10:いわく憑き屋敷
宿についてライナーが降りたと同時に、カロンの夫婦モードも終了したらしい。
「あわわ、先輩。せんぱいっ!」
「おう正気に戻ったか。落ち着け」
「落ち着けるわけないじゃないですか! だっていわくつきですよ? あのときはエレナさんならこうするって発言しましたけど、ボク何もできませんよ! 役立たずでごめんなさい!」
「だから落ち着けって」
鍵はもらった。
後は荷物を持って移動するだけだが、念のためここの宿は確保したままにしておく。
まずは屋敷の状態、そしていわくつきの正体を確かめないとな。
ちょうどリーファとエレナも戻ってきたのでその話をすると、エレナはなぜかやる気マンマンだ。
「うふふ。この街で誰が一番かって、思い知らせてあげるわ。カロンちゃん、絶対浄化してね?」
「む、無理ですってぇ……」
「あっそ。ところで私たち、さっきロイドとカロンちゃんたちを見たのだけど――」
「やらせてください」
この手のひらクルーの早さよ。
うちのカロンが性悪女に弄ばれてやがる。
「どうでもいいけど、魔法陣だった場合はエレナの出番だからな」
「えっ、無理よ」
「ところで俺たち、さっきリーファを無理やり連れ込もうとする誰かをみたのだが、またリーファに命令しようかな?」
「やらせていただきます」
よし、これで何かあってもどうにかなるだろう。
というより、どうにもならなかった時点で詰む。
「よし、なら全員で行くか。この部屋は戻ってくるかもしれないからそのまま。荷物もバリッシュも置いていけ」
「オレを荷物扱いたぁ、随分とえらくなったもんだな」
ドスを効かせようとして失敗した可愛い声に振り向けば、そこには毛を逆立てたバリッシュがいた。
さっきまでリーファだったことを考えると、いまさっき変わったばかりか。
「話は聞いていただろ? 肉体を失ってもいいなら持ってくが」
「おいやめろ。しかしいわくつき物件なんて大丈夫なのか? 今のオレたちなんてそこら辺の駆け出し以下だろ」
リーダーの言うとおりだ。
しかし、このままだといずれ金は尽きる。
カロンとエレナの魔法をアテにするとしても、多少の蓄えは持っておきたい。
「最悪俺がみんなを助ける。大丈夫さ、どんなことがあっても俺は影響を受けない」
「それもそうだ。オレらから吸った魔力分は働いてくれよ? ご主人様」
「ごめんそれはやめて」
リーダーのお墨付きももらい、俺たちは五人でその屋敷まで到着した。
「たしかに立地は悪くない。屋敷は……意外と綺麗だな」
「何でも、泊まろうとすると不幸があるらしいですよ。いつの間にか地下牢に入っていたり、家庭が崩壊したりとか」
「まさに幽霊か亡霊の仕業みたいね。カロンちゃん、がんばってね」
まだ魔法陣の希望を捨てきれないカロンを最後尾に、屋敷を一部屋ずつ調べていく。
見たところ変わった場所はないが……。
「なあ。誰か地下牢って見つけたか?」
「いいや。もしかしたらもんだいがあったから、埋められたのかもな」
「獣人の能力をもってしても見つけられないな。しかし、さっきから変な匂いも漂ってやがる」
変な匂い?
俺たちは顔を見合わせるも、バリッシュ以外は感じないらしい。
「こりゃあリーファ頼みかもしれないな」
「リーファの制御はロイドにしかできない。頼んだぞ」
本人から頼まれるのも変な気分だが、バリッシュがいつまで現れているかわからない以上は仕方がない。
今日は全員広間で寝ることにし、夕飯の準備をすすめる。
「えっと、カロンさん。これはこっちでいいですか?」
「うん。リーファちゃんは筋がいいね。ボクも助かっちゃうよ」
「えへへ。カロンさんは優しいから好きですっ!」
厨房に立つのはカロンとリーファ。
もちろん中身はリーファに戻っている。
野営のときもそうだったが、料理は全てカロンが行なっていた。
いまは見た目がエレナなので、なんというか……うん。
「リーファがまるでこどものようだな」
「そうね。若奥様みたいだわ」
「あれお前の身体だろ」
「そうよ。だからこそ、戻った時リーファちゃんがあんなに懐いてくれていたら嬉しいわ」
「欲望に忠実な女め」
ちなみにカロンも、ひっそりと録音の魔石を取り出していた。
あいつ、リーファの好きです発言を記録しやがったな。
いいぞもっとやれ。
リーファがはりきりすぎて大量に並べた料理を消化しつつ、やがて問題の夜がやってくる。
とはいっても、今日は全員で寝るだけだ。
「今日は寝ずの番とかは考えない。ただ皆ここで寝るだけだ」
「それだと最初から全滅もありえるんじゃない?」
「そうだな、だが死人はでていない。要するに命の危険はないってことだ」
まだいわくつきの正体はわからない。
わからないが、相手が幽霊だとしても下手に動くべきではない。
初っ端から除霊なんてしてしまうと、それこそ怒りを買うことだろう。
「つまり、全員安心して寝ろ。大丈夫だ、俺は何があっても無事だからな」
「そうだな。ロイドが無事ならあんしんできる」
「先輩、ボクは無理ですからね! さすがに一週間で魔法なんて無理ですから!」
「ねろ」
普段は慣れない環境でも、そこは野営に慣れたメンバーだ。
屋敷の中で野営という意味不明な状況になりながらも、俺は無事に朝を迎えた。
テントはふたつ。
俺の横には誰もいなかった。
「…………は?」
いや、昨日はライナーと一緒に寝たはずだ。
皆にロリドとかロリコン先輩とか言われながら、隣で寝たのは覚えている。
ということは、先に起きたのか?
「ない、な」
こんな状況だ、ライナーは広間からでないはず。
それに温もりがないことから、いなくなったのは深夜帯だろう。
あとは……あいつらのテントがどうなっているか。
「おい、誰かいるか! 無事なら返事してくれっ!」
返事はない。
思い切ってテントをあけると、そこには少女が一人だけ寝ていた。
「おい、無事か!? 起きてくれ!」
「ふぇ? あ、おはようごいざいます。ご主人様」
隣のテントには、リーファしか残っていなかった。