15:俺の弟分がこんなに可愛いわけがない
庭先で一人、カロンを待つ。
今すぐに出かけようとしたら『準備があるので待ってください!』と部屋に引っ込んだまま出てこない。
ふらっとするだけなのに、何をそんなに悩んでいるんだが。
気づけばエレナもリーファもいなくなっているし、ここには俺一人。
いや、俺一人と幽霊しかいない。
(ブラザーは今からデートなのか? やるねぇ!)
「デート? ただの散歩だぞ」
しかしそうか。
最近はカロンと出かけることもなかったし、一緒に魔道具でも見に行くとするか。
(またまたぁ! 夫婦になってからもデートだなんて、ラブラブでうらやましいねぇ!)
囃し立てるタケルは何が楽しいのか、カロンの部屋と俺のいる場所を行ったりきたりしてるようだ。
そういやタケルは、ここの敷地から出られないんだったか?
「なあ、お前もバリッシュの身体を使えば街に行けるんじゃないか?」
(そりゃあ動けるが、よほど相性が合わなければ半刻も持たないぜぇ?)
「つまりタケルは、半刻以上いられる身体を探しているのか?」
(そうであり、そうじゃないって感じかぁ? ま、人間様の身体はあまりよくないから、ケモ耳嬢ちゃんみたいな子を頼むぜ!)
「できれば自分で探しにいってもらいたいものだ」
タケルの言い方だと、俺に亜人を攫ってこいと言っているようなもんだ。
悪いやつじゃないんだが、上手いところ空の身体を探してやらないとな。
(おっ、ようやく出てくるらしいぜ。じゃあブラザー、楽しんできな!)
タケルは俺の反応も待たずに屋敷へ飛んでいき。
代わりに屋敷から出てきたのは、見目麗しい女性だった。
きらびやかな銀髪は後ろで一つに纏められ、動くたびに陶器のような肌が見え隠れしている。
服装もいつものスリットが入った神官服ではなく、エレナが男を誘惑する際に穿くようなフレアスカートに加えてノースリーブだ。
惜しげもなく晒されたなで肩と脚がとても眩しい。
「――――」
「え、エレナさんに相談したら、こうなっちゃいまして。ど、どうでしょうか、先輩?」
「……ほ、本当にカロンなのか? エレナがからかっているんじゃないだろうな!」
「わっ! ちょ、ボクはボクですよっ」
思わず肩を掴んで揺さぶってしまうほどに俺は動揺していた。
たしかにエレナが似たような格好をするところは何度も見てきた。
しかし、それはエレナだから「またか」という感想しかでてこない。
けど、カロンはどうだ?
赤くなりながらも、モジモジしながらこちらの反応を待っている。
ちらちらと視線が合ってはそらされるし、スカートの端を握って緊張しているようだ。
俺の弟分がこんなに可愛いわけがない。
「や、やっぱり変ですよね。ボクがこんな女性みたいな格好……」
「いや、すごく似合ってるぞ。ぜひ俺の横を歩いてほしい」
認めがたい事実だが、エレナは性格を除けばほぼ満点の女性だ。
しかし今はカロンによって改善され、見た目といい性格といい、理想の女性と言っても良い。
カロンが女性、だったらな。
「で、では行きましょうか……うふふ。いきましょうか、あなた」
「――っ! おい、まさか夫婦モードでいくのか?」
「ええ。だって既婚者なのに、皆さんアプローチが多いもの。今日は私の所有権を存分に主張なさってくださいね?」
頬に手をあてコテっとする彼女を、誰が男と思うだろうか。
こいつまさか俺まで騙そうとしていないか?
「……あとで恥ずかしくなっても知らないからな」
「うふふ。もうこの服装から既に手遅れよ? じゃあ、行きましょ?」
カロンの頭は既にオーバーヒートしているらしい。
俺が左腕を差し出すと、躊躇なくカロンが絡みついてくる。
今のカロンはエレナだから、これはわざと当ててるんだよな?
というより、そう思わないと俺までオーバーヒートしそうだ。
家の敷地から出た途端、カロンが仕掛けてきた。
「ねぇ、あなた。私が既婚者だってアピールする、一番いい方法を教えてあげましょうか?」
「おい待て。お前本当にカロンだよな? それはシャレにならない」
「うふふ。いいのよ、私の分だけで。家事の邪魔になるし、外出するときだけつけたいの……ねぇ、ダメ?」
腕に抱きつかれたまま上目遣いとか、そんなの断れるわけないだろ。
おちつけ。瑞々しい唇も、長い睫毛に挟まれた瞳も、全部男を誘惑するために磨き上げた道具のはずだ。
これをエレナが仕上げ、横にいるのがエレナだと思えば――。
「だって、先輩との確かな絆が、欲しいんだもん……」
「よし、指輪を買いに行こう」
ダメだった。
横にいるのは弟分のカロンで間違いない。
さっきの捨てられる発言を気にして強硬手段に出るところも、変に遠慮して甘え下手なのもカロンだ。
エレナモードの時は素直に甘えられるみたいなので、こんなときくらいはカロンの願いを叶えてやろう。