見て、おやという表情になった。

「トオル……か?」

「邦兄チャン?」

 互いに確かめ合うような声の調子だった。

 邦兄チャンとは、児玉邦夫といい、トオルの父親が生きていたころ島に来た一座に毎年入り浸っていた、入門志願の少年だった。

 まだ高校生だったこともあって、トオルの父親は入門を許さなかったが、トオルの遊び相手になってくれて、磯遊びや遠泳を教えてくれたのも邦夫だった。

 もう十年以上会っていなかったが、邦夫は異例の若さで出身の島の駐在になっていた。

「元気か、トオル」

「邦兄チャン、警官になったんだ」

 だが懐かしがってばかりはいられなかった。なにしろ山崎が死んだの。それも、どうやら殺されたようなのだ。

「ヤマジイ、殺されたんだって?」

 邦夫の脇の下からトオルが工房の中を覗き込んだ。

「ああ、多分な。署に連絡したから、もうすぐ本署の人たちが来るよ」

「ねえ、入っちゃだめ?」

「だめに決まってるだろう。立入禁止だ」

「だってヤマジイが……」

 トオルと山崎との間柄を知っている邦夫は、見るだけで一切触るなと念を押してから周囲を見回し、誰もいないことを確認してからトオルが工房の中に入ることを許した。

 山崎は椅子に座ったまま、轆轤につっぷすようにしていた。

 膝までのズボンを履いてポロシャツを着ている。寛いでいたときに襲われたのだろう。

 割れて周囲に散らばっているのが、凶器として使われた瀬戸物だと思われたが、それは昨日トオルが手にとって見た厚手の器だということがすぐにわかった。

 ひと通り工房の中を見まわしたが、他に異状のようなものは感じられない。器で後頭部を殴られたことが死亡原因だと思われた。

 頭の中に昨日船着き場での山崎の笑顔が急に浮かんだ。

 両親を亡くし、叔父叔母以外に血縁もないトオルにとって、山崎は祖父のような存在だった。

 血の量が少ないことに救われた気持ちになっている自分に気づいて、トオルは急いで手を合わせた。その手が震えていた。

「トオル、もういいだろう」

 邦夫がトオルを急かせた。

「変なことを言うようだが、ホテルにいた全員が事情を聞かれるぞ。お前もそのひとりだ。本署の人たちが来たら調べられるからな」

 当然だし、それで犯人が捕まるのならばとトオルは思った。

 本署から来た捜査官の聞き取りは全員に行われた。

 面接の順番待ちのようにロビーで待たされていると、魚の買い付けのために町の港に行っていた支配人の寺師が、息を切らせて戻ってきた。

「泊まっていたホテルに電話があった。社長が殺されたんだって?」

「まだはっきりそうとは。ただ、らしいということだそうです」

 優柔不断な返事をしたのは、昨日トオルたちの部屋に来た従業員の女だ。

「犯人はわかったのか?」

「いいえ、まだ、だそうです」

 どこまでも「聞いたこと」で貫き通すのも才能である。

「皆さん、ありがとうございました」

 駐在の邦夫が全員の聞きとりが済んだことを伝えた。

「おい、ボン、あれは芝居小僧じゃないか?」

 ウマが邦夫を指差した。

 トオルの父親である先代雪之丞が亡くなったあと、短期間だが、ウマが邦夫を追い返す役目を引き受けていた時期があった。

「そうだよ、邦兄ちゃんだよ」

「昔、毎年島に来てた頃に通い詰めてた入門志願の小僧だよな。今日は警官の役か」

「まさかあ、本当の警官だよ。島の駐在さんをしてるんだって」

「そうか芝居を諦めたのか。大正解だな」

 容疑者ではなく、参考人として任意の事情聴取だったから、捜査の責任者は、居場所をはっきりしておいてくれるように頼んで、全員を解放した。

 トオルたちの一座の場合は、移動が多いので困ったようだったが、普段住んでいる場所を記録して「連絡するかもしれない」と念を押した。

 夫婦者と税理士は島を離れたが、トオルたちが島に残ることにしたのは、事件の成り行きが見たいというトオルの希望もあったが、ほかの座員は美味い魚が食える、という極めて不純な動機からだった。

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