Aut Decrescis~激闘~
作戦決行。
イグナシオ隊は夜闇に紛れて北北東へ移動開始。我々は来た道を遡り敵を探した。合流は翌日夕暮れ。生きて帰りまた会おう。そう言って春さんとも別れた。
我が隊は夜が開ける少し前に敵を確認するつもりでいたが、歩き始めて早々に見つけた。それは彼らが我々の想像を超える速度で行軍していたことを意味すると同時に指揮官の頭の悪さを臭わせた。この宵闇の中で帝国軍は思い切り焚き火をつけて野営をしていたのだ。いくら優勢といえどいつ攻めてくるかも分からない敵地の森の中で焚き火をするとは無防備にも程がある。流石に脳筋の彼らにも思うところはあったらしい。私に「今攻めてしまおう」と提案した者が何人か出た。この質問を聞いて我に返った。失礼ではあるが、彼らで気づくレベルのミスをプロの軍人がする可能性は考えづらいと思った。恐らくこれは罠だろう。真意は分からぬが敵も考えながら戦っていることだけは間違いない。
では、この距離を維持して偵察を続けよう。現在確認できる状況では敵軍はおよそ3000人。連隊規模の編制だ。
夜が開け、日が完全に上がったことを確認すると北側から白煙が上がった。敵陣も何やらざわついている。即座に出てきたのはおよそ500の騎馬隊。狼煙の行先は徐々に南下している。残りの約2500の部隊も足跡に沿って動き始めた。
進むこと30分、最初の罠のポイントに着いた。1発目だったためテレビのドッキリよりも笑えるくらいに気持ち良く引っかかってくれた。かなり深く掘ったため嵌った者は漏れなく全治3ヶ月の骨折くらいにはなっているだろう。勝つ為とはいえ少し申し訳ないかな。
次のクレイモア。これに関しては大分血も出るから普段そう言った物を見慣れない私には少し驚かされた。原始的な火薬に寄せ集めの金属片程度でここまでの威力を出すとは、火薬の文明には畏敬の念を払わなければならないな。
地面にばかり罠を作っていたが、そんなことをすれば警戒されることくらいは計算の内。そろそろ上からの仕掛けと行こうではないか。木の上にいる仲間に私は合図を送った。そして彼はさらに自らの剣を使い縄を切った。すると隊列の真上から丸太がズドンっと。これは1人2人死んでいてもおかしくなさそうな様子だった。
いつどこに罠があるのか疑心暗鬼のまま進む敵軍に遠くから暫く並走していた我が隊だが、北東で動きがあった。合戦の声が上がっていた。しかし、ぶっちゃけてしまうとイグナシオ隊の勝ちは目に見えていた。
昨晩私はイグナシオに1つ、敵と遭遇した場合について伝えていた。敵が歩兵ならば、弓兵は木の上に登り、剣士達は木を背にして戦い、騎兵ならば剣士は槍に持ち替えるようにと。弓兵が上に登るのは、下で戦っていると味方の剣使いを誤射する可能性を防ぐことと、弓の最大の利点である射程距離をフルで活かすためだ。では、剣士達は何故騎兵と歩兵で応対が変わるのか。まず対歩兵の場合、背後に回られることを防ぐために木を背にすることで落ち着いて戦うことを可能にする。対騎兵は今のこのフィールドを味方につけるためだ。原則、騎兵vs歩兵は馬上からの攻撃範囲と速度により圧倒的に歩兵が不利になる。しかしこの鬱蒼とした森の中では馬の機動力は大分制限される。そこで木を使って上手く相手を撒き馬が減速した所を槍で貫く、若しくは射抜いてやればよし。
という訳で予定通りになってくれればあまり心配してはいない。
しかしここで予想外。我々が尾行していた2500人の部隊が全員イグナシオ隊の方面へ動き出した。いくらイグナシオたちが優勢に戦えているとしてもこの数相手に何とかなるわけがない。せいぜい50人の部隊で3000の相手など如何な猛者でも無茶だ。ただでさえ戦力が少ない我々がこれ以上犠牲を払うわけにはいかない。
気づいた時には皆から貰った急造の槍を持って駆けていた。何故私は走っている。ルートはもちろん、行き先もハッキリしていない。でも、走った。全速力だ。当然敵も気づく。それを追う。何人か付いてきたロカの戦士は私に聞く。「拓巳の旦那!どこに向かうんだ?援護するぞ!」頼もしい限りだ。ついさっきまで司令官ぶってあれしろこれしろと命令してた私が少しの予定外で頭真っ白。何という体たらくか。それでも走る。喉奥に込み上げる異物感を飲下し、肺の圧迫感を無視してただひたすらに走り続けた。後ろからの敵が追ってくる。止まったら最後、そこで死ぬ。死のうとしてはいたが、あんな蛮人に殺されるなど御免だ。
走りながら意識が飛んでた。どこから忘れているのだろうか。ただ、今目の前には騎兵隊を片付けたであろうイグナシオ隊と春さんがいた。こっちへ急げと手招きしている。そうだ、ここは合流地点にして最後のトラップポイントだ。そうだ、私はここに来ようとしたのだ。
最後に用意した盛大な罠は落とし穴だが特大の仕掛けになっている。ざっと600,700は入り自力では登れないような代物だ。本当によくもあんな短時間で作ったものだ。薄い板の上に土を盛り重量オーバーになれば落っこちる仕掛けになっている。私の隊が引き付けたのはおよそ1000人。残りの1500人は恐らく罠で負傷した者の解放でもしているのだろう。鎧をつけた兵士が先程までの罠を一切合切忘れたかのように意気揚々とこちらに迫ってくる。重さに耐えられなくなった板がストンと割れた。それで捉えたのはおよそ500。予定より少ないが構わない。木の上から全弓兵の死力を尽くした射撃で撃ち抜いていく。後はもう無我夢中だ。ひたすら持っている槍で敵を貫いた。自分殺しをした後にまさか他人までも殺すとは
思わなかった。1人を貫き、またもう1人を貫く。幾度か相手の斬撃を掠ったが、そんなものは意にも介さずにひたすら戦った。
そんなことを繰り返していると段々と敵の数が減り、中には逃げていく者も現れた。
そして我々は、 し ぬ き で い き の び た
目が覚めると小屋の中にいた。部屋にはイグナシオと春さんがいた。困惑した顔で彼を見つめると、彼は私に言った。「お前さんの作戦で勝ったぞ。アドルフのやつもそうだが、拓巳もなかなかの益荒男よ。本当にありがとうな。」柔らかく笑い私の肩を軽く叩いた。
そうか、勝ったのか。寒くもないのに鳥肌が立った。
春さんは何だか暗い顔をしていた。勝ったのだからもっと喜んだらどうかと声をかけると彼女は、「人殺しなんて初めてだった。ねえ拓巳さん、なんでこんなことしないと人って生きていけないの?これって言ってみれば革命なんでしょ?公民の授業でちょっとやったけど血を流さずにすんだ革命だってあるんでしょ?名誉革命って言ったっけ?どうしてわざわざ戦わなきゃいけないの?」魂の叫びだった。出来れば彼女は戦場に出したくないとはみんなで言っていたのだがな。しかし、生憎と私は理由がしっかりしていれば人殺しはOKという考え方のためその質問には困った。ただ一つ言える事はある。人間はどこまでも行っても人間なんだ。決して神にはなれない。名誉革命なんて言うが、そこに至るまで数多くの下々の人が王侯貴族に虐げられてきた。私はこれを無血と呼ぶ訳にはいかないと思う。そして革命の場合、奪われた自由を取り返すために戦うのだ。欲するものが大きければ自ずと対価も大きくなる。だから私は彼女に言った。「いくら目を逸らしても自分が人殺しをした事実は変えられない。ならばその罪を受け入れてしまえばいいのではないか。忘れることとは断じて違う。自分が殺してしまった人の分も必死に何かをやるほうが亡くなった人たちも報われると思う。」少しは目に色が戻ってくれたようで安心した。
二人でロビーに移動しようと布団から出て立ち上がった。ガコッという音を2つ鳴らし天井に頭をぶつけた。少しテンションが下がったが大分リラックス出来た。
ロビーに戻り、ロカ族の皆に改めてこの国、世界についての詳細について伺おうとしたら伝令がやってきて叫んだ。「西側から敵だ!現在視認できるだけでも4000人、まだ更に出てくる可能性が高いと報告が入った!」皆私に視線を送ってきた。だが生憎とさっきまでの戦いで持てる力を総動員した。道具も出し惜しみせず全部使った。春さんは真っ先に撤退を進言した。そう言った矢先にさらに悪い知らせが飛んできた。「東側からも帝国軍を視認。完全に包囲されました!どうか指示をお願いします!」
降伏すべきか、戦うべきか。まるでハムレットの名台詞「To be or not to be.(生きるべきか死ぬべきか)」のようだな。本音を言うと私はさっきの作戦で勝利したと分かって大分燃え尽きている。自害もありかと思った。
場が暗くなっているその時、木が折れていく音と、人の叫び声が西側の陣から聞こえた。外へ出ると一直線に南から北へ更地となっている。正面には紅色の鎧を着て南に向かい剣を構えている男が立っていた。その男の目の先には豆粒よりも小さく見えるが人がいた。ゆっくりとこちらに近づいてくる。すっかり無視していたが、下で落とし穴に嵌った捕虜たちがつい先程待て煩くしていたがこの光景を見てはすっかり静まりかえっている。
南側から来た人が男と分かるくらいには近づいた。すると彼は言った「おいらのブリューナクを防ぐ人間なんて仮にいたとしてもせいぜいウチのバカ息子、セタンタ位だと思っていたがなぁ。世界は広いもんだのお。」
セタンタは幼名。伝承にある名はクー・フーリン。意味はクランの猛犬。恐らくケルト神話で最大の英雄だろう。アルスターの最強騎士で、主装備は魔槍ゲイ・ボルグ。彼について話すと長くなってしまうためこの辺で終わらせてもらうが、簡単且つわかりやすく言うなら「ケルト版ヘラクレス」だ。
そして、男はそれの父であると言った。クー・フーリンの父は光と太陽の神ルー。長腕のルーとも呼ばれている。彼はダーナ親族と呼ばれる一族だが、その王はヌアザという別の神様だ。彼はその後継者で、ヌアザの死後は彼が神の王として君臨していた。そんなとんでもない奴が今目の前に現れた。
紅色の騎士は微動打にしない。ここからでも分かる。ルー(?)の出す異質さはこれだけ離れていても十二分に伝わってくる。
紅い騎士は淡々彼に言った。「そこの無粋な者よ、今すぐここを立ち去れ。我らは皇帝陛下の親衛隊最強を誇るロトゥラ兵団が第三師団。我こそその師団長、カバジェロ・マテオだ!これ以上邪魔をするというのなら、皇帝陛下より賜った我が至宝の剣の錆となるだろう!」そう吠える彼もまた強いのはすぐに分かった。
相対するルーは不敵に笑っていた。「つくづく息子を思い出させるなあ。だが、お前では役不足も甚だしい。おいらを殺すどころか相手にすることもままならんよ。」そう言って何かを投げつけた。小さすぎるせいか何を投げているのかは全く分からない。瞬きして目を開けた時には紅い騎士の剣が折れていた。
誰も、何も言えなかった。まるで時が止まったかのようだった。