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2/15

prologue




 ――これは自転車で家出を敢行していた少年が銃声を聴く少し前の廃工場内。人がいるならばそこには必ず視点がある。


 「おいおい」


 「動くな」


 俺は両手を肩の上、顔の真横まで上げるこのポーズは俗に言う降参の目印、論じるまでも無く俺も今述べた様な意味を込めてこの体勢を取っている。

 何故か、それは暗さの中でも黒く輝く銃口や色々な凶器を向けられちゃっているからである。


「おいおいおいおい、心豊かで優男な俺様だってこの冗談は笑ってやれねえぞ」


「動くな」

 

 いやいやホント、それは良くない。駄目。

 簡潔に言えば、囲まれている。簡潔に言わずともその六文字で事足りるのに変わりは無いのだけども。


 さて、この状況を詳細に刻んでいくのであれば俺を囲んでいるのは視界に入る分で三人、後ろとかに恐らく六人。見えている三人だけに限って言えば服装は定番すぎて寧ろ怪しい黒スーツにサングラス、髪形も坊主で統一されている、しかしながら一つだけ、十中八九こちらを目標として定めている武器の種類だけが違う。右から日本刀、拳銃、日本刀(前者とは長さとか違う、見立てでは短く感じる)といった風に。武器で差異化されてしまう個性なぞどうにも血生臭い感じがしてどうにも嫌なのだが


「なあ、もっと」


「動くな」


 どうやらヤツらの耳はグラサンを掛ける為の補助具でしかないらしい。溜め息を吐き、辺りの雰囲気を窺う事にする。

 しかしこの廃工場、内も寂れた外観から予測できる程に何も無い。強いて言えば端の方に硝子が散ってはいる位だ。加えて人気も無い。だから一晩程度身を隠すのに最適だろうからと特に根拠も無いクセに、夜を越す程度大丈夫じゃあないかなんて思った俺は果てしなく駄目だったのだとこの状況で痛感させられる。そして思うのだ。俺が成層圏クラスの馬鹿だったと。もっと連れの話を聴いとくべきやったと。


 …………連れ?


「おーい、お嬢? どこにいった?」


「動くな」


 そろそろ本格的にうるさい。さっきからスルーしていたがこの一休共本気で鬱陶しい。一つの単語のリピートしか出来ないのか。一休の癖に馬鹿なのかと言ってやりたい。一休って誰だっけ。


 まあそんな個人的な気持ちの昂りはさて置くとしても、最低限のコミュニケーションを取らなくては、と思う。それは例え銃口を突き付けあう中でも、寧ろそうであるなら尚更に重要だ。それは俺に限った個人の考え、自覚無しに結果が伴う事にそこはかとない気持ちの悪さを感じるという、もはや我儘にも取れる考えに立脚されている。それとこれが今関係するかと他人には首を傾げられるだろうが、ヤツらが殺意の切っ先の目標を俺に定めている時点で俺の中でここに至るのは最早道理なのである。コイツらはそれを理解して意図的に避けている様受け取れるが、それは思案が過ぎるといった所だろうか。


 何にせよ、意思疎通を。俺はこの場で最も容易であろう方法、お互いの言葉を交わす事を試みる。


「おおい、てめぇらいい加げ」


 んにしろ、と続く筈の言葉は建物内で喧しく響く銃声に叩き掻き消される。実際は脳天に走った衝撃に舌が動くのを止めたから言葉が途切れたのだが、そんな事実を知るのはきっともほとんど俺だけで、傍らから見ていた他の奴らには初めに綴った一文の様に見えたのだろうと思う。

 世界が赤く染まり、なんというか後ろ髪を地面に引き込まれる感じで俺は仰向けに倒れた。






 畜生が。


 俺自身に何をされたかの理解、頭を目掛けた銃殺(紛い)の把握と共に頭の中で怒りを示す数々が羅列されていく。

 嗚呼もう駄目かなこいつら、救済の余地無しだわ。殺すのに決めた。んでその後煙草吸う。


 頭に昇った血は抉じ除けられた皮膚から流れてクールダウン……とは勿論いかない、比喩はあくまで比喩、足が無い腹でもすっかり立っている。

 足の平で地面を殴り付ける感覚で膝を立て、腹に力を込めて体を起こす。 そんな俺の動きを見ていた無愛想な黒服ラッキョウ頭共は歯軋りや身動ぎ等、初めて感情の様な物を露わにしていた。非凡の風格、踏んで来た場数に基づく自信やプライドはあっても、やはり単純に予想外だったからだと、俺は思う。


 そりゃあ人の形をした化け物なぞ初体験――いや、化け物童貞かは分からんが、少なくとも脳天に銃弾ぶち込まれても生きている『何か』と対峙するのは一度も体験した事は無いだろう。


 そしてそれは最後だ。今日が、この時間が。何もかもが。


「なっ……」

 

 人間のリアクションは『色々』という形容詞が付く程にはバリエーションに富んじゃいないだろうが、まあ二度も三度も四度も同じ反応を披露されるとどこか白々しさすら感じる。こうなると次に言いなさるのは恐らく「化け物」とかだろうな。


「……化け物ッ…………!」


 人間の感情を極限に近づけたのならばどうなるだろうか、どう形になるか。それが怒りの感情ならば俺は一つ、笑うという選択肢があるのではないかと考える。笑う、その行為にはその表現では足りない程の意味があり『逃避』もその種々に並ぶ。そして昂りを逃がす目当てで表面化する際には、いわば接地の様な役割を持つ。今、俺は笑っている。


「くはっ、上等だぜ」


 思わず声が漏れてしまう。良いね、悲しい程に笑えてくるよ。

……そんな事予想出来たって空しいだけだと理解してはいるのだが。




 んで、小言はここまでだ。心内にその意思を張り巡らせると同時に、主に前の二行で綴った思いを追い出し掻き消す。脳内が一色に統べられていく。

 俺が手を出す理由には、ぴったりだ。





「てめぇらよォ……仮にも人の形をした奴が両手揚げてんだぜ?」


 頭の中に指を突っ込んで、脳内の異物を取り出す為に穿り回しながら立ち上がる。今は人差指……中指までが何とか入り込んでいる状況だ。指に呼応して脳が蠢く度に鼻の横を生暖かい液体が滴り落ちていくのを感じる。痛覚が熱く刺激されるが、所詮そんなものである。


「それの頭蓋に向かってタマ打ち込むって何よ、誰だって怒れるわ」


 グジュグジュと水分を含んだ粘土を捏ね繰り回した時に出そうな音と共に血が跳ねて散り落ちる。中々弾丸が掘り出せない。

 不本意ではあるが、額に開いた弾痕の内部で指二本を上下左右に動かして少しながら穴を拡張し、弾丸を摘出する作業に親指も従事させる。


「俺だってこうヘラヘラしちゃいるが痛くない訳でもねェ……こうしてる今だって怒りに痛み苦しみの境地ってモンよ、んン? さてさて」


 お、やっと取れた。


 脳味噌に埋まっていた弾丸、何とも真っ赤な弾丸を人差し指と親指で摘まむ。なんともすっきりした気分だ。コイツにはちょっとした愛着すら湧いてくる。

 俺を囲む輩からは動揺が見て取れる、頬を伝う汗、苦そうな表情。それでも体勢に乱れが無い事から踏んだ場数が窺える。流石の一言ってやつだ。多少の上から目線であるけれども。


 そして、殺すけども。


 まず始めは。俺に手を出してきたアイツ、随分とデカい拳銃を構えた野郎にしよう。ヤツとの距離は目測7、8メーター位だろうか。黒服の集団の九人の中では俺との距離が一番近い。縁もあって丁度良いので目標にする。

 頬の痙攣から平静で無い事が測り取れるその男。俺は頭を少し下げ、同時に顎を僅かに突き上げてから意図的な笑顔で語り掛ける。


「文句言うんじゃねえぞ、等価交換だ」


 そう言い放った後で行ったのは実に単純な、誰でも理解出来る事だ。誰でも出来るかどうかは別にして、だが。

 拳銃坊主との距離を二、三歩で詰めて、そいつの額へ三本の指で掴んだ弾丸を圧し込んで、頭蓋骨の殻を突き破って、頭の真ん中に詰めてやった。詰めて殺った。人の頭部……ふむ、感覚としてはフランスパンの上位互換だと例えられるだろう。


「何かをするってのには同様の何かをされる覚悟が必要だ、殺すのなら死ぬ覚悟を、生きるならば死ぬ覚悟を、だ。もっともアンタは、ここにいるアンタらは俺なんかにに指南されるまでも無く理解しているだろうがね」


 指を引き抜くと、赤の奔流に混じって白い肉片が飛び出してきた。人間の脳は思うよりも白く、想像の範囲で柔らかい。それは柔らかくて、ひどく柔い。


 命の支えを失った体は、単なる物質として地に伏せていく。タンパク質、カルシウム、その他諸々の有機物にミネラル。

 何度も前にした経験同様、死の付く体になった黒服は自身がブチ撒けた脳漿と血溜まりへ、水気を多く含んだ音を立てながらコンクリートの床につく。


 倒れる際に外れたサングラスの奥は、天へ剥いていた。


「もう聴こえちゃいねぇか、じゃあな」


 形式としての手向けの言葉を拳銃の黒服に残して振り返る。力無く倒れた一人を尻目に、血に濡れた右手を空気で拭いながら。


 鼻で嗤う間も無く襲い来るのは鋭い音を纏った鉄の風、これ以上が無い程に組み合わさった二つの軌道が俺の動きを塞ぐ。さっきのヘッドショットといい、隙無く迫る×印といい尋常じゃあないであろう修練の賜物のオンパレードである。


「銀糸!」


だが、


「双閃!」


 足りない。絶滅的に、絶望的に足りないのだ。


 二本の刀で×印を作るという事は、単純な話先行する一本を止めさえすれば後ろも閊えて止まると容易に分かる。それは勿論人間には困難だ、故に対人においては素晴らしい技なのだろう。

 しかし俺はその限りで無い、なので素晴らしげも無く上から降りてくるこの刀撃を右手で軽く掴む。それで終わり。嗚呼、今日も幾人の寿命を縮めてしまった……。


 なんて。


 それで終わりの筈だったのだが。


「……っへぇ、伊達に名前が付いた技じゃないって事ね……」


 左肩から斜めに入ったもう一つが、骨に肉を切り裂いて腹の上部にまで達していた。どんなトリックかとまで理解が追い付かない、斬られたと思った時には血が噴き出し、懐に蹲る様な格好の男がいた。恐らく俺は攻撃『銀糸双閃』とやらを喰らって、ヤツらの思い通りに一杯喰わされたのだ。成程、確かに双閃。玉蜀黍の皮が剥がれるかの如く、左の肩を頭にした左半身が重力に沿って垂れていく。

 『足りない。』だなんて失敗すると随分恥ずかしい事を思っていた気がするが、口に出してないのでセーフ。


 取られた刀を握る者、振るった刀を握る者。双方が口角を上げて俺の表情を窺ってくる。手応えを感じたのだろう、僅かにサングラスの奥の瞳には気の緩みが感じ取れる。だから、


「それが油断ってヤツだよボケ!」


 俺を斬る際に踏み込んだ為、都合良く剥き出しだった腹に右の膝を入れる。そして日本刀を摘まんだ右手にも切っ先と平行になる様に、刀が折れない様に力を入れ、刀を握ったヤツが柄を離してしまう前に強引に刀ごと放り飛ばす。投げた方は何か言っていたがもう一人の発する奇音で正直聞き取れるモンじゃなかった。


「がへっ!?」


 空に浮いた身体からまるで潰れた様な声と、実際に何かが潰れた音が混じって聞こえてくる。同時に呼吸を求めて顎が浮き掛けたので、遠慮無く上前歯に向かって右の拳を打ち上げる。折れた歯が一本、赤く染まって拳に刺さっていた。微妙に残った歯茎がこれまた汚い。


「がぇっ……」


 そのまま振り抜いた右手で水面に浮かんでいる様に高い方へ向いた顔を掴み、床へと叩き付けてフィニッシュ。開かれた瞳が微かに上下した後、単位が変わった。


 どうやら人間の頭でもコンクリートにヒビを入れられるらしい。新しく出来た歪な溝に流れ行く血を細目で眺め、千切れない様に左肩を押さえてそんな事を考えていた。


「動くな」


 聞こえる様に舌を打ち、視線を這い上げる。予想通り、今まで積み上げたものに重ねて苛立ちを乗せてはみたが、ヤツらから向けられるものに差異は無い。加えてまた『動くな』、だそうだ。俺を家畜か何かだと思っているのだろうか。


 ……案外そうかもしれないな。


 体に食い込んだ刀を断たれても尚、何故だか動く左腕で取り除いてから、はっきりと、笑顔で言ってやる。


「あと七人位か? 来いよ、骨なら埋めてやるぜ」


 刀の刃である金属とコンクリートがぶつかって響いた意外にも心地良い音を号砲に、上から上から横から横から横から横から、そして更に上から。黒服を纏った男達七人が隙間一つ作らずに攻撃を仕掛けてくる。逃げる選択肢もあったろうが、頭を撃たれて、左半身が剥がれかけの今ならば。瀕死の今ならば。といった所であろうか、ヤツらの考えは。俺にとっては瀕死だなんてそんな事は到底無いのだが。


 ともあれヤツらは終わらせる気なのだ。ならば俺も出し惜しみはしない。早く終わらせてくれるとの事、答えぬ理由は無い。


 唾を飲み、呼び起こす。



「……『4D』ッ!」



 爆音が膨大な光量と倉庫内に炸裂した。一瞬で裂いて、焼いて消してゆく。


 一つ、戦闘が終了した合図である。


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