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シーン3

朝から起きてやったら、ちょっと妄想が暴走した。

でも、シーンの意図から外れてなかったからいいや。

 心臓が喉のあたりまで飛び上がってきたような感覚。

 驚きで震えが釣竿に伝わって、浮きが激しく震えた。

「驚いた?」

 そんな僕に、彼女は悪戯を成功させたときみたいなにやけ顔で聞いてきた。

 誰だ? というか、すでに授業が始まっている時間なのに、彼女は何をしているのだろう。

 何と言っていいのかもわからず、僕はただまじまじと彼女の顔を見るだけだった。

「どうしたの?」

 何も言わない僕に不安になったのだろうか、彼女が聞いてくる。

 それでもやっぱり何を言えばいいのかわからない僕は、ただ首を横に振った。

「そんなに驚いたの?」

 頷く。

 まだ驚きで頭が真っ白だった。

 大きく深呼吸して、どうにか気持ちを落ち着ける。

 そうして、ようやく落ち着いたころに、彼女は僕に話しかけてくる。

「ねえ、何してたの?」

 誰なんだろう。と思う。クラスメイト? でも、クラスのやつらはほぼ全員僕のことを嫌っている。そんな状況で僕に話しかけてくるような奴がいるとは思えない。話しかけた方だって村八分じゃないけど、それに近い状況になる可能性があるだろう。

 それを覚悟の上で話しかけてくるお人好し? それともそれすらもわからないただの馬鹿なのか?

 いや、だからこそ屋上なのか。ここなら誰にも見られないで僕と話ができる。

 クラスの嫌われ者の僕と? わざわざ授業をサボってまで?

「ねえねえ、何を難しい顔をして考え込んでるの?」

「ごめん、世界中から争いをなくすにはどうしたらいいのか考えてた」

「今そんな壮大なことを考える必要はあるの?」

 ないね。

 とにかく、久しぶりに誰かと会話することになりそうだ。

 いや、ついこの間も帰り道でたまたまあった自称クラスメイトと話した気がする。

「あ……」

「どうしたの? 争いをなくす方法が思いついたの?」

「世界中から人間をなくせばいいって結論が出た」

 その時の彼女だ。

 ちゃんと顔を覚えてなかったから、思い出すのに時間がかかった。いや、そもそもちゃんと顔を覚えている人間なんて家族ぐらいしかいないんだけど。

「どうしよう……魔王が誕生してるよ」

「まあ、それはさておき、この間も会ったけど結局何の用なんだ?」

 そう言うと、彼女は僕のことをじと目で見てくる。

「今思い出したんでしょう?」

「いや、全然。そんなことないよ」

「じゃあ、質問。私の名前は?」

 難しい問題を出されてしまった。

 たまたま通り道で出会った人間の名前なんていちいち覚えてられない。

 必死で思い出そうとはしてみるけど、数秒で諦めて僕は両手を上げた。

「ごめん。覚えてない。強いて言うならまな板しか思い出せない」

 ため池に突き落とされた。

「今何月だと思ってるんだ!」

「十二月。そろそろ冬休みだね! 楽しみー」

「てめえ……」

 十二月に入るため池の中は恐ろしく寒かった。

 寒中水泳とか、寒い中でわざわざ水に入る風習のある地域がまだあるらしいけど、こんな寒さをわざわざ味わいに行くなんてとても理解できないくらいに寒い。

 せめてもの復讐に彼女も引きずり込んでやろうと思ったけど、その時にはもうすでに彼女は僕の手の届かない位置から腹を抱えて、寒さに震えている僕を笑っていた。

 酷いやつだ。

 ため池から出ると、濡れたワイシャツが体にくっついて、その上風が吹くものだから、なおさら寒い。もしかしたらため池の中に入っていたほうが暖かかったかも。

「寒い?」

「当たり前だろ……」

「着替えある?」

 僕は首を振る。鞄の類は教室に置きっぱなしだ。そうなると自然、体育着なんかも教室まで取りに行かなきゃいけなくなる。

 しかし、教室に戻る気にはなれなかった。

 今朝のクラスメイトの視線を思い出すと、げんなりした気持ちがため息になって屋上の空へと昇って行った。

 また風が吹く。寒さに体が震える。

 真剣にこのままだと風邪をひくな……。

 でも教室まで着替えを取りに行く気にはやっぱりなれないし。どうしようか。

「まあ、いいや」

 風邪をひいたらひいたで、学校を合法的に休めるわけだし、問題ない。

「ねえねえ」

 呼ばれて振り向くと、何か軽くて暖かいものが僕にのしかかってきた。

 努めて、僕は彼女に言う。

「服、濡れるぞ」

 彼女は僕に抱き付きながら言う。

「服を脱いでやった方が嬉しい?」

「嬉しい! ってそうじゃなくて」

 つい本音が出たけど、僕は彼女の肩を掴んで引き離す。

「なんで抱き付いてくるんだよ」

「ほら、雪山で遭難したときとかによくやるやつ」

「ここは雪山じゃねえ」

「寝るな! 寝たら死ぬぞ!」

「寝るか!」

「……さすがに水に突き落としたのはまずかったかなって。だからお詫び?」

「こんなお詫びするくらいならそもそも突き落とすな!」

 体重をかけてこちらに抱き付こうとしてくる彼女。全体重をこちらにかけてこようとしてくるので、下手に押すとそのまま倒れそうで押し切れない。結局、また暖かくて柔らかい、心地良いものに包まれる。

「ちょっと柔らかさが足りないな。まな板がのしかかってきているみたいだ」

 照れて、憎まれ口しか出てこない。

 たぶん真っ赤になっているであろう僕の顔。それを見ているからか、彼女はそんな憎まれ口にも余裕の声で言ってくる。

「でも大満足って顔をしているけど?」

「うっせえ」

「精々、まな板を楽しむがいい」

 彼女は笑う。

 そして、僕は混乱していた。

 誰かと話すのさえ、久しく無かったのに、誰かとこんなに接触しているなんて下手すると僕がまだ赤ん坊の時以来だ。

 普段は、誰かが隣にいるだけで苦痛を感じるのに、妙に落ち着いている。

 彼女だからなのだろうか。

「……忘れてなかったんだね。ありがとう」

 小さく耳に聞こえてきた言葉に、僕は頷いた。

 たぶん、僕はもう忘れない。

 それが良いことなのか悪いことなのか、よくわからないけど、彼女の所為で、僕は他人に興味を持ってしまった。

 これが、恋というものなのだろう。僕は彼女が欲しくなった。

 今彼女に抱かれているこの瞬間を永遠にしたい。

「どうしたの? 顔真っ赤だよ」

 そう尋ねる彼女に、この気持ちを伝えたかった。

 でも僕は初めて、誰かに拒絶されることが怖くなった。

 それは嫌われ者の僕には、当たり前のことすぎて忘れていた感覚で、その恐怖に打ち勝つことなんてできなくて、ようやく出てきた言葉はいつもの口癖。

「まあ、いいや」



 結局、抱き合って寒さを耐えるなんてできやしない。

 僕は翌日見事に風邪を引いた。

 彼女も風邪を引いてしまっただろうか。

 もしそうだったら悪いことしてしまったな。なんて、自室のベッドの上、三十八度五分とモニターに表示されている体温計を枕元に置いて、生まれて初めて誰かを思いながら目を閉じた。

どんどんギャグから離れていく。

最初からあらすじもプロットも考えずに書くと、こんなことになるんだな。

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