シーン4
ゲーム作りに浮気していました。
すると、残っていたはずの小説のデータがなくなっていました。
ちょっとだけ書かれていた設定とか見つかりません。
口調も、書き方もちゃんと覚えていませんでした。
ラストだけなんとか覚えていました。
なんとか書けました。
でも、すごい長くなっちゃいました。
分けてもよかった気がする。
学校へ向かうことを楽しみにしている自分に気づいて、僕は驚く。
十年以上学校と言うものに通い続けて、そんなことを考えたのは初めてだった。
理由はすぐに思い至る。
「あいつか」
頭に浮かべただけで、幸せな気持ちになる。
恋。
そんな言葉が適当なのだろうこの状態を、僕は嫌えそうになかった。
いつもと同じ作業。西城美紀への花瓶の水を取り替える。
いつもと同じ、いつもの目。
しかし何故か、いつも以上にそれがどうでもよかった。
恋をしているからなのだろうか。
そんなことも嬉しく思うあたり、相当重症なんだろうと自分でも思う。
教室の中に漂う重苦しい空気を吐き出すように、大きくため息をつきながら、自分の机に向かうことはせずにそのまま教室を出た。
向かう先は、もちろん屋上。
自然と弾んでくる気持ちを内側で必死になって抑えながら歩く。
でもやはり、そんな日々を僕は嫌えそうになかった。
「なんだ、いないのか……」
ひとりごとが漏れる。
露骨にがっかりした声。それが自分の口から漏れたことにちょっとした違和感を感じる。
彼女が来るまで、何をしていようか……。
そう考えていると、自然と釣り道具を隠してある掃除ロッカーが目につく。
こんな何もない場所でやることと言ったら、それしかない。
糸を垂らして、じぃっと水面を見つめていると、久しぶりに元の僕になったような気がした。
何も考えないで水面をじっと見つめる。
何か引っかかるはずもないけど、ただそうしているだけで僕は僕でいられる。
徐々に思考が真っ黒に染まっていく中、ふと糸が引かれたような気がした。
「ねえねえ」
気がつけばいつもの一声。
彼女にとって、それはあいさつ代わりなのかもしれない。
振りむこうとして、濁った水面に映る自分の顔を見てやめた。
「どうして笑っているの?」
しかしばれた。
「笑ってない」
ささやかな抵抗。
「水面に映ってるからバレバレだよ」
ムッとして、そっちがみてるならこっちも見てやろうかと水面をのぞき込む。
しかし、彼女の姿はどこにも見えない。
「こっちだよ」
耳元でささやかれて驚いて振り向いた。
何故かちょっと焦ったような顔で僕のすぐ後ろに彼女はいた。
至近距離で目が合う。
かっと顔が熱くなった気がした。
それがばれたくなくて、逃げようと腰を浮かす。
「あ……」
声が漏れた。
「ああっ!」
彼女も驚いた顔。
逃げようとした先は、先ほどまで僕が釣り糸を垂らしていたため池だった。
倒れて頭まで水につかって、慌てて立ち上がろうとしたが、何故か地面がなかった。
そっちが地面じゃないのかと、今度は別の方向に立とうとするけど、そっちも違う。
慌てたせいで、息を止めるのも忘れて肺に水が入ってきてむせても、水の中でむせることなんてできなくてさらに水を吸い込む。
人は膝くらいの高さで溺れることができる。なんて、どこかの本で読んだことがあるけど、本当だったんだな。
なんて、思い出していると手が何かに触れた。
「大丈夫っ?」
また彼女と至近距離で目が合った。
さっきまでは水に溺れて、今度は恋に溺れるのか。なんて、変な言葉が思い浮かんできたけど、それでようやく僕は落ち着いた。
「だ、大丈夫」
口から水を吐き出しながら言うと、彼女は安心したようにため池の中でへたり込む。
「濡れるぞ?」
「もうとっくに濡れてるんだけど……」
恨みがましそうに見上げてくるものだから、何も言い返せない僕は目をそらす。
「また、人肌で暖めあおうか?」
「俺、まだ風邪気味なんだけど」
この間のときは濡れた体を乾かしてなかったので、結局寒かったし、風邪もひいた。
それ以前に前回はともかく、今は彼女のことを意識しすぎてめちゃくちゃ恥ずかしいから無理だ。
「え? 風邪ひいてたの?」
「お前はひかなかったのか?」
「うん。あ、でも今回はひくかも……結構寒い」
見ると、彼女は少しだけ震えていた。
「とりあえず、出ようか?」
保健室かどこかに行けばなにかしら着替えがあるはずだし、なにより屋上のような風が吹き込む場所にいては体温を奪われるだけだろう。
「起こして」
「自分で起きろ」
「腰抜けちゃって立てないの!」
「はあ?」
腰を抜かすって、ドラマやマンガの世界での出来事だと思っていた。
「坂井くんが死ぬかもって思ってたから、大したことないってわかったらほっとしちゃって……」
僕の手を握りながら彼女が言う。
「ごめん、まだ立てないからもうちょっと支えてもらってていい?」
「ああ」
「ごめんね」
「いや、全然」
「聞いてる?」
僕は、一人が好きなわけじゃない。
そんなことを今さらになって気づいた。
いや、彼女に気づかされた。
「ごめん、いまちょっと別のこと考えてる」
「ええっ、しおらしく謝っていたところなのにひどくない?」
「いや、そんなことより重要な話」
もう一人に戻りたくない。ならどうするか?
今の僕には彼女しかいない。
その彼女を手に入れたい。
彼女が欲しい。
「……好きだ」
がくっと、重い感触が腕に伝わる。
あまりに急だったので、彼女の体が腕から滑り落ちて、せっかく立ち上がったため池の中にまた落ちた。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫なわけないでしょ!」
すぐに立ち上がった彼女は先ほどまでの僕と同じように、頭までため池の水に浸かってびしょぬれになっていた。
「まずは体を拭かないか?」
「え? 冷静じゃないの私だけ?」
「いや、たぶん僕も冷静じゃないけど……」
冷静だったらあんなこと言えるわけがない。
「嘘でしょ。冷静でしょ。思いっきりクールでしょ。そうか、からかったんでしょ。そうでしょ」
「お、落ち着けって、からかってない」
どうも、僕が冗談か何かで言ったのだと思ったらしい彼女。
そんな誤解をされたままでいたくないと思った僕は、さらに言葉を重ねる。
「君が好きなんだ。いつの間にか、君という存在が僕の中で大きくなっていたみたいだ」
「ふ、ふふふふふ。そういうこと言えるなら、私にキスできるのよね?」
不敵に笑って彼女が言う。
今の僕なら、彼女の考えていることがわかる。
僕の言った言葉を冗談だと思い込んで、ならここで慌てるのは僕の思うつぼだと思って余裕を見せたいんだろう。
前提条件から間違っているんだけど。
「ほらほら、やってみなさいよ」
唇をすぼめさせている彼女に、僕はキスをした。
一秒、二秒、三秒……。
そこで数えるのをやめて、彼女が苦しそうにするまでじっくりと唇を重ね合わせた。
「……本気だったの?」
少し荒い息を吐きながら彼女が聞く。
僕は言葉にするのも恥ずかしくてただ頷いた。
そして、返事を聞くために待つ。
キスよりも長いその時間の後、彼女は小さく言った。
「駄目だよ」
哀しみだとか、怒りだとか、色んな感情が胸の中を通り過ぎる。
そのすべてを飲みこんで、僕は彼女に一言。
「そうか」
とだけ口に出した。
そして最後に、一つだけ聞こうと口を開く。
「名前を教えてくれないか?」
自分の所為で死んだと言われているクラスメイトの名前と顔も一致しない僕だけど、彼女のことなら覚えられるはずだ。初恋の人の名前として。
だから、知りたいと思った。
「本当に覚えてなかったんだね」
「……ごめん」
結局思い出せなかった罪悪感に僕は頭を下げる。
彼女は「いいよ」と言った後に、大きく深呼吸して言った。
「私は西城美紀」
西城美紀。教室の机。花瓶。新しい花。
「思い出してほしくて、化けて出ちゃった」
「え、何かの冗談か……?」
「坂井くんって本当に酷いよね。でも、もういいよ。許してあげる。
少しだけだけど、私のこと気にかけてくれたこともわかったし」
彼女は僕に顔を近づけて、耳元で囁いた。
「もう、忘れないでしょ?」
「待ってくれ!」
咄嗟に伸ばした手が空を切った。
彼女、西城はすぐ目の前にいるのに、伸ばした手は彼女をすり抜けて向こう側へと延びていた。
「ふぅー、未練もきっちり解消したし、次に会うのは天国かな?」
そんなことを意に介さず、彼女は大きく伸びをしながら僕に笑いかける。
「じゃあね」
そして、小さく手を振りながら消えた。
今月中に終わらせたいです。




