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児島成得の後悔  作者: さき太
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序章

 「成得(なるとく)。それでいい。」

 そう言って養父は微笑んだ。お前は自慢の息子だ。そう呟いて、崩れるようにその場に横たわったその人の傍らに膝をつき、成得はただ呆然としていた。コーリャン狩りから逃げ延びてこの国にたどり着き、彼の養子になって、彼からはありとあらゆることを教わった。これがきっと最後の教えなのだということは解っている。解ってはいるが、どうしてこんなことをしなくてはいけないのか理解したくなかった。

 「お前の目指そうとしている道は容易じゃない。綺麗事だけじゃどうにもできない。強く生きろよ、成得。もし途中で背負いきれずに耐えきれなくなったら、その時は自分を殺してくれる誰かを見つけることだ。」

 ふと昔養父に言われたその言葉が頭をよぎり、堰を切ったように彼との思い出が溢れてきて、耐えきれず成得は叫んでいた。


 叫んで、成得は目が覚めた。

 自分が自室の布団の中にいることを確認して頭を抑える。夢を見るほど深く眠っていたのかと思ったが、全然寝た気はしなかった。夢なんて見るのはいったいいつぶりだろう。疑心暗鬼と警戒心から深く眠れなくなって久しく、夢を見るほど意識を手放して眠ったことなどもう何千年もなかったのに。

 ついこの間まで戦争が絶えなかったなんて嘘のように今は平和になった。今でもたまに他国との諍いは起こるが、ついこの間まで常に情報網を張り巡らせて警戒し、対処し、それでも他国との衝突が耐えなかったことに比べれば、今は平穏な時間が流れている。これはずっと自分が望んでいたことのはずだった。こんな平和な世界をずっと自分は望んでいたはずだ。でも、平和になったせいで逃げ場がなくなったと思う。ずっと理不尽に怒って、躍起になって、処理しきれない問題に追われ続けることで自分は立ち続けていたのだと思う。今の平和を目の前にして、そんな自分の足元崩れ落ちたような感覚に襲われ、成得は自分が立ち続けられていたのはただ忙しさが見たくないものから目を逸らさせてくれていただけだったのだと感じた。だからあんな夢を見るんだ。だから今さらあんな夢。そんなことを考えて成得は胸が締め付けられて苦しくなった。嗚咽が漏れそうになるのに、涙は全く出てこなかった。どうしようもない行き場のない感情が自分の中に渦を巻いて、息が詰まって、押しつぶされそうで、頭が酷く痛む。苦しくて苦しくてしかたがないのに涙は一滴も出てこなくて、叫びそうになる衝動は声にならず空笑いに変わった。

 「俺はもうダメかもしれないな。」

 そう呟いて、でも死んだところで今の俺はこれからは逃れられない、そう考えて成得は声を立てて笑った。

 地上の神と人間の間に生まれた六人兄弟。成得もまた、かつてはその一人だった。ターチェの始祖となった彼らの魂は神のそれにより近く、死してなお自分が生きた記憶を失うことはなかった。だから成得も今の身体に生まれてくる以前の記憶を持っていた。それでもついこの間までは長兄に記憶を縛られていたせいで、これ以前の身体で生きてきた記憶を思い出すことはなかったが、今は違う。もう以前のように死んで生まれ変われば今までの記憶が失われて新たな人生を送れるわけじゃない。死んで生まれ変わったところでこの苦痛からは逃れられない。

 成得は布団を強く抱え込み、そこに頭を埋めた。暫くそうしていると、優しく沙依(さより)に抱きしめられた時の事が思い出されて成得はなんともいえない気持ちになった。彼女の胸に頭を埋めて彼女の心音を聞きながら、彼女に優しく頭を撫でられた。どうして急に彼女がそんなことをしてきたのか解らない。でも、その心地よさに身を任せそうになってしまった自分がいたこと成得は思い出して苦しくなった。

 「ナル、大好き。」

 そう言った沙依の声が成得の耳に鮮明に蘇った。そう言った彼女に唇を奪われた。その感触を思い出して、成得は自分の唇に触れ、心がざわついた。お願いだから俺の中に入ってこないでくれ。これ以上俺に近づかないでくれ。そう思って胸が詰まる思いがした。


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