テッシィ・ウメイン
テシー事、テッシィ・ウメインはすこし落ち込んでいた。
生徒会長で成績は常にトップ。
実技の成績では常に2位をキープしている。
本気で行けば恐らくトップにもなれるのだが相手が悪い。
惚れた女性相手に訓練で本気で戦うほど落ちぶれちゃいない。
あと本当に強い奴に手札を見せたくない。
そう言う思いもある。
自分で言うのも何だが周囲からの人望も高く子爵家の生まれと言う事もあり人を使うことにも長けている。
一部では先の大戦の英雄「黄金の獅子」の再来だと言われてるらしい。
そこまでの実力が自分には無いのは分かっているが光栄な事でもある。
光栄な事ではあるが伊達や酔狂ではその名は語れないし語って貰えない。
そこまでに至れるのかは自分には分からない。
だが才能はある。
それは分かっている。
自分は三男だが実家はその才能を高く買っていて将来はどこかの騎士団の団長ぐらいはなるかも知れないと思ってくれており、その為のバックアップには余念が無い。
それに何より顔も良い。
神は二物を与えんと言うけれども僕は二物所か3つも4つも与えて貰っている。
正直自分が声を掛ければほとんどの女が股を開く。
そう思っているし事実そうである。
きっとこの隣できらきらした目で見上げてる少女も後6時間もすれば生まれたままの姿で僕に抱かれている。
確かに可愛い娘だ。
でも物足りない。
僕には物足りないんだ。
僕に一切振り向かず、何時もこの僕をいとも簡単に袖にする少女。
オーリーオーリ・ステファン。
彼女こそ僕の理想なんだ。
だけど彼女がアーチに好意を寄せてるのは誰が見たって一目瞭然だ。
公爵令嬢である彼女が未だに婚約者がいないのも彼女に大甘なステファン公爵が全て綺麗に断っているかららしい。
それもこれも彼女がアーチに想いを寄せているからだ。
流石に名前は挙げなかったが本人から以前聞いたんだ、間違いない。
そしてアーチはそれに全く気付いていない。
その上僕達三人は幼なじみだから尚のこと達が悪い。
「ふぅ~」
「どうかなさいました?」
心配されてしまった。
ついついため息何かついてしまって一緒に居るベアトリクスさんに悪い。
「いやね、君の可憐さに少し当てられてただけさ」
心にも無い事を言ってはぐらかす。
ベアトリクスさんはその言葉を真に受けて真っ赤に赤面している。
こりゃ可愛いわ。
仕草、表情その全てが男を引きつける魅力を持っている。
言うなれば保護欲をそそる小動物か何かの様な、そんな可愛さが彼女にはある。
男子の人気が高いのもうなずける。
今僕達が歩いてる通りは夜になると魔導の光によって照らし出されるメインストーリーになっている。
毎年オーリーを誘うけど一度足りとて一緒に来てくれたことは無かったな。
それにしても今日は人の往来が何時にもまして多い。
きっと今晩の『星の庭』目当ての観光客なのだろうけどちょっと今年は異常だ。
一昨年からイベント自体を大がかりにし、事前に広告を打った事が由来なんだろう。
アレも確かオーリーの案だって話しだってな。
中立地帯である学園都市は帝国直轄で税収全てが直接ミーズ帝に入ると言われている。
地方から来た貴族や、卒業生の親、それらを相手に一儲けを考える商人等など。
この時期になると思い出と大きな利潤を求め学園都市の人口が一気に倍増する。
その分治安も悪化するのが問題点でもあるがその辺はステファン公爵が一枚噛んでいる辺りある程度安心は出来る。
オーリーの父親であるハイツベルグ・ステファン公爵はミーズ帝国中央南部に位置するスタン領を納めている。
今日僕らが卒業したアルバン高位修学院も若き日のステファン公爵が設立したと聞いている。
名君と誉れ高いそんなハイツベルグ・ステファン公爵治めるスタン領の中にこの学園都市アルバンはある。
しかしながら学園都市は帝国直轄領となっている。
若き日のハインツベルグ・ステファン公爵と皇帝との間でやり取りがあったとか修学院の地下にはニブルヘイムへと繋がる虹の橋があり封印されているからだとかまことしやかに囁かれているが真偽の程は分からない。
そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、僕らの直ぐ脇を大きな馬車が走り抜けていく。
ちょっと危険だと思い、僕はベアトリクスさんを自分の内側に誘導する。
こうしておけば何かあっても僕が守ってあげられる。
にっこりと彼女に笑いかけると彼女は小声で「あの、ありがとうございます」と聞き取れるか聞き取れないかぐらいの声で喋っていた。
初心で可愛い子だな。
ベアトリクスさんに目をやる。
小さくて保護欲をそそる彼女は色々と豊かに表情を変えて僕に話しかけてくれる。
その話しのほとんどが僕にとってはどうでも良いことなんだけど、こう言うのもなんか良いかなと最近は思うようになってきた。
父上には口酸っぱく結婚しろ結婚しろと言われてる。
もう少し遊びたいの事実だけど、いっそこの卒業を機に婚約ぐらいならしても良いかもしれないと思っているのも事実だ。
どこかの公爵令嬢と同じで婚約者すら決まっていない。
そう言えば僕ら幼なじみ3人は皆そろって婚約者すら居ない。
アーチに至っては次男坊だし僕なんか三男坊だからまだ分からないでも無いんだけどね。
それにしてもやっぱり初恋は実らないってジンクスは本当だったんだね。
あそこまで態度でまざまざと見せ付けられたら流石の僕も引かざるを得ないよね。
きっと10年ぐらい経って子供なんかお互いに出来た頃にこのほんのりとした気持ちを伝えれば良い。
きっと笑い話になる。
本当にそう思ったんだ。
通りの反対側に綺麗な花束を売っている少女がいた。
ベアトリクスさんに丁度いいプレゼントにもなるだろう。
そう思いベアトリクスさんにはしばらく此処で待っていて貰って驚かしてやろう。
花売りの少女を見ると彼女の先には薄暗い路地が見える。
路地から一人に男がのっそりと出てきた。
「あんた、テッシィ・ウメイン元生徒会長だな」
「えっと?そう言う君は何処のどちらさんかな?確か面識は無かったと思うんだけど」
路地から出てきた男は中肉中背で一応学園の制服を着ている。
だけど男を在校中に見かけたことは無い。
あんたなんて不躾な台詞をこの僕に投げかけてくるなんてね。
それだけでも在校生では無いと言っても過言では無い。
普通なら僕に声を掛ける時、俯き加減で「あ、あのすいません」から大体始まる。
あ、それは女性だけか。
「ああ、ごめんね。僕のファンだったかな?サインならまたにして欲しいだけど。今デート中でしてね」
「面白い奴だな、あんた。俺はコレをアンタに渡すように言われただけだ。サインはまた今度にしてくれよ」
そう言って男はしかめっ面で一通の封書を渡してきた。
表書きは「親愛なるティッシー・ウイメン様」と綺麗な字で書かれている。
ふんわり香る匂いは柑橘系の香りだ。
裏返してみても差出人の名は無く、蝋で綺麗に封をされている。
まるで何かのパーティーの招待状の様だ。
「これは?」
「さぁ?但し本日日中に見る様にとの事だ。確かに渡したぞ」
それだけ言うと男は出てきた時のようにのっそりと路地に《《後退》》した。
男が消えた路地には何も無く、反対側の大通りの様子が覗き見える。
此処には不思議そうに僕を見上げる花売りの少女と僕だけしか残っていなかった。
雑踏に紛れ消えたにしては痕跡がなさ過ぎる。
幻術か・・・もしくは伝説の空間魔術。
それとも僕が見た蜃気楼かな。
そう思いながら手元の封書に目を移す。
(本日日中に見る様に・・・か)
思案してると花売りの少女が僕に話しかけてきた。
「お兄ちゃん、買うの?買わないの?」
そうだ僕は花を買いに来たはずだった。
そう思い出した僕は大きな花を咲かせている切り花を一つつまみ上げる。
「この花を一輪くれるかな?」
「良い花選んだね。その花の花言葉は「情熱的な愛」そして「希望」だよ。お兄ちゃんの未来に幸あれだね」
僕は銅貨を一枚花売りの少女に手渡すとベアトリクスさんの待つ場所へと帰る。
封書はジャケットの裏ポケットに入れている。
戻った僕は手に持った花をベアトリクスさんの青い髪に刺す。
「とてもよく似合っているよ」
そう言うと彼女ははにかむ様に、それでいて恥ずかしそうに俯き加減に笑った。
(希望の花・・・か)