オーリーオーリ・ステファン
「ふふ・・・ふふふふふふふふふふ・・・・遂にやったわ!これは大いなる一歩よ!」
「お嬢様、思い出し笑いは、はしたのうございますよ」
私はさっきのアーチの照れた顔を思い出していた。
ちょっと恥ずかしかったけど強引に乳で腕挟んだ甲斐はあったと言えるわ。
最後のあのアーチの離れ際、あの寂しそうな顔なんて思い出しただけでも垂涎物よ。
きっと今日あそこで遂にフラグが立った。
そう言っても過言では無い。
そしてこの後のダンスパーティーで立ったフラグを即回収するのよ!
なんだかよく分からないフラグブレイカーとか現れる前に。
「お嬢様、嫁入り前の婦女子が椅子の上に片足乗せてガッツポーズは如何な物かと思いますが」
「うっるさいわね~。誰も見てやしないわよ。一体私がどれほど前からこのイベントをお膳立てしていと思うの、オリーブ?あの難攻不落のアーチ城が、それがもう陥落目前、あと一歩と言う所まで来ているのよ。やっと、やっとなのよ。分かる?あなたもずっと私に付いてきていたんだから分かるでしょ?分からないならもう一度私の生まれた時から仕え直してきなさい」
今着ている最中のこの薄い緑色のドレス。
今日のパーティの為に新調した物だ。
今回のこのドレスには私なりにちょっとしたこだわりがあるのだけれど、まぁそれは内緒だ。
ドレス自体はよくある背面のヒモで調整することによって胸を強調して見たりお腹を細く見せたりしてスタイルをよく見せられる物だ。
中々のハイクォリティのドレスなのだが、欠点が少しばかり在る。
まず単純に一人で着れない。
だからこそ今オリーブは私の背面で一生懸命ヒモを通したり調整したりしてくれている。
「お嬢様のアーチ様への思いは私も良く理解しているつもりでございます。ですがそれとこれとは話しが別でございます。ええ、それはもう春の野に咲く花の香りを楽しむ少女と夜のベットで栗の花の香りを楽しむ女ぐらい違います」
何だその例えは。
この世界、いや、貴族社会。
何でもかんでも花に例えるのが好きなのは良いがちょっと頂けない内容の時も多々ある。
何だよ栗の花って。
下品。
「何よその例え。そっちの方がはしたないじゃないのよ」
基本的に我慢はよくないと私は思うの。
なのでオリーブに思ったままの事を言う。
ああ、話しがそれたわね。
このドレスの欠点。
実は一人で綺麗に脱げない。
着るとき同様に誰かに脱ぐ時に手伝って貰うか多少傷むのを前提に強引にぶりんと乳から脱ぎ、腰で回してヒモをほどくかしか方法が無い。
殿方に紐解いて貰うのもありなのだけれど事が終わった後にその殿方にヒモを結び直して貰わないといけない。
ただ単にヒモを結ぶと言っても中々に技術や知識がいるらしいので普通は出来ない。
この辺は常識の範疇だ。
まぁだからか、この面倒なドレスを着ているだけで《《お持ち帰り》》は出来ませんよと言う暗黙の意思表示が在るらしい。
これはどっちかっていうとメリットなのかな?
煩わしい貴族社会では物言わず伝えることが結構大事だったりする。
正面の鏡越しにオリーブが何時もの感情のわかりにくい瞳でじとっと私を見ている。
「ええ、ですから・・・ハッキリ申し上げますと、今のお嬢様はまるで安宿で栗の花の香りを愛でる売女の様でございますと申し上げております」
仕える相手を売女と例えるメイド。
しかも栗の花を愛でるとかって一体どういう表現よ。
それともキノコを撫でるじゃ無くてよかったて思った方が良いのかしら。
どうかと思うわ、全く。
「ほんとに口が減らないわねオリーブは。私は、やっとここまでこれた。ここまでこぎ着けれた、その喜びを、表現しているだけよ」
「左様でございますか。ですがその喜びはまだ取っておくべきかと」
「何でよ~」
私が抗議の声を上げると同時に、オリーブが背中でドレスのヒモをキツく引っ張る。
「くふぁっ」
軽く海老反りになり、思わず肺の中の空気が全部出てしまう。
そう、そしてこれがこのハイクォリティなドレスの最大の欠点だと思う。
――――ただ単に苦しい。
そう苦しいのだ。
体中を背面で締め上げるかのようにヒモで調整する。
胸は揺れた方が魅力的だからかある程度フリーだけどその下の肋骨なんかは恐らく折れる二歩ぐらい手前の状態だ。
「事が成ってから喜ぶのならまだしも、今の段階で気をお抜きになっては足下を掬われますよ。言うなればお嬢様の良く言われる「ふらぐ」と言う物が折れてしまいますわよっと」
「ぐっ」
オリーブがドレスの背面のヒモをもう一段固く固定する。
何時も思う。
この時代のドレスてなんでこんなにキツいのよ。
いつまで経っても慣れやしない。
他の女性達は一体どうしているのだろう?
こんなのじゃ何も食べれないわよ。
確かにこの《《世界》》の料理はあまり美味しい物がない。
素材の味を生かした調理と言えば聞こえは良いが、ほとんど只の塩味しか感じられない。
デザートなんて冷やした瓜みたいな果実がごちそうと言われている。
胡椒なんて金と同じ価値があるとかなんとか言われているから、幾ら貴族と言ってもそんなにがっつり掛けれる物でも無い。
大体そんなにスパイス好きでも無いし。
後はちょっときつめの香草とかで匂いを消したりするのが主流の調理法らしい。
もう少し何か工夫があっても良いと思う。
そんな訳でこの《《世界》》の料理はあまり美味しい物がない。
まぁだからって食欲が無いわけじゃないから食べるのだけど。
流石にこんなにキツいときっと私じゃ無くても何も食べれない。
このまま一時間もすれば恐らく私はぶっ倒れれる揺るぎない自信がある。
だから私は懇願する。
「ごめんなさいオリーブ。このままだと恐らく私、アーチの目の前で白目剥いて泡を吹きながら倒れてしまう事になりそうなの。だから少しで良いの。《《そんなはしたない事》》になる前に背中のヒモ緩めてくれないかしら」
「・・・確かにこれは少々キツすぎますか。分かりました、緩めましょう。但しお嬢様、これからもう少し公爵家の息女らしく振る舞って頂きますからね」
「ん、もう・・・分かったわよ」
少し緩くなったお腹周りに一息つきながら私はこれまでの事を思い出す。
何時も通りオリーブのお小言を聞いて早17年。
私が公爵家の娘に《《転生》》してきて早17年立つが、恐らく私が生まれたその日からオリーブは私に仕えてくれている。
メイドでもあり乳母でもある。
私にとって家族以上に頭の上がらない存在。
そしてこの世界で唯一私の秘密を知っている存在。
オリーブは蝶よ花よと塀の中で育てられていた私にこの世界の事、魔法の事、色んな事を教えてくれた先生でもある。
大したチートも無く前の世界でも別段普通の女子高生だった私が持っている知識も特に凄い物も無かった。
なんとなく覚えているのは家庭科の授業でならったマヨネーズの作り方ぐらい。
だけど公爵家の令嬢が台所に立つことは許されず、何も成せないままでいた。
特に面白い物も美味しい物も無い世界にだんだんと私は飽きてきていた。
そんな中初めて出来た友達もオリーブだった。
何時もつまらなそうにしていた私にオリーブは「この世界は希望に満ちあふれています。まずは私がお嬢様と希望との虹の橋になりましょう」と真面目な顔して私に言ってきたのを今も覚えている。
その希望との虹の橋事オリーブはほんのり鼻歌を歌いながら私の髪を梳いてる。
オリーブが居たからこそ当時何も興味を示さなかった小さな頃の私がアーチやテシーに出会えたと言っても良い。
そう思えばオリーブは私の恩人ね。
「ありがとう」
思ったことをつい口に出してしまう。
ご機嫌で私の髪を梳いていたオリーブの手が一瞬止る。
正面の鏡には目を丸くしたオリーブが映っていた。
「何かと思えば、お嬢様。礼には少し早いですよ。まだアーチ様は墜ちていませんしハインツベルグ様への《《お願い》》もまだでしょう?このまま行けばお嬢様はどこかの公爵家に嫁ぐか隣国の王家筋に強引に嫁がされる事になってしまいます。それを防ぐ為にもハインツベルグ様のお力添えをお願いしなければいけません。唯一幸運だったのはアーチ様があの《《アーティ男爵家》》の人で在られることぐらいなんですから」
何を勘違いしているのかオリーブは今後の問題点を上げていってくれている。
確かにオリーブが言う様に色々と問題はある。
でも、もうそう言う事はどうにでも成る。
そう思うことにしたの。
「ううん、そうじゃないのオリーブ。私ねオリーブが居てくれて助かった。だからありがとうなのよ」
「・・・・・まったくお嬢様はそう言う事は折をみてですね、言う物なのですよ・・・はい。出来ましたよ」
「だから今言ったんじゃ無いの~、ありがとう」
鏡の前でくるりと回る。
全身をチェックする。
薄い緑色のドレスに私の白い肌が良く映えている。
私の髪は栗色なのだけれど予想以上にドレスの色と綺麗にマッチしている。
少し胸元が開いている大胆なデザインなのでストールを軽く羽織る。
この世界の男も視線はがっつり胸元に集まる。
別にそういう視線には慣れているし良いんだけど、あんまり気持ちいい物でも無い。
特に不躾な貴族の子弟なんかは胸元を見ながら話しかけてくる。
そういう時は私の顔はそこにはありませんわって言ってあげるけど、これも公爵令嬢だから出来る物言いなのよね。
そう言う点では結構幸運だったわね、私。
「うん。良いわね。オリーブ、馬車用意して下さる?アーチを迎えに行くわよ」
オリーブは私にとって希望との虹の橋。
そのオリーブの瞳の色をモチーフに今日のドレスを作ったの。
今日私はこの退屈な世界に現れた希望を手に入れるの。
このドレスはその為の虹の橋、流石にパーティー会場に一緒には行けないからドレスにあなたの想いを乗せて私は行くわ。
「さぁ、今日こそ墜とすわよ、オリーブ」
「そうなるとよろしいですね、お嬢様」
私の後ろには心強い友が居る。
そして私は今日、アーチと言う生涯の伴侶を手に入れるの。
その為に努力してきたし強くも成った。
恐らく私の見立てではアーチはとんでもなく強い。
何かぶっ飛んだチートを隠してる。
だけどその片鱗すら見せない奥ゆかしさ。
そんな、日本人的な所も好き。
それに何よりアーチは顔が薄い。
この世界の大体の美男美女は顔が濃い。
もうそれは日本人達を顔の平たい族と呼べるぐらい濃い。
その中でアーチは何故か薄く整った顔立ちをしている。
所謂塩顔イケメンって奴である。
よし、今日という今日こそイケメンゲットだぜ~!
「気合い入れていきましょう、今日は決戦よ!」
「はいはい。頑張りましょうねお嬢様」