幼少期2
伯父・聖司と伯母・那乃は、あの台風の日のことが忘れられなかった。
二人は優に違和感を感じていた。
異常なほど雷に怯えていた様子。
その後打って変わって、窓から雷や雨を眺めていた様子。
どちらも優のはずなのにそう思えない。
言葉ではうまく表せない、けれど、なんとなく変な感じがする。
それがいまの優に対する二人の印象だった。
リビングで毛布をかけて昼寝している優を見ながら、那乃はひとりごとのように言った。
「あの日の優は…なんだったのかしら」
優のそばで読書をしていた聖司が顔を上げる。
「自分を希だと言ってたな」
希は優の兄だ。
だがもう死んでいるはずだ。
この間の『希』は、本当に生きているようにいきいきと動いて話していた。
聖司は思いついた!という風に那乃を振り返った。
「霊が優の体を乗っ取ってるとか!」
那乃は呆れた、とため息をつく。
「そんな訳ないでしょうが」
聖司はなおも言いつのった。
「だって希は死んだはずだろ?なら幽霊になってるかも」
那乃は首をかしげた。
死んだ希が幽霊になって、優の体を乗っ取って喋った。
そんなオカルトまがいの話、あり得るだろうか。説明はつかないこともないが、いくらなんでもそんな…と思ってしまう。
聖司は嬉々として希の幽霊憑依説を語った。
そのあまりの突飛さに、那乃は思わず笑ってしまう。
結局その時、二人の会話はうやむやのまま終わったのだった。
しかし。
二人が優に感じる違和感は、日に日に増していくばかりだった。
例えば、優が気に入っていたはずのぬいぐるみをボロボロにしてしまったとき。
例えば、優が那乃が大事にしていた綺麗なお皿を割ってしまったとき。
数えあげればキリがないほど、優の言動はおかしくなっていた。
だが優は、なにも知らないと言った。
ぬいぐるみをボロボロにしたのも、お皿を割ったのも自分じゃない。そんなことしてない、するわけがないと、そう必死に言い張って涙ぐんだ。
聖司も那乃も、優がわざとものを壊しているとはどうしても思えなかった。
二人の知る優はわざとものを壊したりしなかったし、もし壊してしまったとしてもすぐに心底申し訳なさそうに謝りにくるような子供だった。
それに、わざとだろうとそうでなかろうと、派手にものを壊してまったく覚えていないのはあり得ないはず。
優が五歳の幼児だということを差し引いても、たった数分前にしでかしたことを覚えていないわけがない。
ここまで記憶がないなんて、まさか、脳のどこかがおかしいのだろうか?
那乃はそう疑いはじめ、聖司に相談した。
話し合いの末、二人は優を医者に連れていくことにした。
家の近くには脳や精神を見てくれる医者がいなかったので、まずは仕方なく内科に連れていって紹介状を書いてもらった。
おかげで、少し遠くにある大学病院で診察を受けられることになった。
そして、大学病院の精神科の、メガネをかけた男性医師は。
しばらく個室で優と話をしてようやく出てきてから、待っていた聖司と那乃の方を向いて座り。
聖司と那乃の予想をはるかに上回る診察結果を伝えてきた。
「娘さんはおそらく、解離性同一性障害…平たく言って、多重人格です」
と。