一章 四足使いと視界焼き Ⅳ
「ダイさんは」
「ん?」
風に紛れた淡い声、俺自身も聴き取れるのか定かでないその声をダイさんは何でもない様に拾う。聞き取られてしまったのでは仕方無い、仕方無くて不可抗力なのだから俺は先程から積み上げていた疑問をダイさんにぶつけてみる事にする。
「何の為に歩いてるんスか?」
「何の為、ねぇ」
ハッ、と笑ってからダイさんは髪を掻き揚げる。そして片目だけを細めて俺の目を射抜く様に、見透かした様に見詰めるのだ。
口元が意地悪く弧を描く。
「仲間を集める為だ。あと六人、お前を含めたらな」
「仲間……ですか」
視線を自分の足元へ落とすと、ジャージの裾が解れているのに気付いた。いつからかは知らないが、今認識した。
慣れない響きだ。仲間。慣れない馴れない成れない。今までの俺は為り得なかった響きだ。
今だって、分からない。
「俺はなぁキリサキ。アカネを人間にする為に『神』に喧嘩を売った」
「それは……」
『神』、か。成程、先程の『謂れ』の話題で掠った時の意味ありげな強調の理由はどうやらこの因縁からだと受け取れる。
「まるで歯が立たなかった。最強の俺が」
それって最強じゃないのでは、なんて口が抉れても言えない。
「負けたんスか」
「いや、『アイツ』は引き分けだとか抜かしやがった」
今の言い回し……少なくともダイさんはそうは思っていない。少なくとも歯を軋ませる彼の下の根っこの奥の先には、劣敗の酸が刻み込まれている様に思えるのだ。笑顔である事が変わらないのはイマイチ引っかかるのだが。
「確かに俺は死ななかった、腐っても『不死』の眷属だからな。その観点で言えば……まぁ引き分けなんだろうよ」
ダイさんは真顔に戻る。
「だからそんな俺を憐れむように『アイツ』は言った。『僕ら二人じゃあ戦っても決着は見えない。だから他の人に勝負を任せてみようよ、お互いが……そうだね、七人集めてさ』とな。気に喰わねぇ提案だったから反抗したら二百二十四回分の死を味わっ……どうしたキリサキ、変な顔して」
「い、いや、ダイさん。今アンタどうやって声を」
「あぁ?」
声真似だとかそんなレベルじゃない。ダイさんが思わず話を中断させてしまう程に俺が変な顔をしてしまった理由。それは恐らく『神』が言ったであろう台詞の部分が明らかに変声期を前にした少年のテナーボイスだったからである。普段の低い声とは途轍もなくかけ離れた声に。
「ああ、そういう。……ん、んー」
彼は喉を親指で軽く二回突くと息を吸って口を開く。
「『気持ち悪い表情にさらに拍車が掛かって最早(規制音)だわ、伝説の見世物小屋はここにあったのね』」
彼から発されたのは紛れも無くアカネの声そのもの。微妙な違いだって分からない程に完璧な上、規制音までやってのけた。そこらの録音よりも録音している。俺は今、猛烈に感動している。文化の神髄がここにある。
「す、すげえ……星が! 目の前に星がっ! 輝いてっ!」
「『神』との喧嘩の話題よりこっちかよ……」
「はい!」
「……そうか」
彼は俯いて眉間を抑える。いや仕方ないじゃない。すげぇんだもん。
「一応俺の特技だ。まあ覚えとけ」
「何か他にはないんスか、他には! 他にはッ!」
「ウゼェ……」
何コイツ解き放たれちゃってんの? こんな『声』聴いた覚えが無ぇんだけど? ダイさんはそう呟いて渋い顔で俺から目を逸らす。間違いない、これは自分語りのタイミングや。
「想像より現実に感動していたいんです。自分」
「なにそれキモいわ」
「真っ直ぐ育てられた子なんです。自分」
「殺人鬼の親に真っ直ぐ育てられるとか暗黒への一本道じゃねぇか」
「ブラックジョークッスよ」
「…………」
「HAHAHAHAHAHAHA」
「HAHAHAHAHAHAHA」
「調子乗ってんじゃねぇよ捏ねるぞテメェ」
「すいませんごめんなさいすいませんごめんません! 捏ね…………え?」
明らかに乗り気だったじゃないか、ひどいなあ。しかし何だろう『捏ねる』って凄い怖い響き。ちょっと洒落にならないのでおちょくるのはここで打ち止め。
不機嫌さを全面に押し出した目付きのダイさんは、区切りの意味での咳払いをした後に話を再開した。
「まぁ『神』にメタメタに殴り聞かされたもんだから仕方なくその『七人の仲間に決着を委ねる』提案を呑んだ訳だ。俺側が勝ったらアカネを人間にするって約束でな。少し脱線するが勿論仲間になったやつらにもこの『ちょっとした喧嘩』に参加する意味は大いにある」
ちょっとした喧嘩……? ちょっとした? ちょっとか?
「死んだら負け。勝ったら願いが叶う。分かり易いだろ」
「…………まぁ理解するのは」
で、その生死が関わった戦いの頭数に俺はなってんの? うわぁ、負けそう。
「墓は海が綺麗に見える所がいいなあ」
「俺に頼むんじゃねぇハゲ」
結構な勢いで腹にパンチを叩き込まれた。痛さと衝撃のあまりに呼吸が出来ず、俺は地面とキスをする。
「おぉ……ん」
「うるせぇ口が塞がって話がしやすいぜ」
悶絶する俺を尻目にダイさんは話を続ける。この程度はギャグ描写でしかないというのか、後十分は動ける気がしないのに。捏ねられるよりか遥かにマシだけど。
「邪魔が入って中々上手く進まなかったが、ここでようやく一人見付けられた」
「は……ぁ」
「お前には戦いのついでに色々手伝って貰うつもりだ。仲間集めとか」
意地の悪い笑顔でダイさんは言う。夜空を背景にして映ったその笑顔は随分な魅力を感じさせた。
ああ、めんどくさいなあ。
この後ネタ混じりに返事を渋った俺は、蹴りを二発喰らって涙目で頷くことになる。




