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双子地獄録  作者: 失神
4/8

 ――我が血肉を啜り、地の天へと驕りたまえ




「そんなに驚かないでよ。赤ん坊は成長が早いんだよ…?」


 青年は同じく蘇った双子の弟を撫でながら、ゆったりとその場に座る。

 顔は違っていた。


「(二卵性双生児……って、俺は馬鹿か!?


 顔が違っていたら困るだろう! このガキ共、顔の違いを識別できる程度まで成長しやがった!)」


 奈落は、言葉を発せずに混迷していた。

 あらゆる可能性を考え、頭がおかしくなりそうなのを堪えながら、それでも表向きは冷静を装った。


「……この罪人に…、術をかけたか…?」


 問われた獄卒は否定した。

 奈落には、誰かが双子を殺しやすいように大きくさせたとしか思えなかった。


「奈落さま、私はこの双子をほとんど常に見張っておりましたが…

 ……っ、徐々に……まるで女の腹の中で胎児が形を成していくかのように……

 殺し、蘇らせるたびに……!」


 青年は、奈落たちを見て唇を尖らせる。


「お前たちは人を殺しているくせに成長のことは知らないんだなァ。

 御覧の通り、おかげさまで俺はもう立派な大人ですよ。

 それより……」


 青年が、弟を撫でていた手を放して立ち上がる。

 そして、一切物怖じせずに奈落に近づいていく。


「(殺すか)」


 奈落はそう直感したが、どうせすぐに蘇らせなければならない。


「寂しかったよ……どこを探してもいないんだもん…。

 はじめて俺たちを抱っこしてくれた奈落さま……

 俺たち家族がいないから……奈落さま……

 お父様になってくれる……?」


 身体を寄せ、奈落の手をそっと握り、無垢な瞳で見つめられる。

 奈落は息ができなかった。

 この人間、何か危険だ。


「アハハハハハハハハハ!!!

 冗談だよ冗談ッ!

 そんなあからさまに固まらなくても…! くっくっくっ……!!」


 ―奈落は本能的に、青年を殺めていた。

 どさりと音を立てて地面に倒れる青年。


 義務感でも怒りでもない、ふと「殺さなくては」と感じたのだった。


 弟は兄の死体を無表情で見つめていた。


「……弟、説明しろ。

 この状況…」


 奈落が額の汗を裾で拭う。

 汗をかいたのは久々だった。


「……獄卒にはわからないだろうね。

 成長することは生命の特権だから…」


 弟は髪の毛をいじりながら澄ました表情で答える。


「お前たちは生命ではない」


 奈落がそう切り返すと、弟は少しだけ目を瞠った。

 が、すぐに無頓着な視線に戻り、立ち上がった。


「奈落さま、俺たち…生まれた記憶も死んだ記憶もないんだよ…。

 なのに勝手にお前たちは死者だって決めつけられたら困るなあ……」


 奈落ははぐらかされた気がして苛立つ。

 何か仕掛けがあるはずだ。

 必ず暴いてやる…。

 地獄で成長する死者など…絶対にあり得ない存在を認めてたまるか。


 奈落は黙ったまま兄を蘇らせ、完全に復活しないうちにその場を去った。




 双子の不気味な変容以外は、無間地獄に異常はなかった。

 罪人たちは相変わらず悲鳴をあげ続けている。

 よく勘違いされるが、地獄の罪人は何度も殺されているからそのうち感覚が麻痺するのではないか、という主張は間違いだ。

 実は、獄卒は罪人の肉体を蘇らせるというより、罪人の"時間を巻き戻している"のだ。

 奈落の"死者は成長しない"という確信の根拠はそれにあり、地獄において蘇らせるとはバラバラになった肉片を修復するのではなく、

 記憶も経験もすべて白紙にして元の状態に戻すということである。


 そのため、経験した死の痛みを、未経験の感覚のまま何度も繰り返すということである。

 感情の変化もない。死にたくないという感情、獄卒への恐怖は常に保たれる。

 罪人は虚無にもならず諦めもせず、慣れることもなく永遠に思える時間、死に続ける。

 命乞いをしながら悲痛な叫びを木霊させる。


「(ならば尚更おかしいではないか!)」


 あの双子は摂理に反した動きを見せている。

 例えるなら、時計の針を正午に合わせたと思ったら全く違う時間を指していたかのような―超常現象。

 人間界では怨霊の仕業だとか怪談として語られるであろう現象。


「(私の感覚が狂っている?)」


 正午に合わせたと"思った"だけで、本当は全く違うことをしている?


「(私の目に映るすべてが真実とは限るまい…)」


 それが本当に正午かどうか確かめる術は?


「(本当はあの双子が普通で、他の罪人が異常なのか?)」


 もしかすると正午の定義すらあやふやなままで?


「(普通…い、異常? 普通? 地獄に普遍性なんてない…)」


 お前が持っているものが本当に時計かどうかすら――




「奈落さま! どうされました!?」


 奈落は、ふらふらと壁に寄りかかった。

 脳の奥が痛い。吐き気がする。視界が廻る。


 無い頭で考えるものではないな―。


 奈落は焦る部下を宥め、おぼつかない足取りで再び地獄を出た。





「……」


 閻魔は、沈黙で聞き返した。


 ―お前は何を言ってるんだ?


 異邦人に訳の分からぬ言葉で話しかけられたかのような心地がした。

 そもそも双子のことなどすっかり忘れていた。

 何せ常に無量の亡者が裁かれにやってくる。

 死因や判決が特殊だったとはいえ、閻魔の記憶からはすでに消えていた。


 だが死者が成長しているという事態は看過できない。

 閻魔は少し高ぶる動悸を抑えて、冷静に、今度は発声で答える。


「地獄に様子を見に行く」


 閻魔が地獄へ直々に出かけることなど滅多にない。

 かつては頻繁に罪人の様子を見に行っていたが、人間の数が増えた今、そんな余裕はない。

 その状況でわざわざ閻魔直々に双子のもとへ出向くとは、奈落は改めてこれが異常事態だということを実感する。


「閻魔さま…一応、武装して行かれた方が…」


「え?」


 奈落自身も、思考より先に口が動いた心地がしていた。

 無意識のうちに自分が慕う―慕うように作られている―閻魔大王の身の上を案じての発言だった。

 だが何故?

 たかが人間の双子に対して、一体何を案じている?

 閻魔は自らの力を軽んじられた怒りよりも、ポツリと呟くような奈落の言葉に疑問を抱く方が強かった。


「あ……申し訳ありません。差し出がましい発言を…。

 大変失礼いたしました…」


 奈落は我に返ったように深々と頭を下げる。

 閻魔は戸惑いを隠しきれずに「ああ…」とだけ呟いた。




 無間地獄への道を閻魔が歩き、その後ろを奈落が追従する。

 二者の間に会話はなかった。

 時折獄卒の怒号と罪人の悲鳴が遠くで木霊した。

 閻魔は沈黙を破るために、頭の中で言葉を紡いでいた。


 ―罪人の悲鳴を聞くのも久々だよ。


 と、少し軽快に話しかけようとした時。

 ちょうどその台詞を遮るように奈落が言った。

 穏やかに緊張した二者の間でなければ聞こえないほどの、呼吸と共に微かに吐き出された一言だった。


「でも、私は確かに感じたんです」


 閻魔は、歩みを止めなかった。

 着物の下で少しだけ鳥肌が立っていた。

 唾を飲み込んで、中途半端に脈打つ心臓を落ちつけようとしていた。


「……何を?」


 なるべく柔和な調子で、何気なく尋ねたつもりだ。

 奈落は歩調も声色も一切変えずに、再び息と共に返答した。




「不安」




 罪人の悲鳴が反響する。


 閻魔は、もう何も言わなかった。

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