表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/24

五話

      5


 深夜。ゼロに促され、リックが渋々起きて行くと、ソファに座っていたガラ

フが顔を上げた。リックが向かいのソファに座ると、彼は目を伏せた。どこか、

言い出しにくそうにしながら。

「………お前とも会う前のことだ」

「なんの……」

「昔の、話だ」

 懺悔とも言うか。そんなことを呟いて、ガラフはふと、頭を振った。




 施設にはガラフのほかに、年長でもっと強い者が居た。双子で、名を兄はゾ

ーグ、弟はズークといった。二人はとくにガラフを可愛がっていたが、それは

きっと一種の優越感だったのだろう。化け物を作るための施設に、この二人ほ

どそれに似つかわしい性格をしている者はいなかった。

 兄弟ではなかったが、何故だかガラフはその二人とよく似た容貌をしていた。

生まれた頃から施設にいたことを考慮に入れると、実は彼自身この二人に似せ

て作られた擬児なのかも知れなかった。実際、そうであったというのを数年後

に聞いた。死んだ女の胎にいた赤子を引きずり出して、二人に似せて遺伝子を

操作(この権威である紫闇は十数年後、この技術を誰にも教えず姿を消した)、

ついでに魔物のそれも組み込んだ文字通りの「化け物」。

 残念ながら戦闘能力はオリジナルよりも劣化していて感情面も脆いようでは

あったが、変わりに体と頭の成長は早く、その歳に似合わない背丈と思考力を

有し。

「なーあガラフ、今日は何人ぶっ殺した?」

 部屋から出るなりにこやかにそう聞いてくる二人に、うん、と見当違いの返

事をして歩き去ろうとする頭を押さえつけるように撫で回される。日常。手も

洗わないうちにそんなことをされると、ついさっきまでの光景を生々しく思い

出す。よろけたガラフを支えるのが弟のズークだった。

 なにやら、二人ともいつもと髪の色が違う。ガラフはそんなことをいちいち

気にする余裕もなく目を背けた。

「疲れた?」

「……ズー……はなして、暑い」

「そうっか」

 手を離され、あっけなく膝をつく。未だに頭痛が長引いていて、気分は最悪

である。ふらふらとおぼつかない足取りで自室に戻ろうとする彼に、二人は付

きまとって離れない。おかしい、と気付いて振り返ったガラフの腕を掴んで、

ゾーグが扉の影に引き込んだ。壁を背に二人を見上げたガラフの目は必死で眠

気に耐えているようである。

「………な、に」

「お前さ、外行きたいと思わないか」

「……そと?」

「そう」

 ――知っているよ。外の子は人を殺さなくて良いんだ。

 誰かがそんなことを言っていたような気がする。ガラフは行きたい、と一言

だけで力尽きて、眠って崩れ落ちる寸前、彼を抱きとめたゾーグの凶悪な笑み

とその言葉が頭に焼き付いて離れなかった。

「……手伝ってくれるんだよな、ガラフ?」




 リックが少々荒っぽい音を立てて立ち上がる。

「ちょっと待てよ! 遺伝子の操作って何だ?」

「さあな。人をこういう風にする技術ではないのか」

 ガラフの抑揚の無い声がやけにそのことを強調しているようで、彼は目を逸

らして座り直した。嫌悪感を顕わにした顔を下向け、同じく押し黙っていたゼ

ロはそれを見て更に何もいえなくなったようであった。当のガラフは表情も変

えず、その左手が右肩に伸びて何かをおし留めるように肩を掴んだ。

 リックが沈痛な面持ちで見ているのに、なんとなく気付いてはいた。




 そもそも、彼らにガラフを連れ出す気は最初からないと言って良かったのか

も知れなかった。第一、逃げる為とはいえ彼に人を素で殺すことなど出来るは

ずも無い。”始まる”前に、必ず薬を服用させられているのをゾーグたちは知

っていたのである。

 それにもかかわらず裏門にたどり着くまでに、薬もなしに何人殺したのか。

半分泣きながら警備兵を殺すガラフの後ろをゾーグは悠々と歩いていたが、本

人は必死でそのことには気付けなかった。

 がたがたと震える右手を手を握っていたゾーグの手が、離れるのが判った。

既に左手に持った斧は血糊でべたべたになっていて、顔を上げたガラフたちの

目の前にはしかし、それを上回る数の警備兵がいたのだった。ゾーグの手が背

中を、優しく撫でる。

「”できる”だろ? ガラフ」

「……っ」

 大きく頭をふる。

 この時点でやっと、ゾーグが全く人を殺していないことに気付いた。

「ゾーグが……」

「そうか、お前は此処に”居る”んだな?」

 背筋が粟立った。つい今しがた完全な拒絶の言葉を彼に投げつけたばかりの

ゾーグの表情は優しげな笑みのまま。その指が、強張ったガラフの背筋をなぞ

る。

「――行け」

「ぁ―――ッ、……っ」

 もう、叫びさえ喉を介して出てこようとはしなかった。頭と、目と喉の奥が

焼け付くように熱い。

 無意味に涙が頬を伝ったが、拭う余裕も見出せず斧を引きずり応戦し始めた

彼を満足げに見ると、自分も混ざろうとしたゾーグの肩を叩いた手があった。

弟のズークが立っているのを見てそちらを向き直る。

 少しだけ不服そうだったゾーグは気を取り直して変形させた腕を元に戻し。

「正門は?」

「がら空き。さっさと行こう」

「裏門は――ガラフが片付られれば勝手に出て来るかな」

「無理だな。あいつは意気地なしだから」

 ガラフにてこずって斬られる兵士達の悲鳴を聞きながら、踵を返す。二人は

くすくすと笑いながら正門を目指した。最近された実験のあとから青味がかっ

た銀髪になった頭は目立つので、隠す算段をしながら、つい最近まで可愛がっ

ていたはずの弟分のことなどもうすっかり忘れていた。





「イアラに言うの? それでどうするの」

 ゼロが冷ややかにそう聞いた。ガラフは我に返ると顔を上げ、ああ、と頷い

た。

「………憎めるものがあれば」

 あいつは壊れないはずだから?

 いらいらと机を叩いていたリックの指が止まり、ガラフを睨むように見上げ

る。

 何か考えていたようだった彼は不意に顔を上げ。

「お前が原因の一端だって知ってもイアラは壊れるぜ」

 リックの声を聞いて、立ち上がろうとしていたガラフの動きが止まる。目だ

けで彼のほうを見ると、何も言わずに立ち上がり寝室の扉の前に立って思い出

したように、ポツリと呟いた。

 お前を信じていると。

 扉が開き、閉じたときにはもう巨漢の姿はそこに無く。残された二人はそこ

に、大きな虚無がわだかまっているのを見た気がした。


 ――何を考えてるんだ、わたしは。

 なかなか眠れずに居たイアラは、寝返りを打って目を閉じた。ガラフが、そ

の髪の色が二人と同じだからと言って、彼が二人と関係がある確証にはならな

いのだ。そう思うと、大嫌いだなんて言ったことを少しだけ後悔する。

 今行こうか。否、明日謝ろうか。閉じた目をもう一度開けて、ぐしゃぐしゃ

にされて抱き枕と化している毛布を抱き寄せた。

「……ガ」

「呼んだか」

「呼んでない」

 低い声に苦笑交じりで答えると、ガラフの姿を認めて体を起こした。

「なに?」

「……死にそうな顔をしていたからな」

「心配? らしくねえな」

 笑っているイアラを見て安心したのか、ガラフは椅子に腰をおろす。イア

ラはふと真顔になってそれを見上げ。

 ――なんでこんなに安心、してるんだろう。わたしは。

 ……なにが、こんなに不安なのだろう。

 まだなにか、隠されていることがある気がして。知ってしまっては、いけ

ないような気がする。

「ガラフはわたしが嫌いか?」

「……何故」

「ときどきお前の目はそんな感じがする」

 ガラフの目が少しだけ細くなるのが見えた。それは不快感の表れか。

「わたしはガラフが好きだよ。大嫌いなんて、嘘だよ。だってさあ、こんな

血なまぐさい手、繋いでくれたのあんただけなんだから」

 そう言うと、後ろ向きにベッドに倒れこむ。スプリングで二、三回体が跳

ねて、シーツに沈む。冷えた感触が頬を撫でる心地良さに目を閉じる。ガラ

フはそれを見下ろしていたが、やがてゆっくり頭を振って否定の意を表した。

 彼女は安堵したのか、口元だけで穏やかに笑む。いつもの活発な笑みでは

ないが、悪い感情は無い。

「……おまえは」

「わたしはあの時死んでれば良かったんだ」

 開いた目で視線を交わし、やがてガラフのほうから、ついと目を逸らす。

再び向き直ると彼女の瞼の上を右手のひらで覆い、何か言おうとして開いた

イアラの口に睡眠薬を放り込んだ。

「戻ればおまえは幸せか」

 戻れないよ。

 イアラの唇が微かに動いたが、声にはならなかった。睡魔が、早くも瞼を

重くした。最後まで言えたかは怪しいが、それでも彼女は言葉を捜し。

 ――だってもどったらガラフがいない。

 頬を伝った少女の涙は、見ないふりをした。




 ズークとゾーグが逃げたと知ったのは、ガラフがこの忌まわしい髪と目を

手に入れてから数日後のことであった。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ