5:彼は奴隷でメイドでリーダーで
いやまて。
バリッシュは宿で寝ているはずだ。
だとすると、バリッシュとこの少女が入れ替わった?
でもそれなら、なぜバリッシュの身体は目覚めない?
様々な疑問が浮かぶが、まだ本人だと確定したわけではない。
「君が俺を呼んだのか?」
「ああ――っぐ! ええ……。ロイドさんなら、気づいてくれると思っていたからな――ぐ、思っていましたから」
「そ、そうか。ところで親父、席を外してくれるか?」
「それはできませぬ故」
「なら、自然に話すように言ってもらえると助かる」
彼女の言葉に反応して首輪が光る。
つまり、言葉遣いの矯正でもされているのだろう。
奴隷を大切にすると掲げているわりには、ひどいこともするもんだな。
「いえ、ここにいるのは礼儀正しく、社会復帰を目指した奴隷たちなのですよ。あの首輪は彼女が望んでつけた故。わたしの一存ではとてもとても」
思わず、マジか? という視線で問えば、コクンと頷かれた。
ついでに耳と尻尾も垂れ下がった。マジか。
「リーファ、自己紹介を」
「……はい。2年前からここに居ますリーファです。見ての通り獣人ですが、まだ14歳なので使用人としての修行中です。身寄りがないので、よろしくお願いします」
「おや、いつものような元気はないのですね。ギャップ狙いですか? まあいいでしょう」
たんたんとした自己紹介に、親父は疑問に思ったらしい。
しかし、これがバリッシュだとしたら……らしい自己紹介、だな。
「リーファと言ったか? 2年前からここにいるなら、俺とは面識がないはずだが?」
「いいえ。あなたとは4年前、北の辺境で出会いましたよね?」
そのとき、年下の少女に射抜かれたような気がした。
今のエピソードは俺とバリッシュの出会い。
間違いない、俺たちのリーダーは……ここにいた。
「そう、だな。ああそうだ! 親父、この娘は知り合いだ。いくらで買えるんだ?」
「おおっ、やはりそうでしたか。ええ、獣人という亜人は価値が高いですからね。こちらも商売故、これくらいでいかがでしょうか?」
提示された額は、さっきギルドでもらった報酬の半分ほど。
払えない額ではないが、これからの生活を考えると……。
いや、悩むまでもない。
「わかった。じゃあそれ――」
「すみません。わたしの値段はもう少し安かったはずでは?」
決断しようとしたとき、リーファが口をはさんできた。
どうやら自分から喋ることは許されていたらしい。
「はっはっは。リーファはどうしてもこの人に買われたいようですね。いいでしょう、リーファの幸せも願ってこれでどうでしょうか?」
「……買った!」
提示された額は、さっきよりも大幅に安い。
俺はバリッシュと視線だけ合わせると、見えないようにガッツポーズをした。
「しかし、バリッシュはどうしてあんな場所に?」
「わからな――わかり、ません。申し訳ありませんが、この首輪を外してもらえますか?」
「そうだな、俺としても調子が狂う」
奴隷としてリーファ……もといバリッシュと契約し、道中。
どうも首輪というのは、この身体の持ち主であるリーファという少女が望んだものらしい。
俺はバリッシュに言われるままに動き、その首輪を外す。
「本来は心の底から念じないと外れないらしいが、ご主人様が外せと命令したらすぐ外れるってな」
「ご主人様とかやめてくれ」
「それがそうもいかなくてな」
その後バリッシュから聞いた話によると、彼はリーファであってバリッシュだということ。
気づいたらリーファの身体にいて状況を把握したんだとか。
「もっとも、リーファの記憶は共有するが、オレの記憶は共有しないらしい。言うなれば、オレが間借りさせてもらってるようなもんさ」
「そうか。だからバリッシュは寝たままなんだな」
「ん、どういうことだ?」
「リーダーの身体は、ずっと寝たきりで宿にある」
その情報は、いくらバリッシュとはいえ処理に時間がかかったようだった。
自らは死んだものだと思っていた故、元に戻れると希望がでてきたらしい。
「ありがとな。お前がいなかったら俺たちは全滅していただろう」
バリッシュ……いや、ケモ耳少女が微笑むが、これがあの鉄仮面と呼ばれたバリッシュ? まてまて、エレナじゃあるまいし。
それに、まだ大きな問題が残っている。
「詳しいことは宿で話すが、今後俺たちがどうするかはな――」
「ふぇ? あなたは誰でしょう?」
「どうしたバリッ…………あ?」
場違いなほど間抜けな声に振り向けば、そこにはぽかんとした少女が一人。
姿は先ほどまで話していたケモ耳少女に間違いない。
圧倒的に違うのは、その表情。
「えっと、ここはお外ですか? わたしは買われたのでしょうか?」
「リーファ? だよな」
「あっ、はい! えっと、すみません。最近はよく眠ってしまうことが多くて、あなたがわたしのご主人様でしょうか?」
くりくりとした目で下から見つめられ、思わずたじろく。
先ほどまでの無表情とは違い、うってかわって年相応の反応をしやがる。
「お、おう。勝手に買って悪かったな。君に呼ばれた気がして」
「そうですか! 何故でしょう、わたしもご主人様のことを強く求めていた気がします。これから誠心誠意ご奉仕いたしますっ!」
にこっ、と後光がさしてきそうなほどの笑みを向けられたら、実は別人にしか興味がないとは言いづらい。
ブンブンと尻尾をふるリーファを連れ、俺はどう説明しようと悩みつつも宿へ帰宅した。