シーン6
屋上のため池に釣り糸を垂らす。
そうして浮きをじいっと見つめているだけで何も考えずにいられたのが、今では西城のことで頭がいっぱいになってしまって、集中なんてできそうもない。
それでも授業をサボらなくなって、暇つぶしをする必要がなくなっても、こうして放課後に屋上に来て釣れるはずのない釣りをしてしまうのは、その時間が嫌いではないからだ。
好きな人との思い出の場所。なんて言えるほど多くの時間をここで過ごしたわけではないけど、それでも彼女との思い出はここにしかなくて、彼女のことを考えると自然にここへと足が向かう。
そして、身近の出来事を彼女へ報告するのが、最近の僕の日課だ。
本当だったら、仏壇とかに話しかけるのが正解だとはわかっているのだが、どうにも僕は彼女がまだここに居るんじゃないかって希望を捨てきれずにいるようだ。
今もまた、ふと振り返れば、西城がいるんじゃないかって期待している。「ねえねえ」と、彼女がいつも僕に話しかけるときに言っていた呼びかけが聞こえるんじゃないかって。
ふと、釣り糸に何か引っかかったような気がした。
そう言えば、彼女が消える直前にも、何か引っかかっていたような気がする。
なんとなく、釣り上げなきゃいけない気がして、僕は慎重に竿を上げた。
「なんだこれ……」
手の平に収まるくらいに小さな瓶だった。蓋替わりのコルクに針が引っかかっている。
たしかにため池の水はきれいじゃない。というか濁っていて底が見えないくらいには汚い。何か沈んでいても掻き出してみないとわからないだろうけど、こんなものが捨ててあるなんて。
汚いから、触りたくないが針を外さないといけない。
しかし手に持った時に、中に何かが入っていることに気づいた。
好奇心に駆られて、コルクを外して中身を出す。
それは手紙だった。
差出人は、西城美紀。
「あいつ。変なことしてたんだな」
あて先は僕になっていたけど、こんなそこの見えないため池に沈められていたんじゃ、相当運がよくなきゃ僕も気づかないぞ。
そう考えると、今釣れたのは奇跡のようなものだったのだろう。
それだけに嬉しさが勝る。
西城の痕跡。その一つを見つけられた。
さっそく、僕はその手紙を読んでみることにした。
「釣りをしているときの背中が素敵です。
好きです。付き合ってください」
意味わからん。
前に西城に向かって、僕の何がよかったんだと思っていた時のことを思い出す。
「え? 本当にそんなことなのか?」
困惑しながら僕は手紙の隅から隅まで見る。何か小さく本当の理由が書かれていたりとかしないかと期待したけど、そんなことはなく空白は空白で真っ白なまま。
「西城……」
思わずつぶやく。
「もうちょっと性格とかそう言うこと書くもんじゃないのか?」
なんだかあほらしくなって、僕は立ち上がった。
そう言えば、カラオケに誘われたんだった。屋上へ来たかったから次に埋め合わせすると言って断ってしまったが、今からでも入れてくれるだろうか。
そんな心配をしながら釣りの道具をしまって、校内へと続く扉を開ける。
「ねえねえ」
校舎へと一歩踏み出した時、誰もいないはずの屋上から僕を呼ぶ声がした。
一気に書き上げちゃいました。