Oh Fortuna〜あぁ、我が恨めしき運命よ〜
私は死んだ。そう、死んだはずなのだ。それが何故だ。目の前には腹か煮えるような青空が広がっているではないか。
しかし、取り乱したところでどうしようも無い。冷静に今何があるか考えようと思い、起き上がろうと手をついたら何か柔らかく温いものを感じた。なんと女性が寝ているぞ、私の真横で。死んだように。温かいから生きているのだろうとは思うが念のため脈を確認した。ややゆっくりだが強い脈拍だ。恐らくスポーツ心臓というやつだろう。
そのまま立ち去るわけにもいかぬと思い、彼女が目を覚ますまで待つことにした。その間に今の所持品、周りの状況を確認した。
まず、天候は先も言った通り綺麗な青空の快晴だ。時間は恐らく昼前と言ったところだろう。そして、目の前には大森林の入口、後ろにはモンゴルを連想させる草原。真っ二つに分かれてるが、後ろに関しては本当に何も無い。私の服はスーツ、持っている鞄とその中身も完全に仕事で使っていた物。つまり、死んだ時と同じものを持っている。彼女は普段着に携帯電話と持ち物はかなり少ない。ちょっぴり罪悪感はあるが携帯電話の中について改めさせてもらった。最後に使ったアプリは恐らくEメール。送った先は母親。遺言のような内容を送信している。送信時刻は一昨日19日の夕方。因みに私が線路に身を投げたのは2016年11月10日のことだ。死後ここに直行したと考えるなら私は10日近く間抜けな寝顔を晒していたことになる。メールには返信が無い。恐らく電波が届いてないことによるものだろう。私の携帯も圏外になっていることからも外部への通信は恐らく不可能だ。もう少し調べようと思ったが、彼女は起き上がったため止しておこう。
彼女は当惑していた。きっと私も目覚めた直後はこんな風になっていたのだろう。
「なんで私生きてるの!?」
遺言を親に送っているあたりから察するに、ここは自殺したやつが運ばれてくる場所なのだろうか。とりあえず自己紹介をしよう。私は彼女に話をした。名前、職業、そしてここに来る直前まで何をしていたか。因みに私の職業は製薬会社の研究員だ。
彼女も一呼吸入れてから自身について話し始めた。「私の名前は草壁春です。歳は25です。売れないダンサーでした。こういう仕事は実力と運に左右されるから売れないと生活もあまり良いものではなかった。それでもダンスへの夢は諦め切れなくて頑張ったけどやっぱりダメでした。せめてダンスが嫌いにならないうちに死にたいと思って…」
何ということだろう。私には考えられないものだ。今の今まで、ただの1度もこだわりや熱望といった類のものを持ったことがない私には遠い世界の話に聞こえる。強いて言うなら私にとってのあの物語が彼女のダンスに当たるのであろうか。皆目見当がつかぬ。
分からないことを考えても仕方が無い。とりあえずその場から動くことにした。後ろに広がる大草原はいくら歩いても恐らく何も無いだろうと考え、森林地帯へ向かうことにした。かなり鬱蒼としているため、一歩前出すだけでそこそこに体力が削られていく。南米のようなジャングルと言うよりはアメリカやカナダの田舎の森を連想させる植生だ。恐らく普段から人がここに入ることは無いのだろう。そもそも我々以外に人類が存在しているのかすら怪しいがいると信じて前に進もう。そう思って足を運ぶこと6時間、いい加減倒れ込もうか考え出したとき木でできた粗雑な建物を見つけた。それこそ3匹のコブタの物語に出る狼がいたら5秒と待たずに吹き飛ばされてしまいそうなくらいのレベルだ。だか、2人で歓喜した。ここには我々以外にも人がいるということが分かったから。
それが私にとっては初めての安堵という感情だった。
中を覗くと中年と見受けられる男性がいた。髪はバッチリワックス整えられ、髭は映画の「独裁者」思い出させる。あのチャールズ・チャップリンなのだろうか。服は軍服で、腕にはハーケンクロイツの腕章が巻かれている。
訂正しよう。いくら名俳優と言われるチャップリンとて、生まれ持った目付きまで弄ることは無理がある。この男、まさしくあの独裁者張本人、「アドルフ・ヒトラー」其の人なのだろう。あまりに有名過ぎた彼の風貌は、我々の安堵していた心を凍りつかせるのに充分すぎた。