約束の花
「お坊ちゃま今日はテシー様やオーリー様はよろしかったのでしょうか?」
何時ものことだが、お坊ちゃまの所でついつい引っかりそうになる。
物心付いた頃には家の者達に何を言っても変わることが無かったので今は言われるがままだ。
テシーなんかは偶に「お坊ちゃま」とか良いながら俺をからかってくる。
子爵家のお前の方がよっぽどお坊ちゃまなんだけからなって何度も言ってやったが、その都度「僕はお坊ちゃまとは呼ばれて無いからくぷぷぷぷ」って必ず嘲笑を入れやがる。
あ~・・・思い出したらむかついてきた、今度久々に一度訓練でボコってやろう。
車窓を開け風を取り込む。
何時もよりざわついた街の声が聞こえてくる。
「今日は卒業式だ、皆何かしら用があるのだろう」
「その言い方だとお坊ちゃまは何も用事が無い暇人のように聞こえますが?」
「ハインズ。俺の用は家にある《《らしい》》。お前も知っているのだろ?」
ハインズはわざとらしく驚くと頭を振る。
そしてこれまたわざとらしくため息をついた。
その劇掛かった仕草は滑稽に見える。
案外コイツは執事じゃ無くて道化とかの方が向いてるんじゃ無いだろうか?
それにしても町中で馬車を操作しながら余裕だな。
「コレはコレは。既にお聞きになられていましたか。存外オーリー様もぬるいですな。こう言うサプライズはゲストが何も知らない方が最高に面白いのですが仕方在りません」
ハインズ、しれっと《《面白い》》とか言いやがって。
どうやら楽しみにしていたみたいだ。
学園都市程度じゃ娯楽も少ないし刺激が足りないのはよく分かる。
学生のためだけにあるような所だからな。
それにしたって、全く家の者達は主家への敬意がたらんのじゃ無いかな?
まぁ男爵家程度じゃ敬意なんかもたかが知れてるか。
何時もならテシーやオーリーが家の馬車に相席し二人を送りながら帰るのが通例だ。
と言うのも、どうやら家の馬車は他家の物と段違いに乗り心地が良いらしい。
俺は生まれてこの方同じだから分からないが、余所はもっと縦揺れがヒドイらしい。
この馬車だけで一財産作れるかも知れないほどとオーリーには絶賞されていたが家の使用人で親方事ドワーフのズビーは気に入った物にしか作らない主義だからそれも難しい。
そんな訳で帰り道の順で俺が一番遠いのもあるが皆を送って帰っている。
別に歩いて帰っても良いのだが時間が勿体ない。
その時間があるのなら家で出来る事をやっておきたい。
車窓から覗く街は何処か浮き足立っているように見える。
今日が卒業式だからか。
卒業生にとって今日という日は一生に一度だ。
それに乗っかるかの様に、この街は年末年始の祝祭日の期間とこの時だけ街が着飾る。
その様子は観光名所になる程で特に卒業式の夜に行われている『星降る庭』は恋人達の聖域とか言われている。
この日に告白してつきあい始めた二人は永遠に離れることは無いそうだ。
眉唾物だがこう言った子供だましの物語で婦女子は喜んでいるのだから一概に馬鹿には出来ない。
俺にはこう言ったスイートな物は無縁の物だからあまり興味は無い。
無いんだけど・・・。
そう言えばオーリー、ダンスパーティーとかいってたけど・・・・まさかな。
俺はさっきのオーリーの温もりを思い出してしまった。
「ふっ」
自分の妄想を一蹴する。
それこそまさかだ。
「珍しく楽しそうですね。何か良い事でもあったのですか?ああ、あの天下の美少女オーリーオーリ・ステファン嬢を今宵遂に自分の物に出来るのですからニヤけもしますね。はい」
「おいおい、冗談でもそんな事言うなよ。オーリーに聞かれでもしたらテシーみたいに手をひらひらされてからかわれるのがオチだ。俺にはテシーほど心の装甲は厚くないんだ。」
俺は何時もテシーが躱されている時のオーリーの手の仕草を真似る。
「お坊ちゃま。本気でそうお思いなのでしょうか?」
ハインズが聞いてくる。
本気でって、そりゃそうだろう。
俺の頭の中のオーリーはもの凄い良い顔で綺麗に躱してくれる。
俺は二つ返事で答える。
「ああ勿論だ」
突然ハインズが天を仰ぐ。
「嗚呼、ホーリー様私目の教育が間違っておりました。申し訳ございません。このような朴念仁に育て上げてしまいました。斯くなる上はこのハインズ、身命を賭してそこのクソ朴念仁を修正致します。もし出来なければ私目をホーリー様のお側に行く事をご容赦下さい」
そう言ったハインズは左胸に当てていた拳を空高く突き上げた。
騎士が王に忠誠を捧げるのに手を左胸に当て心の臓を捧げると誓うがそれに似ている。
確かにハインズは俺の教育係でも在るがいくら何でも母様の名前を出して誓いまで立てなくても良いだろうに。
「ハインズ」
「何でございましょうクソ朴念仁お坊ちゃま」
なんでコイツが微妙に涙目になってるんだ?
感情移入しすぎだろ。
「クソとか言うな。不敬だぞ。それに誓いを空に投げるな。まるで母様が死んでる見たいじゃ無いか」
「敬愛するお坊ちゃまにクソを付けるのは今は致し方ないと私思っております。これは私、最後まで言う気が無かったのですがあまりにもクソ朴念仁お坊ちゃまがふがいないのとオーリー様が不憫過ぎるのでお話し致します。先日オーリー様がこっそり私に相談に来られたのです。最初は私も知らなかったので、あのオーリー様が誤って私めの大人の魅力に籠絡為されて来たのかと胸躍らせましたが、結果は違いました。相談内容は勿論今日という特別な日に如何に家のクソ朴念仁お坊ちゃまを振り向かせるかというご相談であります」
ハインズが自慢のカイゼル髭を指で摘まみながら俺に諭すように話だした。
なんだか子供の頃を思いだす。
ハインズは俺が間違ったことをしても怒りもせず今のように髭を撫でながら諭すように何時も話しをしてくれた。
何時もならすんなり聞けるハインズの話しだが今回は話してる内容がイカレてる。
あのオーリーが俺の事を好き?
俺が思いを寄せるならまだ分かる。
オーリーが?
俺を?
クレイジー過ぎる。
そして俺を振り向かせるための仕込みをわざわざハインズと共謀して態々自分主催で今日のダンスパーティーを開いたと言う事らしい。
それもコレも俺の為だと。
この目の前の髭執事はそう宣っているのだ。
普段ならそんな馬鹿なと一笑にふしただろう。
だけどあまりにもハインズの顔が真剣だったのでつい聞いてしまった。
「本気で言ってるのか?」
「コレが嘘を言う執事の顔に見えますでしょうか?ちなみにオーリー様はああ見えて心の中は乙女でロマチックな恋を望んでおられます。そして何より彼女のような美しい貴族のご息女が未だに婚約者もおられないのはおかしいでしょう?」
「ああ、確かに17期の中でも七不思議の一つに挙げられてたぐらいに謎だ」
「それも一重にクソ朴念仁お坊ちゃまの為なのです」
「嘘だろう?」
「嘘なもんですか。それとも今日本日もその無駄に高いスルー技術を遺憾なく発揮して、好意を寄せてくれている美少女を他の誰かに取られても良いのですか?良いのですね?」
クソ。
俺達は確かに今日で卒業だ。
幾ら幼馴染とはいえ俺たちは新卒だ。
訓練や雑用、諸先輩方の小間使い等で最初のうちは大忙しだ。
今後二人と会うとしたら合同演習ぐらいだろう。
もしかしたら騎士団の庁舎ですれ違ったりぐらいはあるかも知れない。
テシーぐらいは寮の関係で近くに居るかも知れない。
だけど俺は『第Ⅸ遊撃騎士団』を選んでしまっている。
そうなると流石に貴族階級が多く居る第Ⅳ迄とは違う宿舎になるだろう。
勿論俺自体はそれを覚悟して選んでいる。
だけどもし、本当に、オーリーが、俺を・・・。
それにオーリーが入隊する『第Ⅰ騎馬騎士団』は端から見ると美形と実力者の集団だがそのほとんどが貴族の者達で構成されている。
大体の貴族の子息達は基本がわがままだ。
しかも騎士団は独自の社会性を持っている。
なんなら上官命令だとか抜かし強権を使い嫌がるオーリーを無理矢理・・・・。
「・・・・・・・よくない」
(ふふふ、坊ちゃまの表情がくるくる変わっている。無駄に良く回る頭で色々想像してるみたいですね。オーリー様にもこのような面白い坊ちゃまを見せて頂いているお礼をかねてよりと考えていましたので、此度の事が良いお礼になるでしょう)
「後はどうすれば良いか解りますよね?正直な坊ちゃまは可愛いですぞ」
ピンと跳ねたカイゼル髭が風に揺られてる。
ハインズの表情は真剣そのものだが瞳の奥が笑っている様に見える。
ああ、クソ。
俺なんかが望んじゃいけないと思っていた。
男爵家の息子風情が。
公爵家の、一人娘、公爵の愛娘。
学園一の美少女。
オーリーオーリ・ステファン。
テシーと一緒で幼なじみだ。
一緒に真っ裸で水浴びしたこともある。
5歳ぐらいの時だったな。
夏には公爵家に招かれたりしてたな。
家が公爵家の寄子なのもあるだろうけどなんだかんだでずっと一緒だった。
そういや何時だったか「約束」したな。
おままごとの延長だったけど。
子供の時に。
「なぁ、ハインズ」
「何か?」
「覚えているか?確か俺が9歳の春頃・・・・公爵家の別荘に父様と一緒に招かれた時の事」
「ええ勿論、隅々まで覚えていますとも」
「そう・・・か」
ハインズの向こうに見慣れた屋敷が見えてきた。
いつの間にかもうそこまで帰ってきていたんだな。
丁寧にレンガを積み上げた頑丈な造りの屋敷だ。
正直俺とハインズとアニーと親方とチビの5人しか居ないのだからこんなに大きい不相応な屋敷はいらないといったんだけどな。
何時もこの屋敷を見る度に思うが、それもあと少し。
本当にもう少しなんだな。
皆と居られるのも。
なんとも言えない感傷に浸ってしまう。
「お屋敷に着きましたよ。今日は忙しいのですからほら、ぼーっとしない。坊ちゃまはアニーに風呂を用意させてますので入って来て下さい」
ハインズに急かされ馬車から降りる。
流されてる感は確かにある。
分かっている。
それも結構な眉唾な話にだ。
小さい頃、兄様とのことで俺は強すぎる光は時には毒と成ることもあると知った。
それと同じに強すぎる想いも人の為に成らない事が在ると思った。
人様に迷惑を掛けるぐらいならいっそ目立たなくて良いと思うようになった。
和光同塵
光を和らげ、他と歩を合わせる。
それを心がけ生きてきたつもりだ。
何時かあれは初恋だったと酒でも呑みながらテシー辺りに打ち明けるのだろうと思っていた。
そう思い、蓋をしてきていた。
あの日あの時オーリーがきれいだと言った花。
あの青い花。
―――――――僕が大きくなったら何時か抱えきれないぐらい一杯の花束を持ってきっとオーリーを迎えに行くよ。
子供心に素直だった自分が言った言葉。
――――――――約束だよ?
ハニカミながら自分の言葉に応えたオーリー。
今でも覚えている。
オーリーが大好きだったお姫様ごっこの延長線のごっこ遊びのはずだった。
だけど言った後にすごく恥ずかしかったのを覚えている。
両手一杯の花束は今じゃない。
それの換わる何かが必要だ。
「ハインズ」
俺の呼びかけに満面の笑みでハインズが答える。
この笑みの意味を俺は知っている。
自分が思うとおりに物事が進んだときにごく稀に見せる笑顔。
それだ。
きっと俺はこの無駄に有能な執事の手のひらで踊らされていたんだろう。
期待を込めて・・・俺はハインズの名前しか呼ばない。
多くを語らずともこの執事は執事足りへる仕事をしてくれる。
ホントに良く出来た執事だ。
だけどきっとコイツは執事より占い師か何かの方が向いているに違いない。
「ええ、勿論でございます。『約束の花』を模った髪飾りを用意しております」
最後まで読んで下さって有り難うございます