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双子地獄録  作者: 失神
5/8

 ――今宵の血潮は白昼に水泡へ翻る




 痛い、痛い、痛い。

 熱い、熱い、熱い。


 血が零れる感触が嫌だ。

 骨が肉を突き破るのが嫌だ。

 頭が痛い。



 痛い、やめろ。

 喉が焼ける。苦しい。

 息ができない。

 死にたくない。

 死にたくない。



「飽きないね」


「……あ?」


「ああいや、そりゃお前らに対しても思ってるよ…。

 毎回毎回飽きもせずによく同じ人間を殺せるな、とは思ってる…。


 でもそれ以上に、"俺が"死ぬのが飽きないね…って」


「痛みに慣れるのを期待してるのか…?

 残念だが無理だ、そういう風になっているし…」


「そうなの…?

 赤ん坊だった頃はあんまり痛みとか認識できなかったんだけどなぁ…」



 あ、潰れる。



 頭の中で大きな音がして何かが弾ける感覚。

 直後に全身に伝播する不快感、そして熱。

 身体が固まる。動けない。


「……」


 あと何回繰り返せばいいんだろう…。

 それだけでもいいから教えてよ…。



「獄卒さん…」


「あ…?」


「俺たちの罪はなんですか…?」


「……」


「俺たちの罪はなんですか……」


「獄卒は…知らない。

 閻魔さましか知らない」



 苦しい、痛い。

 頭が痛い。



「閻魔さま……、教えてください……。

 俺たちの罪を……」



 頭が痛い。






 獄卒が頭を下げ、その間を閻魔が歩く。


「例の双子は?」


 ひとりの獄卒が言う。


「申し上げます。沼付近であります」


「そう…。

 引き続き奈落はついて来い。他は業務に戻れ」


 閻魔は、久々に訪れた地獄の陰惨な雰囲気に少し気が滅入りそうになった。

 罪人の喧しい悲鳴が直接耳に劈く。

 どこもかしこも血、肉片、灰……。


 ……いくら罪を贖わせるためとはいえ……、

 ここまでする必要があるのか……?


 ―いや、冥界の法たる者が一体何を考えているのか。

 閻魔は自嘲して、双子のもとへ急いだ。






 頭が痛い。

 もう、なんなの。


 弟が痙攣しながら頭を抱えている。

 双子ってのは顔は似なくても行動は似るらしい。

 俺と同じくらいの時期に、弟も頭痛を訴え始めた。


 痛みでおかしくなりそうな頭を、地面や壁に叩きつけて紛らわせようとしている。

 バカだな……、そんなことしても意味ないって…。


「おい……お兄ちゃんがよしよししてあげるから…

 ちょっとやめてよそれ……。

 こっちまで気がおかしくなりそうなんだよ…」


 頭の中で熱された鉄球が狂ったように飛び跳ねている―そんな痛み。

 弟は夢中で暴れ狂っている。

 声は出ていない。喉が潰れているから、か弱い笛のような息遣いしか聞こえない。

 ヒューヒュー音を響かせながら、のた打ち回って身体中が腫れ、掻き毟った頭髪が次々に抜け、千切れる。

 やがて弟は獄卒のひとりに寄りかかり、しがみつく。


「ちょっと、そいつ……殺してやってよ…一回」


 おそらく死への懇願。

 もう痛いのは嫌だから死にたいって言うんだ。

 そんなの…蘇らされて無駄になるって……。


 ああ…畜生……。

 頭が痛い。


 なんで毎回死んでいるのに…痛みはなかったことになるはずなのに……。

 頭痛だけはずっと、ずっと続いている。



 ようやく鎮まった弟に這い寄る。

 頭に手を載せ、熱を見てやる。

 獄卒は弟をすぐに蘇らせた。

 俺の手を物凄い勢いで振り払い、再び狂いだす。


 俺だってそうしたいよ……。

 もうずっとこんな調子だ。



 頭が痛いんだ。






 天上界では、静かな風と穏やかな蓮の香りが流れていた。

 その一部に、悠然と鎮座する一人の如意。


 名は如嬰(にょえい)と言う。

 生前、学問を志す以前より仏道に身を委ねた。

 優秀な学業成績に風情のある嗜みを備え、朝廷に役職を与えられたが辞退した。

 その後は貧民を救い、正直で篤実な生を全うした。

 齢五十だった。


 彼は天上界へ参上したあとも、絶えず悟りへの修行を続け、やがて如来となった。

 目を閉じて安らかな風を感じる。


 ―しかし近頃、耳に雑音が入る。


「(恐怖……と似ているが違う…憎悪? 困惑……?

 地獄の罪人が…救いを乞うているのだろうか…)」


 雑音にはそういった負の感情が入り混じりつつ、しかしどこか漠然としてつかみどころのないものだった。

 おそらく救いを待つ類の祈りだとは思っていたが。


 如嬰は償う人間を放っておけない性格だった。

 これまでも何度か罪人に手を差し伸べては、蓮宮に少し咎められていた。

 天上界の秩序取締の蓮宮は地獄の罪人に対し厳しい御方だったため、如嬰とはある意味正反対だった。


「……」


 気になるな。

 如嬰は瞼をゆっくり開いて、地獄へ様子を見に行くことにした。

 たとえ罪人が愚かでも、かつて同じ浮世に生まれ、過ごした同じ人間なのだから……。


「(また蓮宮さまにお叱りを受けるな…)」


 承知の上で、如嬰は天上界を出た。







 弟がついに発狂した。

 もう自分から死にに行っている。

 尖った岩場に頭や体を勢いよく打ち付け、血飛沫が飛ぶ。

 喧しく泣き叫び、人間のものとは思えない悲鳴をあげる。


 俺も、その一歩手前だった。

 けどお兄ちゃんはね、簡単に壊れないんだよ。

 弟を宥めてやらないといけないからね。


「なあ……、一旦静止してみてよ…、思い込んでるだけで意外と痛くなかったりするよ…?」


 駄目だった。

 よく見たらもう顔の右半分は潰れていて、赤い泡がぶくぶくと吹き出している。

 血まみれの岩にしがみ付き、痙攣して息絶えた。


 頭が痛い。


 のた打ち回る弟とは対照的に、俺はもう無闇に動かない方がよいと思って完全に身を地面に投げ出していた。

 それでも痛いことに変わりはない。

 死んで静かになった弟を見る。ああしている間は痛みがない。

 少し羨ましいかも。


 ぼんやりと壊れた弟の死体を見ていると、獄卒がやってきた。

 弟を一瞥してため息を吐く。


「なんだコイツ。勝手に死にやがったのか。

 つくづく奇妙な連中だな…、身体もデカくなるし、どうなってんだ…」


 どうやら死者が成長することはかなりの異例だそうだ。

 俺たちからしたらそういう思考の方が意味不明。

 成長なんてしようと思えばできるもの。人間なんだから。


 ここにいる罪人どもは多分、生きるのを諦めた連中だから。

 そんなのもう人間じゃない。壊して直してのオモチャ。


 俺たちは人間だから。



 獄卒が弟を蘇らせた。

 綺麗に復活した弟は地面に這いながら体制を立て直す。

 そして堰を切ったように叫びだした。

 また頭痛が始まったからだろうが、なにかおかしかった。


「ああ…あああ……、あああっはっはっはっはっ……!

 あっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!

 あっはっはっはっはっははははっはははっは……!!

 ああ!! ああッ…!!!」


 弟が笑うと同時に、これまで以上の痛みが頭を貫く。

 ああ…痛い!


「ちょっと…! お前のせいで……頭が痛いんだよ…!

 あああ……!!」


 弟が地面に向かって笑い続ける。

 痛い痛い痛い!!!


「痛いって言ってんだろおぉおぉ……畜生ぉォ……!!!

 あああああっ……!!! クソォぉォ……!!!

 あああっ…あはは……あーっはっはっはっは!!!」


 切れた。

 脳味噌の大事な線か何かが切れた。


「あははははははは!!」


「あははははははは!!」


 喉が壊れた。

 血の味がする。


「あははは!! ねえ……!! ねえ!!

 聴いてんの!? 痛いんだよッッ!!」


「俺だって痛いんだよォォォ!!! あーーっはっはっはっはっは!!!」


 硬い地面を掻き毟る。

 爪が剥がれる。

 なにそれ? 面白。


「あはははははははは!!!」


「あああっ! ああああ!!!」


 獄卒が数人、どたどたと駆け寄ってきた。

 ああ何? また殺すんだ!?

 どうぞ! もう好きにしてよ!!

 頭が痛いよ!!! あははははははは!!!


「な、奈落さまに……

 …や……閻魔…ま……」


「閻魔さまが今……こに……。

 もうじき……ああ…」


 何だって!?

 自分の笑い声で全然聞こえない。

 アホみたいな顔して俺たちを見つめる獄卒。

 痛い痛い痛い!!


「はあああっ! はあっ!! ああああっ!

 はあ……はあ……はあ……」


 口から血が溢れた。

 笑いすぎて体中が痛い。


 しばらくして、弟が落ち着いてきた。


「はあ……はああ……はあああぁ…

 ねえ……あれ……? 頭…なんともない……」


 くらくらする視界を動かして弟を探す。

 本当だ。頭痛は嘘のように消えていた。


「そうだね……笑う門にはなんとやら……だね……

 ねえ……どこにいるの…?」


 やがて捉えた。

 弟の血に塗れた頭。

 その紅を貫くように――――――。

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