シーン2
教室のドアをくぐると、クラス中の視線がこちらに向いた。
先ほどまで楽しく喋っていたのであろうクラスメイト達は、その瞬間だけ時が止まったかのように押し黙り、ただ僕のことを睨みつける。
わざとらしくため息を吐く。甚だ不本意なこの状況。その原因である彼女の机を僕は見た。
花瓶が乗っている。いじめではない。
本当に、死んだのだ。
西城美紀。今でも顔と名前が一致しない彼女。僕の所為で死んだことになっている女子生徒だ。
その彼女の机に乗った花瓶を手に取り、僕は教室を出た。
流し台で軽く花瓶を洗って、萎れかけていた花の代わりに家から持ってきた別の花を挿す。
なぜ僕はこんなことをしているのだろう。
クラスメイト達がそれがいいと言ったからだ。
彼女は死ぬ直前。今から僕に告白すると言っていたらしい。
たしかにされた。ずっと好きだったって言われた気がする。
断ろうと返事をする前に、彼女は照れたのか走り去ってしまったので何も言うことはできなかった。
そしてそのすぐ後に車に轢かれたらしい。
それなりにインパクトのある出来事だったのに、僕は死んでしまった彼女の顔も声も覚えていない。死んでしまうまで彼女の名前すら知らなかった。
自分でも薄情だとは思う。しかし、これが僕なんだ。仕方がない。
せめてもの罪滅ぼしというわけでもないが、僕はこの花瓶の世話を引き受けた。
しかし日に日にクラスメイト達の視線は冷えていくような気がする。
もうやめてしまうか。教室に戻って、西城美紀の机に花瓶を置きながら考える。
ちらりと、クラスメイトの一人と目が合った。
やっぱり睨まれている。
隣の席のやつだ。名前は知らない。
なあ。と、彼女の机に向けて、僕は心の中で語り掛けてみた。
僕の何がよかったんだ? 仮にも告白されたって言うのに、お前の顔も覚えていないような奴だぞ。死んでからようやく名前だけ覚えたけど、それだけだ。最低なやつだ。
答えがあるはずもない問いかけ。
ふと気づくと、クラスメイト全員の非難の視線。
僕は逃げるように教室を出ていった。