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偏愛ハートボーダーライン  作者: 輪廻
序章
5/10

幼少期4

二年が経ち、優は七歳になった。


幼稚園には結局通わなかったが、小学校にはきちんと入学した。

優自身はあまり行きたがらなかったのだが、聖司と那乃に勧められて嫌々ながらも通うことを決めた。


七歳になる前から、優は家にこもりがちになっていた。

友達を作ったらどうかと那乃が言ってみたところ、返ってきたのは驚くほど強い拒絶だった。


仕方がないのでそれ以降、家の外に出ろとは言えなかったが、それでも小学校は行かなくてはならない。

優は入学直前まで嫌がって、珍しく駄々をこねていた。普段の優はどちらかといえば聞き分けがいい子供なのだが、この時ばかりは泣きながら嫌だ!と騒いだ。


結果、那乃は優を説得できず、見かねた聖司が仲裁に入るはめになった。


「どうして行きたくないんだい?」


聖司が優しく尋ねると、優はふくれた顔でぼそぼそと答えた。


「嫌だから行きたくない」


聖司と那乃は顔を見合わせた。

一見理由になっていないが、他に言いようがなかったのかもしれない。


二人と暮らすようになってから優も出かける機会は増えたが、いざ出かけるとなると優が嫌がることがたまにあった。

優は、他人とコミュニケーションをとることに慣れていないようだった。


実の両親と暮らしていたときは兄の希以外と話す機会がほとんどなかったようだし、ある意味当たり前かもしれないが。


聖司と那乃は、できる限り優を普通の子供と同じように育てようとしていた。

ずっと家にこもっていたら不健康だと考え、嫌がる様子を見せているときにも無理やり外出したことがあった。


たが無理やり外出させると、優は途中で意識を失ってしまう。

『希』の人格が出てきてしまう。

そして家に帰ってから優が目覚め、出かけたことを覚えていない。そんなことがざらにあった。


自分に不自然な記憶の混濁があることに優はなんとなく気づいているようで、公園で遊ぶとか児童館に行くとか、他の子供と関わる機会がある場所には決して行きたがらなかった。

どうやら家の外に出ることと他の子供と遊ぶことは優にとってかなりのストレスのようだ。


何度か無理な外出をして何度か希が出てきてから、聖司と那乃は優に外出を強いるのをやめた。


多重人格といっても、普段は普通の子供と同じように生活している。

だから聖司も那乃もつい、優が多重人格だということを忘れてしまうのだ。


人格の交代は、過度なストレスにさらされた時に起こることが多いとネットや本には書いてあった。

過度なストレスを優に与えるのはよくない。

聖司も那乃もそう考えてはいる。


だが小学校だけはどうにもならない。

日本では小学校と中学校は義務教育だ。

個人的な理由で入学しないことは、ほぼ不可能に近かった。


聖司と那乃は、小学校は優が成長するチャンスだと思っていた。

これから先大人になれば、嫌でも他人と話さなくてはいけなくなる。

いつまでも聖司と那乃とだけ一緒にいる、というわけにはいかないのだ。


優は頭の回転が速い方だ。

きちんと説明すれば分かってくれるはずだ、と聖司はわかりやすい言葉で優に学校に行くことの意味を説いた。


優は最終的に納得する他なかった。

子供ながらに、聖司が間違ったことを言っていないとわかったからだ。

…それでも優が頷くまでには丸二日かかったが。


そうして優は、近くの公立小学校に通いはじめた。



夏になる前くらいまでは、順調に通っているように思われていた。

聖司も那乃も、毎朝きちんと起きて小学校に行く優にほっとしていた。


だがもうすぐ夏休みという時期のある日、優は頭のてっぺんからつま先までびしょ濡れになって帰ってきた。

聖司と那乃が驚愕したのは言うまでもない。

その日の天気は快晴だった。

雨で濡れたのではないとすぐにわかった。


聖司にも那乃にも、優は何があったのか語ろうとしなかった。

ぎゅっと口を結び、二人の問いかけを黙ってやり過ごした。


その日以降も様子は変わらず、夏休みになっても優はその日のことを話さなかった。

いつも以上に頑なな優の態度に、聖司も那乃もびしょ濡れになった理由を聞くのをやめた。


何故びしょ濡れになってしまったのかはもちろん気になるが、優が何も言わないのだからそっとしておくべきだと二人は考えたのだった。



優は何事もなかったかのように小学校に通い続けた。

びしょ濡れで帰ってくることはなかったし、態度にもおかしいところはなかった。

優が小学校での自分のことを語ることはほとんどなかったが、聖司も那乃も、優が馴染めている証拠だと信じて疑わなかった。

ようやく優が普通の子供らしく生活できるようになったのだと、二人とも心の底から喜んでいた。

優が小学校でどう過ごしているのか、きちんと知らないままで。

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