18:魅了のチャーム
一夜明ければ元通り。
タケルも鍵までは閉めなかったし、朝になったならもういいだろう。
「てことでわかったか? この屋敷で一番やばいのはエレナだ」
(オーケー。ブラザーも相当だが、あいつは色んな意味でやばいやつ)
話し相手がいたおかげか退屈はしなかった。
あとは固くなった身体を解すためにもベッドで寝たい。
そう思いつつ地上へ出ると、庭先には畑の世話をするリーファが。
「あ、ご主人様じゃないですか! エレナさんが言っていたとおり、本当に地下牢なんかがお好きなんですね!」
「……な?」
(エレナ姐さんは怒らせたらダメだわこれ)
リーファへの誤解を解きつつ、畑に水をやるというタケルと別れる。
あいつも幽霊のくせに水やりやら雑草抜きやら、意外とマメなんだよな。
言葉が通じないのにリーファと仲良くやってるし、亜人と相性がいいのもあながち間違いでもないらしい。
朝食は用意してあるらしいので席に付けば、そこには一夜あけてニコニコ顔のエレナが待っていた。
「地下牢大好きなロイドくん、よく眠れたかしら」
「リーファに変なこと吹き込むなよ」
妙にツヤツヤなことといい、カロンがいないことといい。
つまりそういうことだろう。
昨日地下牢にまで聞こえた悲鳴はカロンのものだったし。
「それでロイドくんに聞きたいのだけど、カロンちゃんのチャームってどれくらい強力なの?」
「そうだな。バリッシュの許可は――」
「絶対ダメって言っていたわ。だからこそ使いたいの」
そうだよエレナはこういうやつだよな。
しかし、俺に聞くよりもまず聞く本人がいるんじゃないか?
「そういやカロンは――」
「……嫌な、事件だったわ。まさか私があそこまでやられるなんてね」
「あ、はい」
昨日の悲鳴は正気に戻ったカロンの悲鳴だったらしい。
あいつが生まれつき持つ魅了は、年を重ねるごとに強くなっていった。
俺と会ったときなんか、カロンがいる町は冒険者帰らずの町とか呼ばれていたしな。
「簡単に言えば、国が傾いてもおかしくない」
「うそ! じゃあ私ってば、傾国の美女になれるのね!」
性別とか色々間違っているが、まあそれでいいだろう。
「いっておくが、人間も魔物も関係なく魅了するから国が傾く」
「それじゃ傾国の魔女じゃない」
「カロンは膨大な魔力で無意識に魅了しちまっているからな。魔物に襲われてもいいなら外したらどうだ?」
昔はここまで強くなかったが、今は魔物さえ引き寄せてしまう。
でもまあ、それを利用して大量殲滅とかするわけだが。
「ちょっとだけ外すだけなら大丈夫そうね。カロンの暴走は予想外だったけど、リーファちゃんとライナーのは見てみたいし」
「おうやったれやったれ。そしたらもう外そうと思わんから」
エレナが軽い気持ちでいるなら、この屋敷の住人を犠牲にしてでも体験したほうがいいだろう。
俺はもう嫌だ。
どうしてゾンビのように群がる人から逃亡せねばならないんだ。
「持っていると効果がないみたいだから、ロイドくんが持ってて」
「おい馬鹿やめろ。俺が触れると――――あ」
「あっ」
静止するよりもはやく、俺の手のひらに青いペンダントが置かれる。
そしてそれは見る見るうちに変色していき――。
「あっぶな!」
俺は慌ててペンダントを放り捨てた。
色はまだ青と呼べる。これなら一日で元に戻るか?
「えっ、ちょっと。いまの何? せつめいし――」
「俺は急用ができたから明日まで旅に出る。じゃ」
「ちょ! 逃げる気なの? え、何が起きるのいったい!?」
エレナが取り乱すなんてレアだが、昨日はカロンに何されたんだか。
「大丈夫だ。すぐにペンダントを身につければ被害は少ない」
「これでいいかしら?」
俺が言うまでもなく、多少変色したペンダントは首元に戻っていた。
あとは効果が復活するのを待つだけか。
「はぁ……昨日カロンが魅了にかかったんだろ? それと同じことが周囲に拡散される。時間が経つほどそれは拡大していき、海などで使うと魚が集まってきて大漁になったもんだ」
「いまはそんなこといいのよ! で、すぐに戻したから大丈夫なのよね? これ壊れたら怖すぎるのよ」
「ああ。変色だけならカロンの魔力で回復するぞ。一日中込め続けたらな」
元々あのペンダントも、俺の魔力を吸い取る体質を利用して作られたようなもんだ。
ペンダントが吸い取れる魔力を越え飽和状態になると、今度はカロンの魅了能力を吸い取るようになっている。
さっきは俺が魔力を奪ってしまったから、元の飽和状態まで戻さないといけない。
「ふぅ、なら安心ね。驚かせないでよ」
「いい忘れていたが――」
「あっ! エレナねーいたの! いっしょにおそといこう!」
やばい。
最初の刺客がもうきやがった。