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一章 人間使い Ⅴ



「色々な経験をしてきたんだな。お前の冷め加減も理解出来たような気がするぜ」


「お前の根底に存在する『声』を聴いた。『声』を聴けばどんな人間なのかもよく分かる」


 薄く白い幕が掛かった様なはっきりしない意識の中でおおよそそんな内容の言葉が聞こえる。起きているのかも怪しい感覚で、頭の片隅が何かに重く凭れ掛けられたみたいに痛む。


「両親が殺人者ね。んで他にも色々、か。人間の嫌な部分を幼少期から見続けたせいで上辺だけの付き合いをするようになった、と。仲間に見える人間も根っこからは信じられない」


「…………」


「妙に捻くれた野郎が一人いるな、でもコイツの『声』が一番多い。団扇の根っこだな……つかさっき骨折でうるさかったのコイツのせい?」


 そこのコメントは伏せさせて頂こう、アイツとは一緒にして貰いたくない。アイツは反面教師なのである。

 そんな風に間の抜けた気分のまま、耳を通り抜ける声を感じているといつの間にか自分が座っている事に気が付いた。


 何が起きたのか、自分自身を掻き集める。


「自転車を漕いでお前は何か見付けたのかよ、キリサキ」


 舌打ちしたい気分になった、どうにもなかなか不愉快にさせてくれる。


「……どうでもいいじゃねぇか、アンタには関係無いだろ」

 

 自分の声が痛む頭に鈍く響く……頭だけか?


「その話し方のがよっぽど良いぜ、何? 嫌がらせすればこうも分かり易く不機嫌になってくれんの?」


「どうでもいいし、だから関係無いって言ってんだろうが」


 冗談が過ぎたな、悪い悪い。と宥める言葉を会話の中に軽く流し、ダイさんは笑みを浮かべながらも引き締まった表情に切り替えていく。


「そうだな、関係無ぇな。たしかに俺はお前とはコンセントとイグアノドンくらい関係ないが、だからこそだ。だからこそ軽く会話を交わした程度の俺にお前自身の『声』を聴かせれば良い。お前の目線に立って物事を見る人間よりも、物事を見るお前の目線を見る人間が必要だ」


 ダイさんは注射器を取り出した例の胸のポケットへ再び手を忍ばせる。反射的に背筋が震えるが今はまあ置いておこう。


「今は、な」


 沸々と煮えた感情が湧いて、と思えば呆れたみたいに冷めてどうでも良くなってしまう。十の位を取られたお湯宛らの冷却ぶり、ダイさんに釣られて乾いた笑いを上げてしまいそう。お湯なのに。ちょっとよく分からない。


 目を閉じて、歯を軋ませ、息を吐く。


「俺は」


 転機なのだろうか。俺はこの人――この人を信用しちゃいない。でも言えない事は無い。

 何をされたかは分からなかったが、俺の事を今一番知っている(そりゃ得体が知れなさ過ぎて凄い気持ち悪いが)のだ。知ったのだ。ならば言おうか、誰よりも俺を知っていて、誰とも同様に確かにどうでもいいこの人に。


「書類の上や、言われたままなら両親は殺人鬼だ。人殺しだ。写真で見た顔だってそりゃ酷いモンだった。父親は人相悪いし」


 母親に至っては全部もれなく笑顔なのが腹立たしい。プリクラって。一人って。


「結局分からない、俺にこれだけ影響を与えたクセに、助けてくれなかったクセに」


 目を開き上げるとここにも人相が悪い方が一人。加えて腹立たしい笑顔で。端正だから良くも悪くも際立っている。


 成程、言えそうだ。





「俺は、そんなあの人たちが見てきた景色を見てみたい。世界は何色に染まっていたかを知りたい」





 言ってしまった。


「よく言った。勿論聴こえていたぜその思い。だけど思いを言葉にしたのが何より重要だ、責任が生まれるからな」


 ダイさんが銀色に、淀み無くどんよりと輝く物を多少弄ってから俺に手渡した。曲線的に機械的なこれをこうして目の前にするのは初めてで、右手で持つと意外と軽い。市販の模倣した玩具とは大差無い様に思えた。


「俺はこの方法を提供しよう、少なくともお前がお前の両親に近付ける。真人間からは遠ざかるだろうが」


 ダイさんが肩越しに親指で示すのは先程の男、小さくはあるが呻き声はまだ聞き取る事が出来る。彼の笑顔は変わらない、表情を見る限り悪魔でも飼っていそうだ。


「楽にしてやれ……いや、どうかね」


 死んだら地獄だとかブツクサ言ってるダイさんを尻目に俺は立ち上がって、多少痛む頭を揺らしながらダイさんが指差す先に歩みを進める。一歩、一歩。


 これは唆されたから俺は悪くない? 否、昔から悪いのは俺と、皆だ。だから悪くても全く構わない。強いて言えば両親だ。殺人鬼のサラブレッドなんてこさえやがって。


 機構に備わった黒く覗けば吸い込まれそうな穴を横たわるボロボロで死の淵に足を掛ける黒服の頭部へ向ける。定めた照準に震えもブレも無い。

 鼻だけで一息吐き、後ろに佇むダイさんを一瞥する。


「引き金を引くだけだ」


 それなら安心だ、拳銃なんて握るのも初めてですから。

 視線を戻し、指を掛ける。

 引き金を引いて、死に押し込むとはこれ如何に。






パン、パンッ






 その音を聞いた時、それはもうとんでもなく傲慢で高慢で途轍もなく無知で無恥な事かもしれないが。


 世界が回っていると、実感した。




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