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Nunc Obdurat~異世界の使徒~

翌朝、布団から出られない異世界人2名がいた。もちろん寒いわけじゃない。人の言葉では到底表せないほどの疲れと筋肉痛だ。丁度目が覚めた時にお師匠様が部屋に入ってきた。なんでもお見通しのようだ。


師と我々2人が話していると部屋の入口から少年が小さく顔を出してこちらを見ていた。春さんが声をかけると一目散に逃げていった。「お姉さんショック…」と落ち込む姿はなんだか微笑ましかった。

師に持ってきていただいた食事を平らげ、ゆっくりストレッチを始めた。案の定馬鹿みたいに痛い。痛がるのも阿呆らしく感じ始めた。立ち上がれるくらいまで体の調子が戻った時、少女の声が聞こえた。「皆の衆、帰ってきたぞ!」我らが主と宰相閣下のご帰還のようだ。

女王様とヒトラー、そして他3人の付き添いと、もう2人新顔が並んでいた。そのうちの1人が挨拶をした。「我らルートゥーズ族の古き盟友ロカ族の友たち、そして第三世界より参られた使徒の皆様方。お初にお目にかかります。某の名はアンドレ・ド・リシャール、ルートゥーズの外務大臣を担う身であります。今後ともどうぞよろしくお願い致します。」察するに我々は第三世界からやって来たのだろう。にしても使徒とはなんだ。知らない間に何者かに送り込まれたのだろうか。

そしてもう1人の新顔が挨拶を始めた。

「私はカミーユ、ただのカミーユです。この身は神に仕える身でございます。先日流行病に倒れまして目が覚めると目の前に森がある所に寝転んでいました。そこにこの方達に拾われてここまで来ました。これが主より賜った新たな試練というのならば私は甘んじて受け入れましょう。皆様のお力になれるよう誠心誠意励みます。よろしくお願い致します。」なんて幸の薄そうなシスターだろうか。見ているがこっちが今にも泣き出したくなりそうな哀愁を醸し出している。どうもこういう女性は苦手だ。

それにしても2人ともフランス系の名前とは。今は平気な顔しているが一体ヒトラーは最初どんな顔していたのだろうかと内心苦笑いをしていた。


2人の挨拶が終わり、ヒトラーは真っ先に私に訪ねた。「おい、ササキ君にクサカベ君。あのとっぽいマヌケ顔の男は誰だ?」私と春さんは慌ててこの無神経な天才の口を塞ごうとしたら後から笑い声が聞こえた。「ハハハ、おいらはそんなにマヌケ顔かい?これでもトゥアハ・デ・ダナーンの王をやっていたし、サウィルダーナハとか長腕とかドルドナとも呼ばれてたんだけどねー。おいら泣いちゃうぞ…」ヒトラーは目を点にして口をパクパクしていた。えぇそうですよ、ハイル。彼こそケルトの光、太陽神ルーです。その後に我々2人が彼から師事を受けている事を話した時には立ったまま気絶していた。

ルーには改めてヒトラーを紹介した。ドイツ出身と言ってもドイツがどこだか分からないと言われた時には少々驚いたが、かつてゲルマニアと呼ばれていたところと言えばすぐに理解してくれた。思い切り時代が違うとジェネレーションギャップというものから無縁になるのかと思いきやそんなこともなかった。シスターカミーユはやはりフランス出身だったため、ガリア出身と伝えるとルーは彼女にいつもと違う名で自己紹介を始めた。「おいらはメルクリウス。君の信仰しているものとは違うけど一応神様だよろしくね。」ガリアの主神メルクリウスはルーと同一視されることがあったがまさか事実だったとは驚かされた。しかし、彼女はなんだか不機嫌そうだ。「自らを神と名乗るなど傲慢も甚だしい!その性根、今ここで叩き直して差し上げます!」と怒り始めた。お師匠様も随分と面倒な子に目をつけられたものだ。それを見るヒトラーはいかにも「これだからフランス人は…」と言いたげな顔だ。


お互いの自己紹介、再開の挨拶も終え、いよいよルートゥーズの外務大臣から話を聞くことにした。

「えーと、まずどれから聞きますか?この国の実情、皆さんが何処から来たかというところか。いずれも嘘偽りなく答えましょう。」そう言う彼に対し、ヒトラーは「この国から聞こう。そっちのほうが差し迫った問題でもある。」

「まず、現皇帝であるシドゥリス帝が即位したのが今から5年前のことでした。彼は幼少期の頃から王としての素養は極めて優れていたと言える人物でした。それ故に周辺諸国、もちろん我々も含めてですが、どの国の王や首脳も安心していました。しかし、即位3年前から皇族、特に男系の者達がバタバタと亡くなっていきました。最初に亡くなられたのはシドゥリスの弟、次が従兄弟、その後もう4人亡くなられ、最後には父である先帝アルミヌスも逝かれました。この時点でシドゥリスが疑われるのは当然ではありますが、アリバイも存在し、更に親族が亡くなっていくと共に彼もかなりやつれた姿になっていたことから彼の死機もそう遠い話ではないと言われたほどでした。

我々は長の勅で独自の捜査網を駆使しこの事件の真相に迫ろうと調査を続けました。ある日、我々の出した潜入捜査官が大慌てで大使館に報告へ来ました。皇帝の寝所に皇后とは違う女がいたということでした。髪は白銀に輝き、肌は透き通る程に白く、豊かな胸に細く引き締まった四肢はまさに絶世の美女と言えるものだった。黒いドレスがさらにその妖艶さを際立たせていたと言っていました。その女がシドゥリスに口付けをすると彼はそのまま眠ってしまいました。そんな訳の分からない報告を真夜中に受け呆れていましたが、我らの長はその報告を聞き、すぐに始めたことがブラナの属国になる手筈でした。その時はかなりの批判がありました。当然のことです。ですが、報告を受けた翌朝からブラナ帝国が侵略を始めたのです。長の準備のおかげで諸国の中で我々ルートゥーズだけははほとんど無傷で済みました。もう言わなくても宜しいかと思いますが、我々が真犯人と疑っている者はその黒いドレスの女です。」

ヒトラーは答えた。「そいつで間違いない。私の前にもそいつが現れた。偉そうにふんぞり返ってる皇帝を倒しに行こうと思っていたが予定変更だ。あの女は、あいつだけはこの私が殺さなければならん。この私を使い、ドイツ国民を、そして我々の世界に不必要な傷をつけた奴を許す訳にはいかない!奴は私にアルテミスと名乗った。あの女は私の中にもう1人の人格を植え付けた。そいつが私の体を乗っ取り初めにやったのがソ連侵攻とアメリカへの宣戦布告だ。確かに私はフランス人は嫌いだし、ドイツの繁栄のためには戦争は避けられないとも思った。だが、あんなバカげた行動には断じて出ない。この屈辱を雪ぐ機会が訪れるとは夢にも思わなかった…」

二人の話から仮説を立てるならば、その自称アルテミスという美女は平行世界を自由に行き来出来るのだろう。現にこのヒトラーとシドゥリス帝がほぼ同じ状況にある。マケドニアのアレクサンドロス大王のように己の信念の赴くままに突き進み征服するならまだしも、今のシドゥリス帝の侵略、蹂躙は認める訳にはいかない。

春さんはアンドレに訪ねた。「それだけ情報網があるなら何故このロカ族の反乱を止めなかったのですか?いくらなんでも無理があることくらい分かりそうな気がするのですが…」アンドレは苦笑いでこう返した。「いや、あれは完全に青天の霹靂でしたよ。だってどう考えたって一小国で今の

、いやシドゥリス帝即位前の帝国でさえ勝てるわけないじゃないですか。だからもう反乱なんて完全にノーマークでしたよね…ただあれだけのためにあの"紅のマテオ"が率いる第三師団が来るとはロカ族武装蜂起以上に予想外でしたね…何となく感じてはいましたが先々代皇帝の頃からロカ族のことをあまり軽視しなくなってましてね。今回シドゥリス帝は割と本気で皆さんを滅ぼしに来てましたよきっと。」確かに太陽がいなければ我々は今頃土の下だったことだろう。


「では、今度は皆さん自身についての話をしましょう。初めに確認をさせていただきます。ここにいる皆さんはあの森の目の前の場所で目覚めたということで間違いないですね?」全員が肯定した。「あそこで目覚めた者達は皆第三世界からの使徒なのです。何故こちらに来るのかといったことは一切不明です。しかし、全員の共通点は良い死に方をしていないことです。他殺ほもちろん自殺も入ります。志半ばで病や老衰で亡くなられた人も運ばれています。その際肉体は健康そのもので復活するということです。

まあ第三世界と言う以上一、二もあります。現在平行世界は五つあるとされています。第一世界は今いるこの世界、第二世界の使徒はここよりはるか東に現れます。一番の有名人はウッコの国父として今は讃えられています。そして皆さんの第三世界から来た人物は創世記に一度遡ります。まだ神と人が積極的に交流している時代のことです。二つの神の派閥が戦争を始めました。トーヴォ神族とフォモール神族と呼ばれています。結果的に敗れたのはトーヴォ神族で、散り際に1人の男が目の前に現れたそうです。男は素肌に動物の毛皮を纏わせ顔と体に翡翠が巻かれていたとのことでした。トーヴォ神族は彼に最後の望みを託し滅びました。フォモール神族はそのまま人間を一人残らず滅ぼそうとしましたが、トーヴォ神族最後の希望がフォモール神族を神の加護を受けたとはいえただの1人で叩き潰しました。しかし、フォモールの王だけは死なずに今でも彼の封印に縛られているという話です。フォモール神族を倒し人間の英雄となった彼は海を渡り現在のプリドゥエンで王となりそのまま骨を埋めました。そして彼は現在"翡翠の王"として祀られています。」ここでルーが待ったをかけた。「フォモール神族の王の名は分かるかい?あとはなんか特徴とか。あと翡翠の王の名も聞きたいね。」

「フォモール神族の王の名前は不明です。ただ、一睨みするだけで見られた者の体は瞬く間に消滅するという伝承があります。翡翠の王の名はホネヘケと言うそうです。」

「翡翠の王は知らないやつだがフォモール神族の王は恐らくおいらのじっさまだ。名はバロール。まさかまたその名を聞くことになるとはな…できれば二度と勘弁して欲しいくらいおっかなかったからなー…」ルーにとって邪眼のバロールはまさに因縁の相手だ。帝釈天と阿修羅のような関係なのである。その表情はいつになく真剣だった。

一方私はホネヘケに多少心当たりがあった。彼はニュージーランドの先住民族マオリの酋長の1人でイギリスがニュージーランドに入植する頃の人物だ。あまり詳しくはないがマオリのために戦った者の1人と言ったところだ。翡翠が巻かれていたと言っているが恐らくそれはマオリ族の伝統になっている刺青のことだろう。それにしても異形の怪物とも言えるフォモール族をたった1人で滅ぼすとは恐れ入った。

「話を戻しましょう。次に第三世界からやって来たものはクサカベ様くらいのお年頃の女性だったそうです。今からおよそ300年ほど前のことです。その女性はイランという国で拉致されテロリスト集団に凌辱の限りを尽くされたということでした。聞いてるだけでも精神が参ってしまうくらい、かなりエグい内容だったので詳しいことは黙秘させていただきます。幸い彼女はこちらの世界に来て良き夫に恵まれ、幸せに往生したということでした。我々が皆さんを第三世界から来た者と断定したのは彼女の残した情報をもとにしているからです。なので、ほんの少々ばかりならば皆さんの世界の歴史を知っています。例えばそうですねえ、今更ではありますがアドルフさんの腕章。それナチスドイツの証ですよね?とまあこの程度ならば分かります。

そして、第四、第五世界はこの地域には未だ現れていないとのことです。第四世界は暗黒大陸の住人説があります。第五世界は海の上に現れるという話があります。

まとめると、存在が確証までたどり着いてるのは第三世界までで、第四、第五は曖昧です。もっと思い切りぶっちゃけますと、平行世界の存在は多少分かったけどその実態はいくらも分からないということです。

以上が我々が説明できるこの世界と皆さんについての情報です。」


かなり衝撃的だった。情報において右に出る者なしと謳われるルートゥーズの情報をも上回る謎の存在。それが異世界の使徒、つまり我々なのである。腐ってもやはり科学者なのか、私はこれについてどうしても知りたいと柄にもなく高揚している。


アンドレから改めて現状を伝えられた。ルートゥーズの情報能力を駆使し、虐げられし3割の民族を束ね蜂起する計画を少しずつだが組み立ってきているとのことだ。そのためにも森を出てレジスタンスに合流する必要があるということだ。誰もが移動に同意したため、3日後出発予定で準備を始めた。


帝国から元の民族としての尊厳を取り戻し、シドゥリス帝を助けるための戦いが本格的に始まる合図でもあった。


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