プロローグ1
明かりがついていない暗い部屋。
その隅に、優は一人でぽつんと座っていた。呟く。
「はやく帰ってこないかな、二人とも…」
優は両親とは暮らしていなかった。
今は母方の伯父夫婦と暮らしている。優は二人のことが大好きだった。
両親と一緒でないのには理由があった。
優は多重人格だった。怒ると人格が変わるとかそういったものではない。わざと変えているわけでもない。
病気、あるいは障害。
そう認定されるものだ。
実の両親は、自分たちが奇異の目で見られることを恐れて優を放置していた。
おそらく多重人格者だと分かったのは、優が幼稚園に入る前だった。
だが当時は医者に連れて行かれることはなく、明確に解離性同一性障害だという診断は受けていなかった。
受けたのは伯父たちと暮らし始めてから。
優が五歳の時だ。
両親は優がとにかく誰の目にも触れないようにしようとした。
幼稚園は行かせてもらえず、買い物や散歩もついていけない。
必然的に優は家にこもることになった。
そして優が五歳になったばかりのある日、両親は二人揃って姿を消した。
いい子できちんと待っているんだよ、と言って、玄関に鍵をかけて出ていった。
出かけてくると言っていた。
二人はそのまま、戻ってこなかった。
優はおとなしく両親の帰りを待ち続けた。
待ち続けて一週間と二日が経ったころ、母方の伯父夫婦が偶然訪ねてきた。
両親はどこにいったのかと訊かれ、まだ幼くて素直だった優は笑顔で答えた。
「パパとママは買い物に行ってるの!」
伯父夫婦はそんな優を見て笑った。
じゃあ二人が戻ってくるまで待っていましょうかと、伯父たちは一緒に待っていてくれた。
伯母が夕食を作ってくれてそれを食べた時、ボロが出た。
優にとってみれば、きかれなかったから言わなかっただけだったのだが。
一週間と二日ぶりの食事は温かく、優は心の底からの笑顔で言った。
「ごはん、ひさしぶり!おいしい!」
テレビでニュースを見ていた伯父と伯母は、驚いて優の方を見た。
優が衝撃発言をする前から、伯父夫婦は優の両親が夜になっても帰ってこないことを怪しんでいた。
まだ幼い子どもを夜遅くまで放って夫婦だけで買い物に行くのはおかしい。
数時間程度ならまだ分からなくはない。
だが、伯父夫婦がこの家に来てからすでに十時間以上が経過していた。
この状況はあまりにおかしい。
伯父は優に、静かな声で尋ねた。
「優。パパとママは、いつ買い物に行ったの?」
優は満面の笑みのまま答えた。
「あのね、いっしゅうかん…とふつか?くらい前なの!優は行ったことないけど、おかいものって時間かかるんだね!」
その瞬間の二人の凍りついた表情を、今も昨日のことのように覚えている。
つまるところ、両親は優を捨てて逃げたのだ。
まあそんな理由で、優は親をほとんど知らないのだった。
伯父と伯母はそのまましばらく優の家で過ごした。
数日経っても優の両親が帰ってこないことを確かめると、すぐに優を自分たちの子どもにすると決めた。
そうして優は伯父夫婦の娘になった。
伯父夫婦は特別養子縁組の手続きをしたその日の夜に、優の家に引っ越してきた。
しばらくの間は楽しく暮らしていた。
二人は優が多重人格者だと知らなかった。
優は伯父や伯母と一緒にようやく外に出かけられるようになり、生まれて初めて人間らしい生活をはじめたのだった。




