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一章 人間使いⅡ

 

 やるなら相手の思考の外側を、見当も付かない様な行動で一矢を報いよ。俺を、『(しく)(がみ) (きり)(さき)』が居た事を誰かの記憶に残すのだ。

 強い決意と共にズボンに手を掛け、言い放つ。

「ただじゃ死なねぇ! 全裸になってや」「やめろクソボケ」

 

 天から降りて来る声と共にズボンを掴んでいた筈の右腕が関節の知らない方向に引っ張られ、中から弾けた。パキリ、小気味よく嫌な音が体内で響く、あぁ? 腕が外側に。痛い、


「が、があぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!? いっ、痛、オェェア! あ、あ、あい、痛い! あああ俺の右腕は折れやすいんだよぉぉ!?」


 絶叫しながら縦横無尽に転げ回る俺を尻目に、黒のスーツに紺のネクタイを締めた青年が髪を掻き毟りながら少女に近付いていく。


「骨折程度でうるせぇヤツだな、なんでこんなの生かしたんだよ……お嬢」


「……驚いた、煽ったら思いの外面白くなったね、水を吸ったワカメみたい」


「ワカメって面白いか?」


「ぎいぃあぁがが」


 痛い、痛い。気持ち悪い。胃から何かがせり上がってくる。全身が自身の青い汗で濡れる。右腕なんて何か汁が漏れているのじゃあないかと危惧するレベルで痛い。

 今度は赤いドレスの少女が突き刺す痛みを我慢する俺に向かって無表情に寄ってくる。


「あぁ、大丈夫、ほら、その人体の仕組みを無視した角度の右腕、意外と格好いいと思わせてくれる、よ?」


「何その気持ち悪い喋り方、普通に話せや」


 別に格好良さなど求めちゃあいない、オシャレとは身を挺するものではあるがこんな身の繕いならご勘弁願いたい所である。大体フォローになってない。嫌な汗がどうしようもなく溢れ出て来る。あとさっきからお二方の会話が噛み合ってない気がする。


「い、痛えぇ……ヴォェ」


「右腕が折れやすいとかいう割にはオーバーな反応じゃあねぇか? 何度も経験してると思ったが」



 スーツの青年が仰向けの状態でいる俺の傍で腰を下ろして顔を覗き込んでくる。目が合った顔は随分と整ったものであった。


「ふ、不意打ち……じゃ、ウゥア」


 第一、骨折の痛みの余りにそう叫んでしまったのだから、オーバーな反応とは……心外と言うか、お門違いと言うか。駄目だ血が上手く巡っている気がしない。


「突如として服を脱ごうとする野郎には丁度良いと思うんだが……」


 ……それを言われては今の俺には呻くことしか出来ない。俺は腕を折る事で身の振り方の重要さを改めて知ったのである。


 まぁ仕方ねえか、いかにも怠そうに低い声でそう呟いて髪を掻き毟ると俺の右腕を持ち上げ、目を細める。


 何をするのかと思ったその刹那――、


 よく分からない赤い液体で満たされた注射器を変色しつつある俺の右腕にブッ刺した!


「ひょっ、にょあああああああああああああああがががぎが」


「おい! うるせえよいい加減にしろ! ……見つかったらどうすんだ、面倒クセェ」


 世界が涙で滲む、こんなに痛かったのは小学生の頃に右腕を折られた上に踏まれた以来である。結局骨折なのかよ。あゝ夜空ってこんなにも綺麗……。


 と、頭を流れる風景に身を任せていたらいたら不思議な事に骨折の痛みは霧散していた。本当に違和感すらも何もなく生まれたままに。

 余り事態が呑み込めず幾度か辺りを見回した後に俺が青年の方に顔を向けると、俺に刺したよく分からない注射器を懐にしまう所だった。


「安心しろ、トマトジュースだ」


 どう安心しろというのか。最早何をどう返せばいいのか分からない。何だろう、俺って会話下手だったっけ?


「ダイはお茶目。今注射したのは私の血。安心して、無添加だから」


 だからどう安心しろというのか。血液型とかヤバいだろそれ。血液が凝固したらどうするの? 俺AB型だよ?


「……ええと」


 とりあえず何か喋ろうと思い口を開こうとするが、そんな俺の心内を察したのか青年の言葉が差し込まれる。


「大丈夫だ、死ぬ奴は三秒で死ぬからよ、お前は大丈夫だ。大体人間は体に塩水流したって生きられんだ、トマトジュースくらい余裕だろ。リコピンたっぷり」


「ダイ、あれはトマトジュースだったの?」


「いや、お嬢の血だ」


 なんだこのやり取り。

 真顔の二人は立ち上がり様にそんな会話を交わす。気の抜けるやり取りの中で煙草の匂いが微かに鼻を抜ける。

 俺もいつまでも寝そべっている訳にはいかない、のかもしれない。少なくとも骨折の話題は終わった様だ。


 特に違和感の無い右手をグー、パー、開閉した後に体を起こす。少し眩んだ視界を下に向けると、上から青年の声が降ってきた。


「名前は?」


 コンクリートの上で固まった体に気を入れ、俺はすぐに立ち上がる。彼の顔は笑みを浮かべてはいるが、俺はどことなく落ち着かない。あとその表情が凄いカッコいい。


「『(しく)(がみ)(きり)(さき)』……です」


「シクガミキリサキ、ね。気を張る必要は無いぞキリサキ、俺にもお嬢にも敬語の必要は無ぇ」


 そう言われてもこの人には反射で敬語が出てしまいそうな雰囲気が、風格がある。見た目で青年と形容出来るあたり、高校生の俺よりかは年上だろう。生きてきてあまり礼儀に気を遣った覚えは無いが、それでも配慮してしまう程に彼には威厳の様なものがあった。


 ……腕を折られたのもあるかもしれない。


「私はアカネという」


 表情を変えずにアカネは言う。

 ……十七年間今まで自己紹介してきたが、随分とすぐ終わった気がする。大抵は「どんな文字を書くの?」とか「どこからが名前?」なんて事も時々訊かれたりするのだ。アカネはともかく、確かダイと呼ばれていた、彼はあまり拘らない人なのだろうか。それとも――、

 すぐ殺してしまうのだから必要無い、という事だろうか。


「ダイ……さんで良いん、スか?」


「ん? ああ、あぁ良いよそれで、なんか中途半端な感じだなその話し方も」


 それは堪忍して貰いたい、俺もこんな喋り方は初めてだ。出来れば敬語の方がいい。

 愛想笑いを浮かべながら俺は質問を続ける。どう進めるべきか、この人たちに太刀打ち出来ないのは身に沁みてよく分かった。可能なのは言葉を交える事だけ……ならば、なるべく当たり障りの無い辺りから――、


 あわよくば彼らはいったい何なのかまで。逃げ切る所まで。


「失礼だとは思うんスけど……、年齢とか……を。敬語の必要は無いっていってもやっぱり気になる所で」


 何とも尻すぼみな感じ、本心が若干入り混じってしまったからだろうか。まぁそれは仕方無い、としてほしい。

 アカネは十四歳、ダイさんは二十歳位と見た。


「ふむ、年齢ねぇ」


「私は二百歳くらい」


「……は?」


 抑揚の無い声を聞いた俺は、自身のヘラヘラした笑い顔が引き攣っていくのが分かる。


「俺は七歳くらいだな」


 今度は声も出ない。


「ってか随分遠回りだなぁキリサキ、そんな事じゃあないだろう? 訊きたい事は、聞きたい言葉は。ゆっくり話そうぜ、俺もお前に興味が湧いてんだ」


 下唇を噛むと、酷く乾燥しているのが分かった。





「俺らは人間じゃあ無ぇ、化け物だ。『不死』の化現と、その眷属だ」





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