1:お前は誰だ?
失敗した。
今回の依頼は未踏破ダンジョンの調査。
隠し通路を見つけて、見たこともない魔物と戦ったまではよかった。
しかし、俺以外が最後の一撃で倒されるなんて、いったい誰が予想できよう。
瀕死になりながらもトドメはさしたが、果たしてこの惨状を無事と言っていいのだろうか。
「嘘、だろ…………」
周りには、俺を除き誰一人として立っていない。
リーダーも。
神官も。
弟分も。
傭兵も。
全員が最後の攻撃によってやられてしまった。
いや、いまはそんなことはいい。
「おいバリッシュ! いつまで寝ているんだ。お前が起きてくれなきゃ、誰が指示を出すんだよ!」
何度揺さぶってもバリッシュは起きない。
死んではいないようだが、しばらく安静にしておいたほうがいいだろう。
「くっ……エレナ。お前は大丈夫だよな? いつものように人を小馬鹿にした発言をしてくれ、頼む!」
優先すべきはリーダー、そしてヒーラー。
エレナはこのパーティの要でもあるので、早く復帰してもらわないと困る。
しかし、彼女もバリッシュと同じく目覚める気配がない。
なら次だ。
「なあカロン。お前ならあの魔法もなんとかできたはずだよな? 頼むから、俺を一人にさせないでくれ」
いまでは鬱陶しいくらい聞きなれた声も、彼の口から出てくることはない。
先ほどの二人と同様、まるで安らかに眠っているようだ。
俺はともかく、カロンにここまで影響があるとは、奴の攻撃はどれほど強力なものだったのだろう。
最後に、臨時メンバーである彼を起こそうとしたとき、その違和感に気づいた。
「ライ……ナー?」
彼がさっきまでいた場所に、その肉体はなかった。
正確には、身に纏っていた武器や鎧のみが残っていた。
顔合わせの時に威圧された筋骨隆々の身体はなく、装備だけがその場所に散乱している。
まさか、肉体ごと消滅させられたのか!?
「おい……傭兵にしてはいい奴だから、これからもよろしくって話したばかりだろ。こんな……こんなことって……っ!」
その場に崩れ落ち、彼の兜を拾い上げる。
せめて装備だけは、丁寧に埋葬してやろう――ん?
ふと、その違和感に気づいた。
兜の下から、何か青みのかかった糸が見えている。
何かの毛のようだが、アイツはペットでも飼っていたのだろうか。
「よっと……?」
両手で掴んで引っ張ってみれば、それは小さな頭だった。
出てきたのは、あどけなさの残る幼い少女の顔。
年齢的にはライナーの子供? でいいのだろうか。
「どうして鎧の中に女の子が? いや、そもそもどうやって入った?」
ライナーの着替えは何度か目撃した。
さっきまでこの鎧を着て動きまわるところも見ている。
すり替わるタイミングはなかったはずだが、ライナーが消えてこの女の子が現れた。
この二つは無関係には思えない。
その時、離れた場所からうめき声が聞こえてきた。
「――っ! エレナ! 目が覚めたのか! おい、しっかりしろっ!」
「……ぅん……ぁれ、せんふぁい……」
「頼む、起きてくれ! 皆を回復してやってくれ!」
「ふふ……ゃだなぁ……それはエレナさんに言ってください……」
「はあ?」
俺が介抱しているのは間違いなくエレナだ。
そもそもこのパーティに紅一点な彼女を、間違えるはずがない。
「何寝ぼけてんだ、エレナはお前だろ」
「先輩? ボクはカロンですよ」
「は?」
目を擦ってみる。見間違いじゃない。
長く伸びた銀髪と非常にメリハリのある身体は、まさに神に与えられた至高の芸術というほど。
しかしその正体は、男を侍らすことに快感を覚え、散々手玉にとっては弄ぶ性悪女。
いつも俺を慕ってくれるカロンとこの女を間違えるはずがない。
「いつもの悪ふざけか? こういった場面では自重してくれるものだと思っていたが、仕方ない」
「え? どうしたんですかせんぱ……ひゃあっ!!」
まだ悪ふざけするエレナの胸を、俺は右手で鷲掴みする。
いつもならこれで正気、というか狂気に戻るのだが、なんだろう……今の反応は、実に新鮮だった。
「えっ! なんでボクに、こんな……っ! ふぁっ……ぱぃ! やめ……ぇ……っ!」
「おっと、すまん」
エレナの反応が珍しくて、つい堪能してしまった。
おかしいな、普段なら「うふふ、ダーメ♪」とか言いながら迫ってくるやつなのに。
「はぁ……はぁ……え、この服……エレナさん?」
エレナは自分の身体を見下ろして、手のひらを開いたり閉じたりしている。
その手は顔にいき、胸元にいき……あ、顔が赤くなった。
「記憶喪失か? そうだぞ、お前がエレナだ」
「いいえ! ボクはカロンですっ!」
「どうした? カロンなら俺の後ろで寝てるぜ」
俺が立っていたせいで視界に入らなかったのだろう。
軽く指をさすと、エレナもその姿を視界に捉えたようだ。
「ボ、ボクがもう一人? え、なんで。ど、どうしてっ!」
「おちつけエレナ」
「カロンですっ!」
迫真の表情で詰め寄ってくるエレナに、思わず気圧される。
確かに違和感はあった。
エレナは冗談でも、俺を先輩と呼んできたことはない。
このメンバーで呼ぶのはカロンのみ。
それにさっきからこのエレナ(?)の反応は、いつもの彼女らしくない。
まるで……まるでそう、カロンのような。
「お前、カロンなのか?」
「さっきからそう言っているじゃないですかぁ……せんぱいぃ」
弱弱しく訴えるエレナは、俺の知るエレナとはかけ離れていて。
不覚にも、ドキッとさせられた。