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偏愛ハートボーダーライン  作者: 輪廻
序章
8/10

優の中学校進学と小学校の記憶

受験し、優はとある私立の中学校に入学した。


学校の名前は『私立城星学園中等部』。

初等部から大学まである、大規模な学園である。

中等部は半分ほどが初等部からの内部進学生で、残りの半分が受験して入ってくる。

名門というほど偏差値の高い学校ではないが、なにしろ規模が大きい。毎年少なくない数の卒業生が有名大学に進学しており、知名度はかなり高い学校といえる。


そこそこ勉強ができていた優は、入試にも簡単に受かった。しかも特待生である。

優は、これで思う存分知らない人間を観察できる!と喜んだ。


かなりの生徒数だし、もしかしたらあたしと同じようなひともいるかもしれないよね?

いるといいなぁ。

これだけいたら変わったひともたくさんいるはずだから、きっとあたしもそんなに目立たないはず!


そうして入学式の日、優は期待に胸を膨らませながら校門をくぐったのだった。


特待生というせいで総代に選ばれ、結局目立つことになってしまうのはまた別の話だが。


しかし残念ながら、中等部にいる間優の日常は静かだった。

特待生になったせいで目立ってしまい、一目置かれていたからだ。

先生たちからも優秀な生徒と認識されており、優にちょっかいをかけようという勇者はそうそういなかった。

優本人が相変わらず誰とも関わろうとしなかったせいもあるが。


小学生のとき、優は良くも悪くも目立っていた。

はっきりとしたもの言いと、年のわりに大人びた態度。目が合った者をすくませるほど強い目線。

これで目立たないわけがない。


入学してすぐの頃、優は誰とも関わらなかった。会話などをするのが面倒くさかったのである。


優がクラスでほとんどはじめて誰かと喋ったのは、夏前だった。

偶然、クラスメイトのひとりが集団にいじめられているのを見てしまったことがきっかけだった。

囲まれていたのは女の子で、ぐすぐすと泣きながらうずくまっていた。


ちなみに優が通った小学校は普通の公立だったため、地域の権力関係がそのまま反映されている。

地方公務員の子や自営業の家の子は、子供の社会でも権力を持つのだ。


いじめの現場を見てしまったあと、優は集団に向かってにこやかに言った。


「バカってこういうことをいうんだね」


と。

優は思ったことを素直に言っただけである。

しかし、いじめっ子たちに敵と認識されるのには十分だった。


子供のいじめとは無意識に残酷だ。

いたずらの範囲を超えないものもあれば、明らかに命が危ないようなものまで範囲は広い。

子供だからこそ何も考えずにしてしまうのだろう。


とにかく、優はその日以降しばらく、いじめっ子たちのターゲットにされてしまった。


だが優は全く動じなかった。

持ち物を隠されようと階段から突き落とされようと、常に無表情のまま静かに対処した。

隠されても平気なように大抵のものは予備を持っていたし、突き落とされたら受け身を取って怪我しないようにし、もし擦り傷ができたら持ち歩いているバンソウコウを貼った。


優が冷静だったのには理由がある。


それは兄、希が目の前で死んだから。

優にとって、希が死んだときのことよりも怖いことはなかった。


だから、『希の死より怖くないこと』なら、優は何も感じなかった。

ただ、バカだなぁとしみじみ思うだけである。

全く動じずなんの反応もしない優に、次第に嫌がらせはエスカレートしていった。


そしてある日の放課後、優は突然水をかけられた。

防火水槽に溜まっていた濁った水を。

誰が考えたのかは知らないが珍しくいつもよりやるなぁ、と優はのんきに思った。


だが実のところ、優は機嫌が悪かった。

教室で窓の外を見ながら図書館の本を読んでいたところ、後ろから急に濁った臭い水をかけられたのだ。

本を!しかも図書館の本をびしょびしょにするなんて!あいつらここまで頭悪かったのか…!

ピントがずれてはいるものの優は珍しくイライラしながら立ち上がり、教室を後にした。


いじめっ子たちは興味津々に後を追う。

珍しく反応した優が面白いと思ったからだ。


優は屋外にあるプールの横までずんずん歩いていき、置いてあった四つのバケツを全部手に取った。

バケツは普段、プール前や後に足や手を洗うのに使われているものだ。


バケツに近くの水道の水を満たす。

四つのバケツがいっぱいになると、優はざばっ!と音を立てながら一つのバケツの中の水を頭からかぶった。


あっけにとられるいじめっ子一同。


その直後、優はバケツを一つ持つと、思いっ切りいじめっ子たちにぶっかけた。

全員、声を出す暇もなくびしょ濡れになる。

さらに残ったバケツの水も、優は丁寧に全員にかけた。

優が全部持ち出していてバケツがもう残っていないので、いじめっ子たちもすぐには反撃できないというオマケ付きだ。


にっこり笑って、優は言った。


「気持ちいいね?もうすぐなつやすみだもんね。水遊びするならこれくらいしないと」


水をかけられたことに何も感じていなさそうなその言葉にいら立ったいじめっ子の一人が、我慢ならないとばかりに大声で言い返した。


「なんなんだよ!おまえ、なんでおれたちをムシするんだよ!」


優は平然と答えた。


「きみたち、あたしに何かした?どれのことなのかぜんぜん分からないんだけど」


「な、な、ななな…」


いじめっ子たちは何も言い返せなかった。

そもそも一年生の子供では、考えられることにもやれることにも限度がある。

いじめっ子たちも、やられる側も同じだ。

優が珍しいタイプというだけで、周りの子供はいたって普通の子供だった。


優に対してあれほど色々なことを仕掛けたのにそれらは全く意味がなかったと知り、いじめっ子たちはもうどうしようもなかった。

にっこり笑う優の前から一人、また一人と去っていき、最終的に全員がいなくなった。


ふっふっふ、びしょ濡れにされた本のうらみを思い知れ!

場違いなことを考えながらも、優は首をかしげた。

でもあたし、そんなにヘンなこといってないよね?

優自身には、いじめらしきもののターゲットにされていたという認識がそもそもなかった。


図書館の本をびしょびしょにされたことには腹が立ったが、それ以外になにか特殊なことなんてあったかな?

考えても優にはわからなかった。

わからなかったというよりは、どうでもよかったと言うべきか。


いじめっ子たちは優が自分たちの行動を無視していると思っていたが、実際そうだった。

優本人は嫌がらせかー、程度にしか思っていなかった。優は小さなことは気にしないたちであるため、いじめっ子たちがなにをしていようと大半のことはどうでもよかったのだ。


その日濡れたまま家に帰ると、もちろん聖司と那乃は仰天してびしょ濡れの理由を問うてきた。優は特に話す必要を感じなかったので話さなかった。

たとえ一般的におおごとであっても、優にとっては取るに足らないことに過ぎないのだった。


そしてそれ以降、優はターゲットにされなくなった。

なにをしても優は反応しないため、いじめっ子たちが諦めたのだ。それにもしまた反撃されたらたまったものではない。


それに、優は多重人格のせいでたまに記憶が飛ぶ。周りとの記憶の齟齬は、優=不気味なやつという認識を加速させた。

不気味がられるようになったことによって、優は小学校の残りの五年間を静かに過ごすことができたのだった。


六年生になるころには、優は退屈だと思うようになっていた。

静かに過ごせるのはありがたいが、変人と関われないのは優にとってつまらないことだった。

自分が周りから変人と思われていることには全く気付かず。


そのように小学校が静かだったため、優は人の多い私立に進学することに決めるのだった。

私立なら、同じ小学校の人とはあまり一緒にならない。

違う環境でやり直したかった。


違う環境になら、自分と同じような普通じゃない人がいるかもしれない。

そのほんの少しの望みに、優はかけることにしたのだった。


まあ、前に述べた通り、中学時代には結局優が望むような人物には会えなかったのだが。



三年間を過ごし、優は高校生になった。

内部進学の制度を利用し城星学園の高等部へ進学した。

ちなみに特待生は辞退させてもらった。

理由は単に面倒くさかったからである。


そして、高校生になって優はようやく、探し求めていた相手を見つける。

人間だけど人間じゃない、『鬼』の少年と出会う…

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