つくしひき
あたたかい春の雨が何日も降り続いた後、小さな虫たちが目を覚ましてあちらこちらから出てきました。
クロッカスの紫色の蕾ももうすぐ花を開きそうです。
「こんなに陽気がよくなってきたら、そろそろあの子達も出てきてるんじゃないかしら?」
そうですね、ゆかこさん。
川土手の暖められた土の中から春のホウシが顔を覗かせる頃ですね。
ツクツクホウシ ツクホウシ 春を知らせに来ておくれ
ゆかこさんは歌いながら川土手の草の中を歩き始めました。
町の人も何人か腰をかがめながらホウシひきをしています。
一人のおばあさんは持っていたビニール袋にいっぱいのホウシをひいていました。
「まぁ、負けられないわね。」
ゆかこさん、あそこの草陰に可愛い緑色の頭が見えていますよ。
「え? どこどこ? ・・・あった!」
ゆかこさんは丈の長い立派なつくしを採りました。
つくしの茎を片手で折りながら、腰をかがめたまま周りをぐるりと見廻します。
目をくまなく地面に走らせると、今まで見えていなかったつくしの姿があちこちに現れます。
「うふふ、こんなところに隠れてたのね。」
ゆかこさんは夢中で次々とつくしを採っていきました。
陽に照らされてじんわりと温もってきた背中を、川からの風が撫でていきます。
「だいぶ採れたわね。このくらいあると夕飯のおかずになるかしら。」
甘辛く炒め煮をして、卵でとじて食べましょう。
今夜はお酒がすすみそうですね。
ゆかこさんは神社に帰ると、新聞紙の上に採ってきたつくしを出しました。
そしてくるくるとつくしを回しながら黒いハカマを取っていきます。
「土の匂いがするわ。」
硬いハカマが取れたらしっかりと洗って汚れを落として、
新鮮な土と草の匂いも一緒に煮込みましょう。
あっという間にふうわりと白い湯気があがって、つくしの炒め煮が出来上がりました。
少しだけ苦みのある春の味です。
ゆかこさんはつくしの煮物に箸をすすめながらビールをぐびりと飲みました。
「ああ、美味しい! 今年も無事に春を迎えられたわね。」
本当に。
自然の恵みはありがたいものですね。
窓の外では三匹の子猫たちが、そんなゆかこさんの様子を伺っていました。
ひげをピクピクさせて笑い合うと、一緒にお星さまに報告に行きました。
キョウモ ゆかこサンハ タノシソウ ダッタ ニャン
夜空の星たちは、キラキラとさざめきながら報告を聞いて喜んでいましたよ。
今日はつくしの煮物で決まりですね。




