一章 四足使いと視界焼き
「『謂れ』って考え方は意外と大事でな」
明暗を繰り返す死にかけの電灯に何を求めてか群がる虫。どうでも良いが『虫』という漢字を打とうとしてパソコンで変換した時に出てくるあのどうしようもない記号はどうにかならないものか、蟻とか百足とか妙にリアルで鳥肌が立つ。思い出すのも嫌なのでこの話は終了。
等間隔で設置された電灯が照らすアスファルト、ガードレール。車通りも月も目を擦るこの時間だからか、この一帯が辺鄙な地域だからか、無い。ゼロ。
そんな訳で、左車線でダイさんと俺が横並びに、その後ろからアカネが付いて来る感じに漠然と歩みを進めていた中の事。ダイさんは冒頭の一行を唐突に呟いた。
血腥い工場から出て、この道路を進んでいる間は事務的な会話だけを交わしていた為、本格的なコミュニケーションの意味では俺が人を殺して以来初と言えよう。
足を踏み出す事は止めず、横目で表情を窺いながら話を聴かせて貰う事にする。
「『謂れ』……ですか」
「ああ。この世にはお嬢や俺の様な輩は……まぁ結構いる。さっき見てもらった通り強い、チョー強い」
只の高校生の腕を折って示す強さは強さなのだろうか、また折られても困るから言わないけれども。先の喋り方に気にはなる含みはあったが、ダイさんが話しているので水を差さない為に言及しない。
「しかし台頭する事は無い。伝承として語り継がれたりはしているが、支配をするのはどこでも人間だ。ぶっちゃけ神社とか寺とか神殿とかあんなの気分だから、実際の神があんなとこいる訳ねー、一部を除いてな」
「えぇ……」
じゃあ俺もう初詣行かないわ。というのはさて置き、ダイさんの様な立場からのこの発言というのは人間がグチャグチャ語る様なものより遥かに信憑性が高い(若干のガッカリ感は否めないが)。だが、なにも祀るのは神だけではない。質問で考えを深めよう。
「……場所によっちゃあ怨霊とかを祀る所とかもありますよね」
「あー、それな。それについてはよく分からん、初耳だし」
「えぇ……えぇ?」
二度見してしまった。初耳ならばもっと初耳らしい態度を取ってほしいものである。質問も空回り、この人には鼓膜があるのだろうか。
「まぁ聞けよ、神があんなオンボロ屋敷に住まう筈も無ぇ、が、そもそも必要無いんだよ。神なんかに頼らずとも人間自体が力を持っているからな、人間が人間を統治するならば、その分には十分過ぎる能を、それこそお前らが考える『神』の如き異能を持っている」
「…………」
眉に皺が寄る。話の全容を知らないのだから俺の中で整合性を取るのは無理に近い事であるが、唸ってしまうのが俺の性。生憎空白の解答欄が気に喰わぬ質である。
「人間自体が持つ異能って部分に関しては今はもう信じて貰うしか無いな、何分『使い手』……この『使い手』ってのはその異能を使うやつらを総称した言い方でな、……まあいつかお前も見れるだろ、というか」
言葉を切った後、人差し指を天と垂直に真っ直ぐ立てる。
「お前もなるんだよ。『使い手』に」
…………。
雰囲気から重要そうな流れではあるのだが、理解出来ていないし準備していないので唾を飲み込む等のリアクションは取れなかった。赤子に『アイテムなし天国永住』の凄さを説いた所でキャッキャと喜ぶだけの様なものである。
「はぁ」
「冷めてるな随分、オーバーなのが大事じゃねぇのかよ。なんなら俺がお前を今『使い手』認定してやろう。凄いだろ。勿論返品は不可だ」
そりゃ言葉で返品が出来るならばもっと世界は居心地の良い黒い世界になっているだろうに。
一つ今の環境を説き起こすと、凄い、凄くない云々の前に俺の中でパッとしないことが多過ぎるので喜ぼうにも気合を入れようにも困難な状況である。せめて使い手にはどんな方々がいらっしゃるのか位は是非是非草して欲しい所。俺? 異能? 使えないけど。
「そもそもダイさんの一存で決めていいものなんスか? よく分かんないけど」
「構わないだろ。知らんけど、けどけど」
適当だなぁ。俺の語末弄るとか喧嘩売ってんのかよ。
「じゃあお願いします」
とりあえず期待せずに待つ事に。様々な呼ばれ方を経験してきたので別に異名の一つ二つ増えようと構わない。見えないし。聞こえはするけど。ああでも格好良かったらどうしよう。そう思ったらワクワクしてきた。うそうそしてきた。
「『人間使い』、だな」
なんか糸とか使いそうっすね、全く以て拍子抜けである。もっと『黎明』とかが良かった。そんな俺のイメージはさて置き流石に自分が名乗っていくものなのだから由来は知っておくべきだろう。返品は受け付けないらしいし。由来を知れば蔑称や戒名でない限り、愛着が湧くものだ。天麩羅はポルトガル語、あまりの意外性にそれを知った日から彼(天麩羅)は俺の好きな外来語一位である。
「経緯は訊けるんスか」
「それはお前が人間だからだ」
ちょっと適当が過ぎる。悪魔だって子供に悪魔なんてつけないから、これは反論せざるを得ない。今名乗る所を想像したら敵味方共々疑問符を浮かべるビジョンが見えてきた。こうも納得出来ない異名も中々無い。格好良くポーズを決めての『人間使い』! これ如何に。
そんな感じの不満を吐露しようと口を開いた途端にダイさんが喋り始めた。鼓膜どころか脳味噌までないんじゃあ……。
「ここで最初に戻る訳だ。『謂れ』の大切さ、人間の強さよ」




