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六話

      6


「飛び降りてみる、とか」

「ここ、さいじょうかいでしょ?しんじゃうよぅ」

 窓から身を乗り出したイアラの腕を隠者が引いて止める。不得要領な顔をし

ているイアラを見上げ、大きくため息を吐く。

 会ったばかりというのもあるが、隠者にはこの少女の行動が掴めずに居た。

「なぁに、あせってるの?」

「焦ってんじゃねえよ、ただ」

 隠者が首をかしげる。少女は窓の外、その向こうの崖の上にある陣営を見て、

ため息をついた。彼女は予想が外れて居なかったことに失望しつつ、その下へ

と視線を移し、居たたまれなくなって前を向き。

「此処にいたくないんだ」

 しかし、扉を壊そうにも大剣は森の中に置いてきてしまった。それに、どう

せこちら側からは開けられないように術でもかけてあるに決まっているのだ。

あまり考えても仕方の無いことのように思えた。

 しかし、それ以上には無い頭をいくら捻っても出てはこない。

 病人を装うにしても、別に人質として連れて来られたわけでは無いのだから、

無意味である。

「馬鹿だから、こんな所に一人きりじゃ何も出来やしねえ」

 自嘲。

 扉を睨みつけ。


 それは未だ、開く気配を見せない。


「……無理よ」

 扉の向こう。その廊下を隔てて向かいの部屋。

 リリアは強く、そう言いきった。

 周囲に集まった村人達は、口々にイアラを殺せと彼女に言うが、リリアは頑

なにそれを拒むのだった。そんなこと出来ない。出来るわけが無い。確かにリ

リアの力ならば今のイアラを殺せるだろう。

 周りの村人に共通してかけていたのは思慮。

 リリアがイアラを思う気持ちとその束縛性を考慮に入れていなかったこと。

「あたしにあの子は殺せない……」

 もう一度、力なく呟く。

「何故そう思う?この村一番の呪力を持っていながら」

「みんな、あたしを何だと思ってるの!そんな……理屈で片付けないでよ、そ

んな……」

 リリアは机に手をついて俯いた。今にも声を上げて泣いてしまいたい衝動を

押さえてそうしているのを見て、周囲の人間は困り顔で話し合いを始める。

 リリアは、ぎりぎりと歯軋りしながら机に爪を立てた。

 ――心の支えにでもなってやってほしいと思う。あいつはどうも強がるから。

 リックと話したとき、彼がそう言っていたのを思い出していた。無理には言

わないと笑った彼の笑顔が、どうにも離れなかった。きっと、ガラフと自分の

関係にイアラとリリアの関係を重ねていたに違いない。

 違うのだ。

 自分こそが、支えられていたのだ。

 自分こそが。リリアは泣き出したい衝動を必死に抑えていた。木造の机の天

板に立てた爪が割れて赤い線を引くまで。

 やがて、彼女は横を通り過ぎた兄の姿に気がついた。彼はその幼さを残した

目でリリアを見据えると、扉に手をかけて部屋の中を見回した。

 妹を頼みましたと、静かに言う声がリリアの耳に届いたような、気がした。


 イアラは顔を上げ、立ち上がるために構えた。このときが早く来たのが、堪

らなくうれしかった。これで、この狭苦しい場所からおさらばできるのだ。

 重い扉が外から開かれ、幼さを残した顔立ちの若い男が入ってきたのを見る

と、彼女は哄笑のような笑みでもって男を見上げる。

「殺し屋さんかな?」

 馬鹿にした響きを極力控えてそう言うと、半ば睨むような目つきで、挑むよ

うに立ち上がり。対する男もぐっと固唾を飲み込んだようだった。

「こんな、子供が……。いや、構わない。同胞の痛みを体感するがいい。……

楽に死ねると思うな」

「随分真面目だね。戦争は人類の間引きだとほざいた哲学者も居るらしぜ?」

「黙れ!」

 男が腰の剣を抜く。イアラはそれを鼻で笑い、男の肩越しに開け放たれたま

まの扉を見据えた。闇夜に獲物を見据える、猫科の目。

「―――扉を、開けたな」

 男ははっとした風情でそれを振り返る。その隙に凄まじいスピードで殴りか

かったイアラに気づくと、その腕を掴んで受け止め、窓に向かって投げ飛ばし

た。

 イアラは難なく窓枠を蹴ってベッドに着地し、足元のシーツを見ると何を思

ったか不敵に笑った。そのままの姿勢で、彼を観察する。

 個人戦が、こんなに楽だとは思わなかった。相手をじっくり観察し、対策を

考える時間が取れるなんて。

 男は剣を構えて走ってくるが、どうも戦いには慣れていないように見える。

初戦がイアラ相手なのだとしたら、彼にとってこれ以上の不運は無いように思

われた。

 彼女は男が剣を突き出す瞬間にシーツを勢い良く上に放った。それは広がっ

て彼の視界を塞ぎ、男が舌打ちしてそれを払おうとすれば、剣に絡み付いて邪

魔をする。そうして視界が開けた時にはもうそこにイアラの姿は無い。上かと

見上げた顔面に非情の踵が一撃を浴びせた。

 悲鳴をあげ、顔を両手で覆った男の手から剣を奪うと、イアラは背後からそ

の胸板を貫いて引き抜く。

 歯軋りする音を聞き、男の首を撥ねてその屍の上にシーツを放った。

 紅がじわじわと広がったが、それでも直に見るよりはましなのだった。

「……はっ。あはは、ガキだと思って術使うのが遅えんだよ、屑野郎が!」

「あ、ぁの、しつれいだょ」

 隠者が物陰からひょいと顔を出すのを見ると、イアラは急な脱力感を感じて

その場に座り込む。

「なおす?」

「頼む」

 出てきた隠者がちらりと、もう大半以上が紅に染まったシーツを見た。少女

は笑ってそれを流し、ふと真顔になる。

「怖いか」

「うん。ちょっとだけ」

「良いんだよ、それで。それが正しい反応だ」

 そう言った肉食獣の瞳は、少しだけ哀しげだった。


「ドルカが死んだ」

 老人が呟くのと同時に、リリアが大きな音を立てて立ち上がる。かたかたと、

小刻みに震える肩に手を置かれる。

「奴を憎む理由が出来た」

「……いや、兄さ、ん。………いやああああああぁっ!」

 崩れ、落ちる。

 知りたくも無かったこと。

 ――わたしはリリアの家族を、


 殺すよ。


 胸が、張り裂けそうだと、ああ、こんなときに言うのかと。

 冷静な自分は考えていた。




「大分降りたよな」

 イアラがそう言うのに隠者も頷くが、一向に、一階に着かない。

「おい」

「うん」

 足が、止まる。イアラはさげていた剣の柄を無造作に持ち直すと、周囲を見

回した。明り取りの小窓からの微かな光だけでは影しか見えないが、何か”い

る”のは判った。それも、大勢。

 硬くて無気質な床は足音を良く通した。その造りに感謝しつつ、一方で参っ

たな、と肩を落とす。

 塔の中は意外と広く、何も無い。石で出来た室内に石柱が何本も立ってこの

天井を支えている。単なる櫓か、或いは戦う為だけに作られたような。

「死の、におい」

「ああ。死体人形か」

「にげよぅ?たたかっちゃだめ」

 隠者が怯えた様子でイアラの服を掴む。彼女はそれにゆっくりと首を振り。

 でも一応”忠告”とやらなのだろう。森の知者に気に入られると言うのはま

れな経験なので、気持ちだけありがたく受け取っておく。

「囲まれてそうだしな。悪かったな、お前は逃げればいい」

 その目はひたと暗闇を見据えていた。そして、その先に居る”なにか”を。




 ……はずれか。

 ガラフは舌打ちすると大鎌をふって血糊を払い、足元の惨状を見下ろした。

これで四度目――此処は東の塔である。

 どうも、どこの塔も造りは単調で、同じ場所を延々と回って居るような錯覚

にすら陥いりそうなのが気に食わなかった。

 血の匂いに耐えかねて背を向け、歩き出す。窓からの明かりでぼんやりと、

屍を見るのが嫌だっただけかもしれない。

「…イアラ」

残るは中央の塔、のみである。


 そのイアラは延々と、死体人形を斬り続けていた。

 実力で勝てないから数で勝負とばかりにわらわらと、尽きることを知らない

それを。

 恐らく使い手にも脳があるのだろう、頭を使った攻撃を二、三体で連携して

行ってくるので分が悪い。加えて暗闇による視界の悪さ。前方からの者を殴り

飛ばすと背後からの斬戟を受け止め、弾く。

 しかし、ゾンビに囲まれて延々と格闘とは、まるでいつかルームメイト達と

見たホラー映画のようである。映画と言うのは新しい種類の娯楽らしい。最近

町でははやっているのだと言っていた。映写機でフィルムをまわし、それをス

クリーン――イアラ達が見たときは白い壁紙で代用したが――に映して見る。

 斬新だと面白がって見ていたが、現実になってみるとなかなか笑えない。ま

ず臭いだけで吐き気がする。それをこらえて剣を振るい、腐りかけの体を砕く

音も独特で気味が悪かった。そのうえそれに触れられたり殴られたりすれば、

それこそ死にたくなった。

 勢いそつけて剣を一閃、何人分かの首を飛ばし、壁までたどり着くと、それ

に背中を預ける。肩で息をする。

 そういえば何時間これを続けていたのか、膝が大いに笑っているが、状況的

には全く笑えない。

「かやくのにおいがするよ」

 隠者の言葉に頷き、辺りを見回す。剣と、素手。その中に銃を持った者はや

はり目立っていて、すぐにわかった。イアラの視線に気付いた”そいつ”は再

び仲間内に隠れようとしたが、彼女の目はその動きを見過ごさなかった。さっ

さと片付けるためにも飛び道具は面倒なのだ。

 道を塞ごうとする者はことごとく斬り捨て、半ば強引に突っ切っていく。腐

臭に顔をしかめ、吐き気を抑えながら。背格好から見て恐らく少年と思われる

それに向かって剣をふりかぶり、その顔を見て思わず手を止めた。

 ―――だって、それは。

 ”そいつ”はまるでその瞬間を待ち焦がれていたとでも言うように口元を吊

り上げ、少女に銃を突きつけた。間髪入れずに安全装置を外し、引き金を引く。

「が……っ!」

 わき腹に二、三発もらい、後の銃撃は床を転がるようにして避ける。弾切れ

になったのを確認すると、イアラは激痛に顔を歪め、喉元まで出かかった悲鳴

を飲み込んで”そいつ”を見上げた。

「………ショ、ウ」

 銃を投げ捨てる音。続く殴打の嵐。堪えていた吐き気に追い討ちをかけられ、

胃に残っていたものをすべて吐き上げる。

 その間も蹴られ、殴られ、特に腹部の銃創を狙われるのは、もう嫌がらせの

域を超過していると思う。

「おねぇちゃ……」

「ッ……逃げ、てろ………て、言ったっ」

 半泣きで寄ってきた隠者をはたき、立ち上がろうと試みたところに蹴りを入

れられ、上半身を支えて突っ張っていた両手は石畳を掻いた。

 胸倉を掴まれ柱に叩きつけられて息を詰らせる。死体人形が、石を握りこん

だ拳を振りかぶるのがぼやけて見えた。

 ――どうして……

 わき腹の傷を庇いながら、頭だけはやけに冷静に考えていた。

 ――こいつらはわたしに止めを刺そうとしない?


 ……殺す気が、ない?


 ……殺したく、ない。

 リリアは口を真一文字に結び、中央の塔を見上げた。

 兄を殺した、憎いイアラ。支えあってきた、大好きなイアラ。

 お願い、死なないで。許せない、殺してやる。相反する感情の激流が、彼女

の指先を惑わせているのは違いなかった。

 震えていた口唇が、またも自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「……とどめ、刺さなきゃ」

 消え入るような声で。

 その後頭部に、銃口が当たった。リリアは半ば安堵したような表情で両手を

下ろす。

「リック指令、あたし、あの子を守れませんでした――」







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