17:こんやく?
店から出てもカロンは正気に戻らなかった。
「うふふ。うふふふふふ…………」
「これエレナ本人だったほうがありがたいのは、なんでだろな」
さっきから左手を見つめては、不気味な笑い声をするカロン。
これが男だと以下略。
こいつ心までエレナに侵食されているんじゃないだろうな?
「カロン、お前はカロンだよな? 今だけは真面目に答えてくれ」
「え? そんなあたり前のことをどうしたんですか? まさか先輩、エレナさんの魅力にやられちゃったとか?」
俺がやられたのはお前の魅力にだよ。
と、言えたらどんなによかったものか。
「ばかいえ。にしても、指輪を欲しがるなんて思わなかったぞ。また皆にからかわれるじゃないか」
「それは大丈夫ですよ。ボクが先輩を言いくるめて買ってもらったようなものですしね」
それが大丈夫じゃないんだが本当にわかっているのか?
まあカロンが喜んでいる手前、何も言うまい。
その後は上機嫌なカロンと共に、リーダーをイジるための魔道具を買いに行ったり、俺に必要な回復薬を選びに行ったり。
あれ以降夫婦モードは終了だったみたいで、俺達は久々にカロンとロイドとして買い物を楽しんだ。
だというのに、どうして俺たちは正座させられているんだ?
「被告人、カロンちゃん。今日はデート楽しかったかしら? そうでしょうね、私の部屋に『エレナさんっ! 可愛く見られる服装ってどれですか!?』て突撃してきたんだから」
「ちょ!? ここには先輩もいるのにバラさないでくださいよぉ!」
エレナに飛びかかろうとするも、その身はリーファ……じゃなかった。
バリッシュが抑えているので動けないようだ。
むしろエレナよりもリーファが強いという力関係に戦慄したが、俺たちへの尋問はまだ終了していない。
「まさかぁ、婚約までしてくるとは思わなかったけどね?」
「いや、これは違くてだな……」
「ライナー、背中」
「わるいなロイド。かたぐるまというやつを頼む」
ライナー……。
俺に弁解は許されないようなので、仕方なくライナーを肩車したまま正座を続ける。
「これでも私、自重していたのよ。カロンちゃんの身体がかわいそうだから、チャームなんて使わず男女ひっかけていたし」
「ひっかけちゃダメだろ」
「おだまりっ!」
その声にライナーとカロンがびくっとした。
おいおい、男の娘で女王様とかどこに需要があるんだ。
「でも、もういいよね? カロンちゃんのチャームを抑える魔道具ってこれのことだし」
「あっ、それはダメです! 外したら大変なことになりますよ!」
ぷらぷらと揺らされるペンダントは、一見すると普通のアクセサリ。
だが、カロンにとっては日常生活を送るための必需品だ。
俺と会うまで、そしてあのペンダントを手に入れるまで。
苦労した日々はもう思い出したくもないはず。
「安心して。ちょっと外して、ちょっと楽しむだけだから。カロンちゃんも私の身体を楽しんだなら、それくらいいいでしょ?」
「た、楽しんだなんて。むしろ苦労することばかりですよ! いいことなんんて、男の人が優しいことくらいなんですから!」
十分じゃないかな?
ただまあ、カロンは元から男女ともに人気があったから、あまり実感がないのかもしれない。
「じゃあ最後に。カロンちゃんはロイドくんのこと、どう思っているの?」
「え?」
そこでライナーを乗せたままの俺と、カロンの視線が合う。
俺としては、昔から行動をともにする弟分。
そして背中を任せられ、いつも一緒にいることが当たり前の相棒だ。
そんなカロンにだからこそ、これからもよろしくという意味で指輪を贈ったのだが。
「えと、ボクは先輩のこと……頼れる男性だと、おもって、ます」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「私よりも可愛いのがむかつくわね」
その言葉に、カロン以外の全員が同意した。
恥ずかしいのか両手で顔を覆うカロンは放置し、エレナは俺に矛先をむけてきた。
「じゃあロイドくん。指輪を贈った理由を聞こうかしら?」
(お前みたいな性悪女よりカロンのほうが似合ってるから)
「お前みたいな性悪女よりカロンのほうが――おい、タケル邪魔すんな」
しまった。
下手に追い詰められていたせいか、軽々と思考誘導に乗ってしまったじゃないか。
しかし発言はもう取り消せない。
「へえ、タケルのせいにするんだ。いや、カロンちゃんが可愛いのは私も認めるけど、なら私も先輩先輩ってつきまとってあげようか?」
「最悪の拷問かよ……」
「ギルティ。バリッシュお願いね」
「ああ。ロイド、ここは素直に縛られてくれよ。エレナも色々と溜まってるらしいから」
あいつのことだから、今のカロンのほうがチヤホヤされるのが気に食わないだけだろう。
ここは抵抗せずにエレナの機嫌をとるべきか。
「じゃあバリッシュ、あと地下牢に放り込んでおいて。タケルは鍵、お願いね?」
(え、ブラザーを閉じ込めるなんてとてもとても)
「ちなみにさっき、私の悪口いったこと忘れないから」
(なにこの女男、聞こえてないはずなのに怖すぎだろ)
元から俺たちのパーティはエレナに逆らえない。
それが例え、ショタっぽい男の娘であったとしても。
俺は地下牢へ、カロンはなぜかエレナの部屋に連行されながら、その夜はタケルとエレナの怖さについて語り合うことになった。