一章 四足使いと視界焼き Ⅱ
「『謂れ』……ですか」
「そう、『謂れ』だ」
ダイさんは得意げな顔で空を見上げる。ある程度リモートな地だからだろう、目に映る星が随分と綺麗で聞こえてくるのも規則的に回転する車輪の音だけである。子の自転車、傷は付いたが元からボロボロの自転車なので別段文句は無い。漕げるのだから依然として自転車の役割を全うしている、そうでなかったとしたなら先の工場でスクラップと宜しくやっていただろう。そんな事をゆったり脳内で巡らせていたらダイさんが話の続きを語り始めた。
「同じ響きでも示す意味が違う言葉ってあるだろ? 川と皮、雲と蜘蛛、みてぇに。昔っから人間は共通する音を結び付けて大事にしてきた、『縁起』という単語が如実に示してくれてるぜ。見詰めれば沢山出て来る。鯛がめでたい様に、蛙が孵る様に」
後者の例えは違うと思う。
でも成程、何と無く分かる、旅館には四が付く部屋が無かったりするし、中国とかでは鐘付き時計を贈る事は相当ヤバいらしいし。
「『使い手』のとしての異名や行動、身形もそれ同様だ。自分の求める意味に言葉の上で近付くことでより強い異能を得るのさ。実際は近付くだけだから異名だけで得られる力は劣化コピーみたいなモンだがな。そらそうだ、雲は糸を吐かないし蜘蛛は空を浮かんだり出来ない。共通ではあるが同じじゃあ無ぇ。まあ元から力を持っているやつらがそれを強化する分には十分だろうよ。俺の知っている中じゃ『伝統』を重んじて『電灯』の力を高めていたりする『使い手』がいたな」
『電灯』と『伝統』とは響き以外の共通点が中々見付からないが、ダイさんの言う通りならきっと『使い手』とはそういう事なのだろう。さりげなくどんな『使い手』がいるのかも知れたのでその点では良かった。が、この話を聞いた上ではまるで――、
「でもそれって結局思い込みですよね? そんな事がまかり通ったら台頭するのは人間は人間でも『使い手』だらけだと思うんスけど」
紙と神でチリ神さま大量降臨や! なんちゃってハハハ。つまんねえよボケ。
「せやせや、結局のところ思い込みだ思い込み。さっきの説明と若干かぶるんだが……お前に対して分かり易く説明するのでありゃあ今まで話した『謂れ』ってモンは異能の出力を上げる手段であって異能が無ぇヤツらに取っちゃ意味無い訳よ。自転車にガソリン注いだって速くはならんよな? あ……沢山注いだってクルマの速さも変わらねえ……じゃねえかクソが!」
「えええ」
急に怒られた。恐らく失敗を誤魔化す意味での怒鳴り声、そんな理不尽な響きは暗闇に消えていく。別に誰も咎めはしないだろうに……。
まあ理解は出来た。ダイさんの言いたかった事の理解は出来たのだが……。
「しかしこれって量……っていうかその『謂れ』による強化って微々たるモンになりません? どう考えたって思い込みは思い込みっスし」
聞けば聞く程に疑問が増していく、関心がダイさんの住む世界に対して湧いているのだと捉えればいいだろうか。それの是非は問わないとしてだが。
ダイさんはこの様な俺の疑問に対して二本指を立てて答えてくれた。
「この件に関してそこそこの理解を深めたであろうお前に回答するのでありゃあ、説明すべきは後二つだ。一つ目、異名で意味を重ね合わせるのは何も本人だけじゃあねぇ」
「んん……?」
「なんとなく察しは付くだろ? 異能はどんな経路、種類であれ最後は具現化する。具現化するという事は他の人間の目に触れるという事だ。この世に存在する時点でもう他の何かに影響され、影響するしかねぇ。『使い手』はその異名を呼ばれる度にその異能を自覚して高める。他者はその名を知って、存在を知って、想いを込めて呼ぶことで異能の存在をより強固にする、人はそれを信仰と言う。一点に向かう思い込みって訳よ。『謂れ』はその一つ、僅かにでも力が在れば後は雪ダルマ式に増幅増幅」
成程、これは納得のいく説明だ。ここまで上手く辻褄が合うとちょっと気分がいい。この考え方は『謂れ』だけでなく他の事にも当てはまりそうな気がする。
「あざす。なんか納得出来ました」
「んで、あと一つ」
俺の言葉を遮ってダイさんが立てたのは人差し指。
「思い込みって単語に『たかが』とか『所詮』みたいな副詞は、お前が思うみたいには付かねぇよ」
俺がダイさんの顔を見ると、夜空を眺めるその瞳が静かに細まっていた。心なしか語末に向かう程そのトーンは落ちていった様に思う。
ダイさんは今その瞳に何を見るのか、彼の姿を見てそんな事を考えてしまう。
「例えそれがどんなベクトルでもな」
彼が今何色の風景を頭の中で描いたのかが何となく察せそうな、そんな陰がある彼の笑顔に向けて更なる言葉を投げ掛ける事は知り合ったばかりの俺には出来なかった。
『人間使い』をどう思い込むかは、暫くの間は自分で考えてみるのも悪くない。図々しいがダイさんの目的は俺にその考えを抱かせることだったのではないだろうかと思う。
左にある岩を模った角度を持った壁には網状の金属が掛かり、道路を挟んで闇に揺れる無数の木々を風が縫い踊る。掴めそうな程に輝く星々の導く先には、蹌踉と曲がりくねったそれらの境界だけが紡がれていく。
そんな静かな道を三人は淡々と進むのだ。
俺が就く壮途なら、こんな感じが丁度いい。




