16:俺たちのシルバーリング
いつもの神官服ではないカロンは、別の意味で視線を集めていた。
道行く人が絵に描いたような二度見をし、その後に俺の姿を確認する。
「なんか注目を集めるのはそわそわするな」
「うふふ。これがいつも私の感じている視線ですよ?」
ぎゅうぅ、と抱きつく力が強くなり、カロンが小刻みに震えている振動まで伝わってくる。
恥ずかしいならやらなきゃいいのに。
「ちなみに、エレナは何か言っていたか?」
「え? あ、チャームって便利ねと言って――――あら、私がどうかしましたか?」
「笑ってもごまかせてないぞ。まあいいけど」
一瞬だけ素に戻ったが、すぐに夫婦モードになるのは一種の防衛本能だろうか。
俺たちはラブラブな様子を見せつけながらも、一軒の店にたどり着いた。
「さすがに店の中ではくっつくなよ」
「ふふ、そんな恥ずかしがらなくてもいいのに」
「恥ずかしいのはお前だろ」
カロンへの対応はそこそこに、できるだけ安めのシルバーリングがないか探し出す。
本来は値段よりもデザインで選ぶべきだが、そういったものは本番用に取っておかないとな。
「おやおや、いらっしゃいませ。本日はエンゲージリングでもお探しでしょうか?」
「いや、ただのシルバーリングでいい。一番安いものはどれだ?」
「はい? ああ、いえ。値段ですと、ここにあるものが比較的お求めやすくなっております」
店主が言うなら間違いないだろう。
カロンを呼んで、この中から適当に――。
「あなた。私はこれがいいわ」
「は?」
カロンが選んだのは、俺の目の前にある指輪よりも5倍ほどするシルバーリングだった。
安すぎず、かといって高すぎるわけでもない。
それは二本の蔦が絡まったようなデザインをしており、まるで蛇が絡んだカドゥケウスの杖を彷彿させるようだ。
「デザインが気に入ったのか?」
「ええ。この絡まり具合、私たちの絆をあらわしているようじゃない? それにこれ、ボクが使っていた杖に似ているんです」
「カロンがでてるぞ」
そういやこいつが愛用していた杖も、伝説の杖カドゥケウスを模したような形状をしてたっけな。
値段はちょいと高いが、カロンはこの指輪を見つめたまま動く気配がない。
「うーん。でも、少しだけ予算オーバーなんだよな」
「……そう。残念ね、あなたがそういうならあきらめ――」
「ちょっと待ってください奥さん。ええ、本来ならわたくしめも値引きはしないところですが、条件を聞いてもらえれば格安でお売りしましょう!」
釣れたな。
興味津々なフリをして、名残惜しんで諦めるフリをする。
やるじゃないかカロン。
……いや、この呆けた顔的に何も考えていないな。
「奥さん……やっぱりボク、そう見られてるんだ……」
「店主、その条件ってやつは何だろうか」
「ええ! 大したことじゃありません。そちらの奥さんは絶世の美女と見受けられます。そんな方に、当店の指輪を愛用していただいているという証明が欲しいのです」
たしかにエレナの見た目はいい。
が、宣伝して顔が広まることによって困るのはカロンだ。
エレナなら喜んで顔を広めるはずだしな。
「悪いがあまり有名にしたくないんだ。コイツは俺だけのモンだから」
「ふぇ! 先輩……いまなんて」
「おや。冒険者エレナがまるくなったという噂は聞いていましたが、なるほどなるほど。貴女はようやく一人の男性を選んだのですね」
おそらくはエレナに貢ぐ客がこの店を利用していたのだろう。
あの女の顔はいろんな意味で有名らしいし。
「そういうわけだ。予算オーバーだって構わない。足りなくなった分は他から調達するからな」
「ほう。そこまで本気なのですね。お二人にはこのままエンゲージリングも薦めたいところですが、いいでしょう」
店主が提示したのは、本来の値段よりも一割下がった値段だった。
「いいものを見せていただいたお礼に、こちらでどうですか?」
「俺らは助かるが、どうせエンゲージリングの際はふっかけるだろ?」
「ふふふ、そこまでお見通しですか。ええ、今度ともご贔屓に」
食えない店主だったが、仕事はきちんとしてくれるらしい。
カロンの指のサイズを測り、魔法でちゃっちゃと仕上げでくれた。
「さっそく装備していきますかい?」
「店主に見られながら渡す趣味はないが……おいカロ……エレナ」
「次はエンゲージリングかぁ……先輩のお相手は誰なんだろ。やっぱりリーファちゃんが――」
「エレナ」
「え? あっ、はい!」
軽くトリップしていたカロンを救出し、少し強引に左手首を掴む。
白魚のような指に見惚れて呼吸を忘れるも、指輪を準備して最終確認。
「どうする? いますぐ欲しいか」
「えっと…………はい。左手の薬指に、お願いします」
許可は得た。
しなやかな指に対して、ゆっくりと通していく。
やがて根本の少し上までたどり着くと、俺の手から指輪を解放した。
「ふわぁ…………」
「感想は、聞くまでもないな」
「そこまで喜んでいただけると、こちらとしても仕入れた甲斐があったというものです」
この指輪は、あくまでカモフラージュのため。
しかし、俺はエレナの身体にあげたわけじゃない。
いつかカロンが戻った暁には指輪も回収し、改めてカロンに渡そう。
俺は指輪を見つめたまま微動だにしないカロンを見てそう思った。