七五三
今日は雲が払われて、抜けるような青空です。
ビュービューと吹いていた風が止んだ朝、ゆかこさんは綿入れの半纏を着て神社の境内に出てきました。
「おお寒い。それに何だか空気の匂いが変わったわね。」
ゆかこさんは、冷たく冴えた空気を胸いっぱいに吸い込みました。
そうですね、ゆかこさん。もう立冬になりました。
「あらあら、あっという間に一年が過ぎてゆくみたいね。」
庭の満開の山茶花が、ゆかこさんの言葉に頷いた途端に花びらをポロポロとこぼしました。
神社の庭には赤と白の山茶花が植えてあります。
今はフリルのような花びらの白い花が雪のように咲いています。
赤い花芽は、ひと足遅れてやっとほころんだところです。
紅白でおめでたいですね、ゆかこさん。
「そうね。そろそろ七五三参りの子ども達がやって来る時期だわね。」
今年は何人の氏子が生まれるのかしら。
ゆかこさんは毎年この時期を楽しみにしているのです。
子どもの数が減ったと言われていますが、まだこの町にはたくさんの子ども達の声が響き渡っているのでした。
リンリンリンと可愛らしい鈴の音が聞こえてきます。
お母さんとお父さんに両方から手を引かれた三歳の女の子が、赤い着物を着て階段を登ってきました。髪飾りに小さな鈴が二つ付いているようです。
「よいしょ、よいしょ。」
慣れない着物姿で懸命に階段を登る様子を、後ろからついて来ているおばあちゃんたちが、ニコニコと笑って応援しています。
どうやらこの子のお兄ちゃんも五歳のお祝いのようで、蝶ネクタイのカッコいいスーツを着て、妹の分の千歳あめを持ってやっています。
「今年はこの家族が一番乗りね。お兄ちゃんの顔には見覚えがあるわ。」
あの時お父さんに抱っこされてきた小さな赤ちゃんがこんなに大きくなったんですね。
お兄ちゃんが三歳の七五三に袴姿で参って来た時には、この女の子はまだよちよち歩きの赤ちゃんだったのです。
それが今日は山の階段を一人で登って来たのでした。
「一年どころか、二年もあっという間のようね。」
ゆかこさんは、優しい顔で子ども達を見ています。
山茶花の白い花びらと赤い蕾を手にとって、二人の上に浮かべました。
それはフッと透明になると二人の身体の中にするりと入って行きました。
「これで安心ね。」
そうですね、ゆかこさん。病気や災厄からこの子たちを守ってくれることでしょう。
この家族は神社に参ると賑やかに写真を撮って帰って行きました。
田んぼに野焼きの煙が上がっています。
風に乗って、懐かしい焚火の匂いが漂ってきました。
「クンクン、このほんのり焦げた空気も冬の始めの匂いだわね。」
焼き芋をしているかもしれませんね、ゆかこさん。
「小腹がすいたから分けてもらいましょう!」
ゆかこさんはビュンッと飛び上がると、田んぼに舞い降りていきました。
ホッカホカの焼き芋をぱっくりと二つに割って、アチチッと頬張るゆかこさんは子どものような顔をしています。
軍手をはめて野焼きをしていたおじいさんもそんなゆかこさんを見て、豪快に笑っていました。
「そんなに急いで食べんでも、誰も惜しまんよ。」
冬の太陽が、羨ましそうにゆかこさんを照らしていましたよ。
美味しそう!
朝晩が冷えてきましたね、お風邪を召しませんように。




