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七話

      7


 容赦ない殴打は止まる気配が無い。そして彼女を殺そうとする気配も無い。

かといって、このままでは今に――。

 ごっ、と鈍い音がして、床に倒れる。もしくは壁に叩きつけられる。何処が

どうなんだかもはや判然としないが、取り敢えずこれ以上頭を打ってバカにな

ったら困るななんて、アホみたいなことを考えていた。

 まともに動かなくなった体をそれでも必死に起こそうと石畳を掴んでいた手

が、唐突に床を離れる。何が起こったのか理解できずに居るイアラの首根っこ

を掴んだ死体人形は、躊躇いなく彼女を扉の方へ放り投げた。

 扉に叩きつけられる痛みを覚悟していたイアラの体はしかし誰かに受け止め

られ、一向に落下する気配は無く。それでも今までに受けた傷の痛みが容赦な

く全身を駆け巡った。

「――――――ッ」

 背中を反らせて声にならない悲鳴を上げ、自分の体を抱いている人物の服に

しがみつく。

 彼女を受け止めた人物は左手に持った大鎌で一閃し、死体人形たちが動かな

くなったのを確認してからイアラを見下ろした。

 よくも、よくもこんな醜態を一番見られたくない奴に晒してしまったものだ。

 少女は涙目で見上げた彼が相棒であるのに気づくと、殴られて赤い顔を更に

赤くして、口をぱくぱくさせる。

「な、ガ……がはっ、ぁ」

「話すな。聞き苦しい」

 そう言ったガラフを見上げて、思いっきり顔をしかめる。

 ――重傷の怪我人に言う事がそれかよ!

 隣に居たリックが見かねたようにその腕からイアラを引っ手繰り、苦笑した。

「”心配をかけるな”だってさ」

 通訳の後、ガラフは余計なお世話だと恨みがましい視線をリックに、次いで

その背後に送った。つられてイアラもそれを目で追い、リックの肩越しにリリ

アと目が合った。

 彼女は一瞬はっと目を見開いたが、すぐに泣きそうな顔で目を逸らす。

「リ……」

「痛い?傷」

「少し、だけ」

「嘘。強がり」

 イアラはしゅんと肩を落とした。この人の笑顔が暗いのは私の所為だろうか

と、つい、考える。

 リリアはそんなことはまるで見えていないように目を閉じる。

「あたし、家族を選んでなんて多くを失ったんだろう。結局どちらも失って……

でも」

 リリアは前に進み出ると三人を振り返り、哀しげに笑った。

「イアラを選んでも、あたしは同じ事を言ったんでしょうね」

「無意味な考察だな」

 ガラフは感情の読み取れない声でそう言うと、大鎌の刃をリリアに向ける。

イアラは体を起こし、リックの腕から逃れようと必死になってもがいた。小動

物が人間の手から逃げようとするような、そんな弱々しいものでしかなかった

が。

「やめ……」

「銃殺よりは楽に済むぜ。例外は認めない」

 いつもの彼からは想像も出来ないような低い声でリックが言い放つ。過去に

も、こんな経験があったのだろうか。

 イアラは愕然として2人を見比べた。心のどこかで理解してはいたものの、

ガラフがリリアを殺したり、リックがガラフにそれを指示するのを見たくなか

ったのだ。

 そんな彼女の気持ちと反比例してガラフの鎌は弧を描き。

「いやだ……ガラフ、後生だからっ」

 リックの腕を必死にはがそうとしているイアラを無感情に見つめると、リリ

アは満面の笑みで彼女に小さく手を振った。

「ばいばーい、イアラ」

「―――ッ!!」


 大鎌が容赦無く振り下ろされる音。

 無音。




「もう行ったかな」

 楽しそうな少女の声に、男は答えるつもりは無さそうだった。ただただ、足

元で飛び跳ねるように歩く金色を見つめる。

「ガラフ?」

「歩いていいのか」

「大丈夫だって、もう治って……っぎゃ―――!」

 周囲を歩いていた人々の足が止まる。彼等の目線の先には、イアラが未だ完

治していない傷をガラフのつま先でつつかれ、うずくまっているのだった。

「………治った」

「ぁああい、痛、痛いっ!ちょ、やめ――っ!ごめんなさい、治ってませんす

んませんっ!」

 ガラフがつつくのをやめると、少女はわき腹を押さえて大きく息を吐いた。

 さっさと歩いていく彼の背中に説教魔人とか根暗男とか言いつつついて行く

が、彼がその何を考えているんだかわからない視線を向けると、青くなって黙

り込む。

 やがて病院の白い通路は途切れ、広いベランダに出る。眼下に広がっている

のは中央街の入り組んだ町並みだが、相棒の肩によじ登ったイアラが見ていた

のは、その向こうの海であった。

「……感謝、してはいるんだ」

 小さく、ガラフにしか聞こえないような声でそう言った少女に、彼は特に反

応をかえさなかった。


 あの日、ガラフは確かに大鎌を振り下ろしたけれど。


「………なんのつもり?」

 怪訝そうな顔をしたリリアを無視して、床に刺さった刃を抜く。それに対応

してか、リックはにへらと気の抜けるような笑みを浮かべた。

 なかなか人好きのする顔だったが、それはリリアに対する挑発ともとれた。

「いや実はさぁ、オレって堅苦しいの嫌いなわけよ。………ガラフが人殺すの

も嫌いだしよ」

「そんな勝手な!」

「誰がてめえのためにそこまでする?オレはイアラじゃねえんだ。ガラフが余

計な殺しをするのが嫌なんだよ、オレは。解ったら三日後の貨物船に潜り込め

るようにしてあるから、それに乗って何処にでも行け。そして二度と戻ってく

るな」

 文句を言おうとしたリリアに言い返し、踵を返す。そう、あの時。

 リックの目が細くなる。怒りに震えているような、悲しみに耐えているよう

な。やるせない――想い。

 ――あの時のオレに今の力があったなら。

イアラはうっすらとその表情の変化に気付いてはいたが敢えてそれを口にはせ

ず、彼の肩越しに手を振った。

 今更、ショウに撃たれたわき腹が痛かった。

「ばいばい……リリア」

 ぺたりと床に手をついた少女の眼前に残ったのは、無表情に立って自分を見

下ろすガラフ=Gだけである。

「……今日の件」

 リリアはびくっと肩を震わせ、ガラフを見上げる。

 顔は、見えない。見えたとしたら、どんな表情をしているのだろうか。

「一番貴様の気持ちを解っていたのはイアラだけなのだろうな」

「………ええ」

「ならば報いろ。生きることが地獄でも」

「……生き地獄か。いい言葉ね。まるで今のあなた達のようじゃないの……ガ

ラフ=G、逃げ出す勇気も無いくせに」

「……魔物だから人の中で紛れては生きられない」

 そう呟いて踵を返した彼の背中に、何を報いるのかと訊いた少女の問いはも

のの見事に無視されてしまう。

 リリアはふと自分の状況を思い出してか、下をむいた。


 塔の中に、小さな笑い声が響いていた。少女のような、女性のような笑い声。

 いつしかすすり泣くような声も混ざり、ただ、静かに。




 灰色の廊下。自室への道。ルームメイトは一人足りないが、見慣れた顔の沢

山並ぶ部屋。暫くは眠り続ける自信が有った。イアラはしゅんと肩を落し、と

ぼとぼと歩いていた。

「わたしが言うべきなのかな」

 どこまで過保護なのか、ガラフは律儀にここまでついてきていたが、終始無

言の無表情であった。

 彼はしかし不意に立ち止まると、イアラと向き合う形で膝を折った。視線を

合わせようとしているらしいが、それでもかなり高い。

 イアラとしてはそれに対して腹が立つやら、その秀麗な顔を間近に見て思わ

ずどぎまぎするやらで、ひどく複雑な気分である。顔を赤くしたり青くしたり

しながらも、彼に負けじとしかめっ面で返す。

「な……なんだよ」

「知らせはとうにしてある」

「そりゃ良かった。けどお前がしゃがむ理由がわからん。私の顔なんか見てて

何が楽しいんだ」

「……顔が」

「え〜と……表情?」

 ……しかも肯かれてしまった。

 そんなに面白い顔をしているだろうか?軽く悩みながらもじりじりと後退す

る。

 やっと立ち上がったガラフの後ろを小走りについて行く。これでも、彼にし

ては歩幅が小さい方であるというのが、イアラにとっては腹立たしかったりす

る。

 自室の扉の前に立った彼女の襟首をガラフがさも当然のようにつまみ上げる

と、ごく自然に小脇に抱えて歩き出した。

「ガ、ガラフ?わたしは歩ける!じゃなくてあれ、部屋!」

「リックが駄々を捏ねて同室になった」

「……なあ、それ何の罰ゲーム?」

「寝室は別だし、ガキは襲わん」

「おそっ……?ぇえい、寝るぞ、寝てやるぞこの状況で!寝てるとすっげえ重

いんだぞ!」

 錯乱したイアラの意味不明な脅しにも、身長差を活かした反論をする。

「……おとす」

「下ろせ!」

 イアラは怒鳴るが、ガラフはそれを華麗かつ鮮やかに無視、そのまま歩き続

ける。

 まったくもって不本意極まりなく、ある意味戦場より過酷な三人暮らしの始

めは、その終わりと同様に、感動もへったくれもありはしないのだった。






起章終了です、お疲れ様でした。最終的にバッドエンドですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。


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