アーティ・アーチJr
ひとっ風呂浴びて着替えてるところにドンドンと力強いノックが響いた。
こんなドアの叩き方をする者は家に一人しか居ない。
「どうぞ。入ったら?」
俺がそう言うと、同時にドアが開く。
開いた先には髭面の小さいおっさんがガハハハと笑いながら立っていた。
「ぼん、遂に出来たぞ。完成だ」
いい年したおっさんの第一声がこれか。
思わず笑いそうになったが、この無邪気さが親方の良い所だ。
諸手を挙げて親方が俺の方に寄ってくる。
それにしても出来たって・・・。
最近親方に何か作ってくれって頼んだ記憶がない。
そうなってくると過去に頼んでおいた奴・・・・って!
「出来たってもしかしてアレか!?」
「ああ、アレだ。ほら見ろ」
親方の手には腕輪のような物があり恐らくコレこそが例のアレなのだろう。
「しかしどうやって実現できたんだ?技術的に不可能かも知れないって言ってたのに」
「ああ、それなんだがな家のどら息子が解決しやがった。簡単な事だったんだ。詳しく言うとだな魔導術式観点から出る問題では無くだな、基礎となる受け皿となる石の問題だったんだ。今まで使ってたのは直径2センチにもみたいな物だったんだが、それをだな何となくこっちの方が良いだろうとか言って勝手に直径5センチもある石を使いやがったんだぞ、アイツ。一体これ1つで幾らすると思ってやがるんだ。嗚呼、ちなみに石を固定する金物の方にも最高級のミスリルを使っているからな。コレに使われてる素材の値段だけで優に一般家庭が3年は食えるはずだ。ちなみに世界に1つのワンオフだから絶対無くすなよ。ちなみにだな・・・・・・」
鼻息を荒げながら親方は俺に2対の腕輪を渡してくる。
今渡されたコレは三年前に俺が親方にこんな物作れないだろうか?って聞いたのが始まりだった。
それから試行錯誤を重ね遂に完成したのが幻想鎧用機能性保護具だ。
幻想鎧はそれだけ強力な武器になるが元になる能力は装着者のそれだ。
要するにこの幻想鎧用機能性保護具は幻想鎧の下に着込む事で装着者の身体能力を高める事が出来る優れ物だ。
この幻想鎧用機能性保護具最大25%装着者の基礎能力を底上げしてくれるらしい。
たかが25%と侮ることなかれ元の装着者の能力が1とすればコレを着るだけで1.25になる。
そこに幻想鎧を着込む事により装着者は3倍の能力を得れると仮定しよう。
そうなると着ている者と着ていない者では実に0.75倍もの能力差が出てくる。
これはデカい。
流石親方だ。
世界最高峰魔導技師の名は伊達じゃ無い。
「流石だな親方、それでコレはどう使うんだ?」
「んん~、この幻想鎧用機能性保護具なんだがな1つだけ欠点があってな、一度全裸にならないと着れないのだ」
「なんだそんな事か取敢えず脱げば良いんだな。よし」
そう言うと俺はさっき着たばかりの服を全部脱ぎ腕輪を左右両方の腕に装着した。
「ああ、ボン。もう少し恥ずかしがるかと思ったんだが、それは・・・まあいい。それでその腕輪にボンの魔力を伝えればその魔力を元に身体の周りを薄い膜が覆ってくれるからそれで完了だ」
「それだけでいいのか?簡単だな」
俺は両腕に装着された腕輪に魔力を通すと瞬く間に全身が黒い膜で覆われた。
装着感は悪くない。
通気性も良さそうだ。
「良いじゃ無いか、これ。気に入ったよ」
「ああ、気に入ってくれたのは嬉しいが取敢えず下着を履こうか?ちょうど目の高さにボンの逸物があるのでたまらんわい」
「ん?」
自分の股間部分をみるとそこだけ綺麗に元の身体のままだ。
「そこだけ切り抜くのに時間が掛かったんだ」
肩を竦めながら親方が言う。
一体どういう難しさがあったのか聞きたくなったが取敢えず今は良しとしよう。
今更慌てても仕方ないのでさっき脱ぎ捨てた服をもう一度着るとする。
そして身体を少し動かしてみる。
嘘のように軽い。
「これはすごいな・・・・親方、例の機能は?」
「誰に物を言ってるんだ。わしは完成したって言っただろう」
「限定発動で何倍に?」
「20秒間だけなら3倍を超える」
絶句した。
たった20秒だけだがその20秒間幻想鎧装着者並みの能力になるってことだろ?
イカレてる。
幻想鎧着てたら9倍だぞ。
考えただけでもぞっとする。
「キーワードがあってな、『オーバードライブ』って魔力を込めながら唱えれば使えるようになるからな。但し恐らく魔力がからっけつになるからな。よく考えて使うんだぞボン」
流石にデメリットもあるか。
魔力枯渇の程度にもよるな。
一度試してみるしかないか。
「ちなみに親方コイツの量産は?」
「するわけ無かろう。作ろうにも儂しかつくれんし受け皿になる石がそうそう見つからんわい。馬鹿なこと言っとらんで、違和感があれば直ぐに言うのだぞ。後使用感は逐一報告してくれよ。まだ改良案もあるからその辺は使いながら詰めていこうか」
「ああ、分かったよ親方」
「分かっているだろうが、これの存在は秘匿するのじゃぞ」
「勿論だ」
そう言うと親方は部屋を出て行こうとしてはたと立ち止る。
「ああ、そうだ。これをやろう」
そう言うと親方はどこから出してきたのか一本のダガーを渡してきた。
黒い革製の鞘から抜いてみる。
背にギザギザの切れ込みが入っており、その刃は分厚く黒い。
まるで鉈のようだ。
背側は鋭い銀光を放ち、そのせいもあってかその姿は独特の存在感を放っている。
「これは・・・ソードブレーカーか」
「ああ、卒業祝いだ。それぐらいのサイズなら何時でも護身用として持っておけるだろう?」
「ああ、有難い」
俺は鞘をベルトに通すと腰に装着してみた。
抜け防止のロックも親指1つで外れる。
護身用としてもサブウェポンとしても良さそうだ。
何よりソードブレーカーというのが良いじゃ無いか。
ただ、親方のにやりとした嫌らしい笑みを視るときっとこれだけじゃ無いのだろう。
「なにか《《ついてるんだろう》》?」
「よく分かってるじゃねーか、ソイツは只のソードブレーカーじゃねぇ。魔力を通すことにより背の刃の部分が《《高速で動く》》。それによりそこで挟んだ刃は一発おじゃんだ。まさしく剣破壊剣よ」
なるほど。
こうか?
俺は持ち手に向けて魔力を流し込んでみる。
すると背のギザギザの切れ込みが《《ぶれた》》。
どうやって動いてるのか全く分からないがこれに挟まれたらオリハルコンでも無い限り親方の言うとおり一発で折れるちまうだろうな。
「ほう、こりゃ確かになかなかだな」
「だろう」
「ああ、有難く貰っとくよ」
来たときと同じように勢いよく親方は部屋を後にした。
開けっ放しの扉の向こうにまるで最初からそこに居たかのようにハインズが立っていた。
こいつは一体何時からそこに居たんだ。
「お坊ちゃま、本日の衣装は此方にございます」
「全く・・・・・俺は何回服を脱げば良いんだ?」
「コレで最後でございますよ・・・ああ、勿論今宵どこぞのヘタレ坊ちゃまが一発決めれなかったら帰ってきてもう一度着替えないといけませんが」
「な、おま、なんだそれ」
「ふむ。どのみち一発決めるときにもう一度脱ぐのでこれで最後では無かったですね。申し訳ございません」
「ぬぬぬ、脱がねーよ!」
「脱がないのでございますか!ヘタレ坊ちゃま」
ああもう!何だよヘタレって。
いきなりお前、まだ、何も・・・そりゃこう何ていうか心の準備とか必要だろ。
後順番とかほら色々まずは接吻からとかだな・・・そういうのも俺は大事だと思うんだ。
ふとハインズを見ると目の奥が笑っている。
ああ。
からかわれた。
「くそ、き、着替えよこせ。自分で着る」
「では私は他の準備をして参ります」
ハインズの持っていた衣装をむんずと強引につかみ取る。
静かに立ち去るハインズを見ながら俺は只単にこいつに嵌められてるだけじゃ無いのかと言う気がしてきた。
何もかもハインズの戯れ言で全部嘘でした。
最後の最後にオーリーに「え?何それ?私まだ異性間の交際って興味ないの。あはは」とか言われながら手をひらひらと振られる。
そして周囲からざまーって声が聞こえる。
そんなラストシーンが頭を過ぎる。
やれやれ、ちょっとなんか不安になってきた。
壁に掛かった柱時計を見る。
時計の針はちょうど5時30分を刺していた。
ぼちぼち着替えとかないともうすぐオーリーが来るな。
そう思いもそもそと今日何度目かの着替えをし始める。
何となく期待しながら・・・。