夜部悠久
俺は夜部悠久。
城星学園高等部の一年生だ。
俺の苗字である『夜部』の名前は、かなりの力を持っている。
夜部という一族の歴史は古い。ずっと昔はどこかの有名な武士だったとかなんとか。
まあ、そんなもんはどうでもいい。
夜部一族の一番の特異性は、古いという点ではない。
『鬼の一族』。
夜部はなんでもやるのだ。文字通り何でも。
海外の犯罪組織と繋がっているとかいうウワサまである。それが本当かどうかは知らないが、悪どいことをしているのは事実だ。
ちなみに俺が通っている城星学園は、夜部の分家筋が経営している学園らしい。
鬼の一族と呼ばれる理由は他にもある。
一族の中で生き残るのが厳しいのだ。
成人するまでの間に役に立たないと判断されれば、容赦なく始末される。
運が良ければ勘当くらいで済むが、運が悪ければ命がない。
紛争地帯に飛ばされて取り残されるくらいならまだいい方、本家の機嫌を損ねたら本当に殺されて沈められる。
極め付けは目の色である。
夜部の本家の人間は皆一様に、普通より赤い目をしている。
黒に近い赤の目は、思ったより目立つ。
異常なほど真っ黒な髪と相まって、俺がいくら静かに過ごしたくても、周りには俺が夜部の人間だとすぐ気づかれてしまう。
そして、赤い目は否応なしに伝承にある『鬼』を彷彿とさせる。
それがさらに、夜部は鬼の一族という印象を強める。
まったく厄介だ。
俺は夜部一族本家の、当主の次男として生まれた。
だがあいにく、一族のために何かをしたいという意思は俺にはない。
奴らを親戚とか家族なんて思いたくもない。
だから俺は一族の中では役立たずだ。
長男である兄貴は全てにおいて優秀で、やる気もある。俺の成績は決して悪くないが、兄貴ほど優秀じゃない。
俺がまだ始末されていないのは何故なのか、俺はいまだにわからない。
そして、恥さらし的位置付けの俺だが、残念なことにれっきとした夜部一族の一員だ。
だから、学校の奴らの俺に対する接し方はほぼ二つに分かれる。
ひとつ目の派閥は、俺に媚びる奴ら。
夜部一族の逆鱗に触れないよう、自分は無害だとアピールしてくる奴。あわよくば夜部の恩恵を受けようとすり寄ってくる奴。
主にそういう奴らがこちらに含まれる。
ふたつ目の派閥は、俺を毛嫌いする奴ら。
ひそひそ噂されるくらいならまだマシだ。
中には勝手に俺の持ち物を壊したり捨てたりやつもいるし、暴力沙汰なんてザラにある。
おかげさまで俺は体術が得意になった。
どちらにせよ、迷惑の度合いは一緒だ。
一体俺をなんだと思っているのか知らんが、生徒をいさめるべき教師たちまで同じような対応なのはもう呆れるしかない。
俺が授業に出なかろうと態度が悪かろうとなにも言われないし、どの教師もびくびくしていて居心地が非常に悪い。
だから俺は夜部一族が嫌いだ。
この名前とこの目のせいで、俺がどんなに嫌でも夜部の名前に縛られてしまう。
『鬼』の名の通り好き勝手やっている親戚どもが嫌いだ。
俺を『夜部一族の当主の次男』としか見ない、学校の奴らも嫌いだ。
自分も、周りも、とにかくこの世のすべてが嫌いだ。
全部滅んでしまえばいいと、本気でそう思っていた。
あいつと、暁浦優と出会うまでは。
俺はまだ知らなかった。
この先、自分を変える出会いがあることを。
この赤い目と自分が、そんなに嫌いじゃなくなることを。