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第1話 「誓いなさい」

リュミエール:エルトリア国の魔法使いで、異能者たちの集団クローバーのシュバリエ。

金髪蒼穹の眼の少女。


乃木坂 祐一(祐):不幸な少年。

リュミエールに罵られたり、銃で脅されたりする薄幸な少年


アイオロス:天空と風を統治する霊獣『白銀なる瞬撃』を持つ、犬

「お前、死にたいの?」

 少年は、目の前の少女に、鈍く光る銀色の拳銃を胸に突きつけられていた。絶体絶命である。

 少女は、蒼穹を瞳に閉じ込めた蒼い瞳で、少年を睨み付け、そして感情の無い冷たい笑みを浮かべる。

「や、止めろ・・・」

「・・・ならば」

 金髪蒼穹の瞳が魅力的な少女は、僕にある言葉を言い放つ。

 その時、乃木坂祐一は、

 自分のお人好しを、

 その日、一日の行動を、

 人生を、

 この巡り合わせに、

 神を憎んだ。




 大きな港に、緩やかな山から海まで風力発電の風車が立ち並び、巨大な造船施設を持つこの霧崎市は、今日も雲ひとつない抜ける蒼穹が、なんとも気分を高揚させた。

 小高い丘の上に在るこの静かな住宅地も、朝の通学時ということもあって道路には学生達が多い。彼らは、そろそろ始まるゴールデンウィークに、どこか遊びに行こうなど思い思いに計画を練りながら、丘を下った所にある路面電車の停留所へと消えていく。

 そんな中、この住宅地でも家が大きく普通の家には無いドーム型の天文台を備えた家のある一室では、少年が既に八時を回ったというのにまだ夢の中で戯れていた。




 今年で15歳になる乃木坂祐一は、一般で言うところの引きこもりだった。

 学校は、いつも自主的に欠席続き。義務教育ばんじゃいといつも思っていた。

 そんな祐一の一日の行動は、起床朝9時(この時点で既に学校に行く気がない)、一人で遅い朝食を取り、向かう先は、この霧崎市で一番大きい図書館。閉館まで居座り、一日の大半をそこで過ごすのだった。

 普通なら「学校に行け」と親が怒るはずだが、祐一の場合はそうではなかった。

 父親は、幼い頃に。母親は、中学に上がる前には既に他界していた。身よりは無い。独り身だった。しかし、それを悲しんでグレるという事がない図太い神経が、救いだった。 いつもの通りに起きだした祐一は、いつもの行動パターンに合わせ、顔と歯を洗い、それからベーコンエッグをほお張り、身支度を始める。

 用意を終えた祐一は、図書館へ行くため、黒いショルダーバックを持って家を出る。

 数分後、祐一が戻ってきた。

「行ってきます。母さん」

 靴箱の上に置かれた母親の写真に、いつものように挨拶をして、また外へ出る。

 写真に写っている母親は、外国人であった。祐一は、ハーフなのである。

 母親は、イギリス人。写真の中の彼女は、若々しくて、人当たりがよい顔に、おっとりとした表情で祐一を抱きしめて笑っていた。

 祐一も、母親似て人当たりがよく、のんびり屋だった。

 母親のようにブロンドの髪に、緑の瞳なら確実にモテたのにと、いつも思うが、惜しいことに髪の色は日本人の父からの遺伝の黒髪だった。

 祐一は、父親の顔を見た記憶がない。それは、三歳頃に父親が他界したから仕方が無いことなのかもしれない。

 女で一つで、僕を育ててくれた母は、大学の教授と母親という二足の草鞋で、仕事と家事どちらに一方偏ることがなかった。祐一は、そんな母が好きだった。そして、負担を軽く出来るようにと、家事洗濯を自然に覚えて行った。

 その母も、僕が中学に上がる前に、病気で逝ってしまった。末期ガンで、もう体がボロボロだったと、母の主治医はそう教えてくれた。息子に心配を掛けたくないと言って。

 一人になった祐一だが、近所の人たちが助けてくれたので、苦しくは無かった。

それに、近所の話し好きなオバサンが、親父と母親その馴れ初めを初めて語ってくれた

 おばさん曰く、天文学を志していた親父が世界各国の天文台が集中しているハワイ島マウナケア山の天文台に、留学していたときに学友だった母と恋に落ち、僕が生まれ、学生同士の結婚は双方の両親が許さなかったらしく、半ば駆け落ち状態で日本に帰ってきたと、感情を込めて語ってくれた。

 その話を聞いた後、僕は天文学に強く引き付けられてしまった。両親がどんな事をやっていたのかと、知りたくなったのだった。

 祐一が、図書館に毎日通うのも、それが目的。

 学校では、学ぶことが出来ない事でも、他市より蔵書数の桁が違う霧崎市立図書館の天文学コーナーならそれを可能とした家には、親父が使っていたドーム型の天文台があるから、図書館でそれ関連の本を借り毎晩、天空を望遠鏡で跋扈するのが、彼の唯一の趣味だった。

 祐一は、今日を待ち遠しかった。

 それは、毎月発売される月刊天文ガイドが図書館で見れるからだった。

 意気揚々と家を飛び出し、この霧崎市の顔と言っても過言ではない乗り物、一両編成の路面電車の停留所へ、丘を下る。

 この路面電車は、地方の路面電車で使われなくなった車両を買い取り、それを修理して使っている。その徹底とした低コスト経営が功を奏し、乗車賃はたったの100円で始発から、終点まで何処までいけるという便利な交通機関だった。

 また、この路面電車は、日本で初の外側を丸々広告とした会社が運営していて、そのカラフルな色や、広告の美しさが、道行く人々、車に乗った人を引き付ける。

 停留所で、数分待っていた祐一の前に、黒い炭酸飲料水の赤い広告が何とも目立つ車両が止まる。車内も、その広告で埋められ、人々にそのジュースを飲むようにと命令しているかのようにとても飲みたくなる広告だった。

 車内は、床に木の板が敷き詰められ、前から後ろまで一直線に配置された長いソファーのような座席が左右に2つ。乗客は、お互いの顔が見えるように面と向き合って座る。

(うわ、今日は混んでるなぁ〜)

 車内は、老人に子供連れの親子で座席は、埋まっていた。いつもなら空いていて、終点にある図書館までぐっすりと睡眠を取るはずだった祐一は、大人しくつり革につかまり動き出した電車に揺られた。

 (・・・お)

 ふと祐一の目に、1メートルほど前の座席にちょこんと座った、車内でもひときわ目立つ少女に目が留まる。

 少女は、11〜12歳ほどの背丈で、腰まで伸びた金髪に、今日の空の様に抜ける蒼穹を、閉じ込めたかのように蒼い瞳が、身を包んでいる蒼いワンピースをより一層引き立たせていた。その整った顔立ちに、真っ白い肌が、少女が日本人ではないと語ってた。

 その容姿は、可愛い少女だった。しかし、幼さの中にどこかしら高貴な雰囲気を、その小さい体に持っていた。

 祐一は、今の時期多い観光客だろうと思った。

 次に視線が、少女の席の前で、時より起こる激しい横揺れに、よろ付きながらも、つり革を握って耐えるお婆さんに意識が行った。

 危ないなと、祐一は思った。

「ねぇ、席譲ってあげたら?」

 お人好しと人から言われる祐一は、何の躊躇も無く性格に従った。

 横揺れの車内を、公園などによくある雲梯を進む要領で、つり革とつり革を掴み渡る。そして、お婆さんを尻目に景色を見入る少女へ声を掛けた。

(ぁ、英語のほうが良かったかな・・・)

 突然話しかけた、ジーパンにTシャツ姿、肩から黒いショルダーバックをからった黒髪の少年を、きょとんとした目で見る。

 その様子に、日本語が分からないのかなと思った。

 祐一は、英語で言い換えようとした。母親が、イギリス人である祐一は、英語は得意だった。

 その時、強い視線を感じた。

 少女が、その蒼い瞳で僕を睨んでいた。それも、かなりキツく。しかも、無表情で。

 さっきまでの、可愛い少女は何処へ行ったのか。その姿から、黒いオーラが出ていた

「うるさい!」

 しばらく祐一をじっと睨んだ少女は、そう日本語で返すと、座席から立ち上がりムスッとした表情を浮かべ、その金髪を靡かせながら、ズンズンと人を掻き分け、最寄の停留所へ降りていった。

 車内の空気が、なんとも気まずかった。

「何だよ、あれ・・・」

 折角空いたのだからと、お婆さんを座らせる。

(何か悪いことした?つか、あそこまで睨らまなくても・・・)

 横揺れが、徐々に少なくなっていく車内で、祐一は自問自答していた。

 その日。

 その日の行動が、僕の運命を狂わすなんて、その時は思うわけが無かった。




 風力発電の風車が潮風に己の体を任せ、日夜休まず電気を作っている海岸の側に霧崎市の図書館は建っていた。建物はゴシック様式の教会を改築したようだった。

 この図書館の歴史は古く、西洋と東洋の文化が密接に交わっていた時代まで遡る。元々は、異端として国を追われた異教の人たちが、この地で信仰の場を設けるために建設した教会なのだが、最近新しく新築された教会に皆移り、そのまま取り壊される筈であったが、住民の反対運動によって、今の姿に至る。蔵書は、他の街よりも桁が2つほど違うと、玄関ロビーに陳列されたパンフレットで眺めたことがある。

 「んー。粘ったなぁ」

 出入り口の自働ドアが開き、祐一が出てきた。

 あの後、祐一は自問自答を脳内から叩き出し、予定通り図書館へと来ていた。

 そして、目的の雑誌を、最初から最後の望遠鏡関連の広告までじっくりと、一字一句見落とすことなく堪能した。

 その足で、停留所まで進む。夕日のに、風力発電の真っ白い体が、街全体が紅蓮に染まっていた。

 祐一は、人っ子一人姿を現さない停留所で電車を待った。

 10分後。

「あれ?遅いなぁ」

 霧崎市の路面電車は、夜を除き本数が多くある。そのため、10分でも待てば確実に電車に乗れる。しかし、まだ電車は姿を見せない。

 祐一は、もうちょっとしたら来るだろうと、待つことにした。

 20分後。まだ、待った。

 そして、30分経過した。

「って、何で電車が来ないんだよ!」

 祐一は、自分ひとりだけしか居ない停留所で叫んだ。誰も答える人が居ない。独り言だった。

 その時ふと、電車の時刻表が目に留まった。そこには、夜の時刻表と路線図が掲示されていた。

「・・・ん?」

 いつもとは違う、小さい1枚の白い紙が、気になった祐一は、近くまで寄る。

それは、時刻表の端に、申し訳なさそうに張ってあった。

<本日は、日没より白夢が発生する為、夕方の便は運休致します。何卒ご了承ください> その文章を、祐一は目を見開いて直視した。何度も。

 そして、電車が来ない理由を悟り、自分の運の無さを恨んだ。

 電車が来ないならタクシーで帰ろうと、ショルダーバックからサイフを取り出した祐一は、中身を取り出し三千円あることを確認する。

 夕日が、母なる海原にその身を溶かし、昼の世界が終わり、やがて漆黒の世界が踊りだそうと浮き足立っているその時だった。海に聳える一本足の風車を優しく包み、その羽を緩やかに回していた風は三千円を片手に持って、お金を数えている祐一を見つける。そして狙い済まして会心の一撃を、その手に叩きつける。

 それは、3千円諸共。

 突如として、海側から吹いた突風は、今月最後の軍資金となった祐一の三千円を遥か上空に、祐一のサイフを名残惜しそうに見つめながらも虚空に消えて行く。グッバイ3千円。

 紅蓮に燃える停留所に、ガクッと膝を付いて倒れこむ人影が見えた。

「風のくそったれー!!」

 そして、海に向けて叫んだ。

 悪いことは、続く。

 一度あることは二度ある。

 帰る手立てとして残ったのは、自分の足だった。

 仕方なく、トボトボと海岸線を徒歩で帰宅の途に着く。

 しばらく歩いた時、祐一は目の前が霞んでいることに気がつく。

 それは、刻一刻と膨らみ祐一の視界を奪った。

 白夢が起こったのだった。

 『白夢』それは、霧崎市の独特の気候である濃霧を言い表している。原理は不明なれど時折、濃い霧が発生し、街を飲み込むのだった。

 霧崎市では、白夢が発生する前に、全ての公共交通機関がストップするため、それに合わせ学校も会社も早く終わる。

 車などの運転も事故防止に、交通規制されるため街の機能が一時的に止まるのだった。 あの時、タクシーで帰ってたとしても帰り着けなかっただろう。

 そして、祐一は、その白夢に取り込まれた。

 既に視界は、殆んどなかった。

(もう、嫌・・・)

 心の中で、そう嘆いた。

 一度あることは二度ある。

 祐一は、白夢の中へ消えていくのだった。




 白夢によって、視界を殆んど奪われ、石橋を叩いて渡るように慎重に前に、自宅へと進んでいた。あまり視界が無いが、祐一は帰れる自信があった。もし、迷ったら交番に助けを求めればいいかと軽く思っていた。しかし、さすがにここまで見えないと、祐一の自信も音を立てて崩れていった。

「ま、迷った・・・」

 自分の街で迷うとは、恥ずかしいと祐一は思った。

 その時、突然、祐一を覆っていた白夢の霧が晴れた。

 そこは、西洋風の建築様式で建てられた洋館が立ち並ぶ場所だった。祐一はその場所の細い路地に居た。

 その地区は、人が生活している気配が全く感じない、静かな所だった。

 黒いアスファルトで舗装されている道路が、普通の時代の筈なのに、道は未舗装だった。こういう豪勢な洋館が立つ並ぶ場所なら、車の往来が激しい筈なのに、奇妙なことにその道には、車が通った後は勿論、人が通った後さえ無い。

「こんな所、あったかなぁ?」

 祐一は、突然目の前に現れた今居る場所を、知りうる限りの霧崎市の情報と照らし合わせる。

 そして、ふとあるCMが浮かんだ。それは、今度、昭和の時代を背景に、霧崎市を舞台にした、戦争で生き別れになった兄弟の悲しいお話というやつだった。

 祐一は、自分がドラマのセットに迷い込んだのだと思った。それなら、生活観の感じられない洋館に、人や車の往来の後が無い、未舗装の道路も理由が付くと。そして、セットなら近くに撮影スタッフがいるだろうから、大通りへ出る道を教えてもらおうと、沈みかけていた気持ちを引き締め、更に奥へと入っていった。

 ―――。

 何かが、居る気配。動物ではない何か。

「・・・・・・」

 足が地面に張り付き、金縛りにあったようだった。

 固まったまま、後ろの物音らしい音源に耳を傾ける。

 確かに、ズルズルと布をするような音が聞こえた。

 祐一は、撮影スタッフの誰かと思い、後ろを振り返ろうとするが、その引きずる音に、その考えを改めなければならなかった。

 音が、すぐ後ろで止まったように聞こえた。

 冷や汗が、額に浮かぶ。

 このままじゃぁ、埒が明かない。ようし、見てやれ。と、ゆっくりと体を後ろに向けた。しかし、物音の正体までは分らなかったが、数十メートル先に黒い何かが居た。

 その姿に、体が、硬直した。

 訳の分らん場所に迷い込んで、しかも変な状況に追いやられた祐一の頭は、その緊張による圧迫で、頭がグルグルと回り混乱する。

 刹那。

 どさっという音がした。

 その音に、びくっと背筋が凍る。

 さっきまで居た、黒い何かが地面に倒れこんだように見えた。

 その姿を、硬直した状態でじっと見ていた祐一は、それが段々と人のシルエットに見え出す。

(ひ、人!?)

 その人らしい、モノは身動き一つしていない。

(もし、人で、大変な事態になってるなら助けないと・・・)

 祐一の性格、お人よしが体の硬直を溶かし、その人らしいモノへ足を一歩また一歩と歩かせる。

 朝、そのお人よしで金髪で蒼い瞳の少女に睨みつけられた事も忘れて。

 でも、見過ごすことできないじゃないか。そう、心から脅える自分をたたき出す。

「・・・あ、あのぅ。だ、大丈夫ですか?どこか怪我とかしてるんですか?」

 そのモノは、人だった。

 丈の長い黒いコートに身を包み、大きなフードを目深にかぶった人は、レンガ作りの路地の壁に背中を預け倒れこんでいた。

(行き倒れ?)

 こんな時代で行き倒れなんて、ありえないよなと祐一は思った。

 そして、より近い場所まで、その者の側に近づく。

 調度、その人が、膝を抱え倒れこんでいる場所の正面に膝を突く。

 息遣いが聞こえ、死体では無いということを教える。

「大丈夫ですか?救急車とか要りますか」

「ん・・・・・・」

 短く反応が返ってきた。

 取り合えず意識があるようである。

 その反応に、祐一は安堵した。

「大丈夫ですか?」

 祐一の声に反応するかのように、俯いていた顔が動く。そして。目の前に、あの瞳に僕が写った。

 その瞳は辺りは徐々に薄暗くなりつつあるのに、漆黒に負けることなく輝く、その美しい蒼穹の瞳を僕に向けた。

 頭上の、昼の世界が、漆黒の世界に抵抗する、藍色と赤黒い空。その藍色より鮮やかな蒼を知っていた。

 そう、その澄み渡る天空の色を宿した蒼穹の瞳の持ち主は、朝の電車の車内で出会った少女だった。電車で出会い、自分を睨みつけた、可愛い少女がここに居るという現実が、祐一に強い疑問を浮かばせた。

 それは当然だった。

「な、何で君が此処に?しかも、行きだ・・・」

ゾクッと身を突き刺す。

空気がさっきまでと違った。極寒の世界のような、それで居て無機質な寒さ。寒いより痛かった。そして、何かに強い圧迫されるような。

 その空気が、肺から血液へ入り、そして心臓へ、やがて体全体を。そして、命を誰かに握られている感覚に、漫画やアニメの世界で、人が人を殺すときに出す殺気そのモノじゃないかと祐一は、そう感じた。

その空気は、少女から発せられ、祐一を包む。

「お、お前は、朝に会った生意気なヤツっ!」

 ぼーっとした目で祐一を見ていた少女は、やがて意識がはっきりとするようになると自分の目の前にいる少年を睨んだ。

 でも、言葉使いは兎も角、綺麗な発音の日本語だった。

その抜ける様な蒼穹に、紅蓮の炎が揺らいだ。

 そして、何処から取り出したのか、大きな銀色の銃を僕の胸に突きつけた。

「な・・・」

「お前、お前、よくも、よくも、この私に恥を。しかも、民衆の眼前で掻かせてくれたわね。」

「ちょ、ちょっと待て。あれは、君が悪いんじゃないか!あの時、お婆さんに席を譲らなかったそっちが悪いと思うよ!!」

「るっさいわね!何にせよ私の国だと、ああやって人の前でどんな理由だろうと恥を掻かされたら、女王の名の下で処刑するのが決まりなのよ。だから、お前を、私を辱めた罪で今この場で処刑してあげるわ。断悪修善ね」

「どど、どこの国だよ!そ、そんな無茶苦茶な決まりが国ってのは!」

「エルトリア国よ」

「そんな国、聞いたことも、本で見たことも無いぞ。嘘言うな!」

「・・・下等人種のくせに。・・・下等人種のくせに要らぬ口が過ぎるわね。私を侮辱し、辱めしめてなお、我が母国まで、嘘呼ばわりして汚すなんて。許せないわ!楽に死なせてあげない、まずは手を消し飛ばして、次は足、その次は耳、最後は心臓を撃つわ。そして苦しんで死になさい!!」

 人を、下等人種呼ばわりした、少女は、更にぐっと強く銃を胸に押し付ける。

 その冷たさが、Tシャツから肌に伝わる。

 その衝撃は、鼓動のペースを急上昇させ、ドドドっと外にまで聞こえるのじゃないかと思うほどの音を上げ、この危機的状況を体に知らせる。

 逃げろと。

 このままでは、殺されると。

 額の冷や汗が、ぽたぽたと、土で出来た道へ吸い込まれる。

「たた、例えぼ、僕が君を侮辱したとしてもだ。そそ、そんなおもちゃで、脅しても無駄だよ。ここは日本だ、だから銃なんてあるわけが・・・」

 混乱する中、あることが頭に浮かんだ。銃社会の隣国と違い、日本はそこ等辺が厳しいという事実を。その筋の人たちなら隠し持っているんだろうけど、こんな少女が本物を持っているはずが無い!ってか、持ってることがおかしい。

 これは、単なる脅しで、玩具なんだから撃たないどころか、撃てないと祐一は思う。

 刹那。

 祐一の心を読んだかのように、少女の持つ銀の銃が炎吐き出す。銃弾は、細い金色の尾を引き、祐一の腰のすぐ脇を霞め、そのまま後ろのレンガの壁に吸い込まれていく。

 銃弾が空気の層に当たった衝撃で、祐一のTシャツが引き裂かれた。

 乾いた音が、路地の壁や、洋館の家々にぶち当たり、長い反響音が周囲に響き、祐一の耳を劈く。

 彼女の銃は、西部劇に登場する5〜8発銃弾を発射可能で、銃弾を入れ、発砲するごとに回転する弾倉、回転弾倉を持つリボルバータイプとは違い、映画の主人公がよく持っているベレッタという銃の大きさで、銃弾を発射する際に発生した力を利用し、自動的に銃弾を装填するオートマチックタイプの銃である。

 銃弾を発射するときに使用される火薬を使いきった、空の薬莢が排莢口から吐き出される。熱をまだ持ったままのそれは、祐一の頬に直撃して軽い火傷を負わせた。

「下等人種、これでもおもちゃと言い切れるかしら」

 銃口から白煙が立ち上る銃を壁に向けた少女は、ちょいちょいと指で後ろの壁を指差す。

 僕は、見た。

 少女が指を促さす場所を見た僕は、レンガ作りの壁に開いた大穴は、バスのタイヤと同じかそれ以上で。その穴は、鋭利な刃物でくり貫かれたか、其処だけ元々から無かったかのように、見事に綺麗さっぱり消滅していた。

(・・・嘘だろ?)

 愕然した。

 もしかして、火に油だった?

 僕は、奈落の底にずり落ちた様だった。

 死ぬぞ。

 逃げろ。

 絶体絶命の危機を体の全細胞が知らせる。しかし、この状態で逃げ出せるほど祐一の神経はタフでは無い。

 少女から、ドス黒いダークなオーラが漏れ出している。ニヤリと漆黒の笑みを浮かべ、僕を見た。そして、再び白く可憐な細い指が、引き金らしい部品にかかる。

「―っ。や、止めろ!あ、謝るから撃たないで」

 精一杯の命乞いだった。

 他に、100%確実に助かるセリフなんて今の状況じゃあ思いつくはず無い。

 その言葉にも、少女は反応を見せなかった。

 僕を見つめる蒼い瞳の目が、据わっていた。

 お前はここで終る。そう目が言っていた。

 それを見て、僕は駄目だ。と思った。

 僕は、ここで死ぬんだと。

 心臓が妙に静かになった。

 気の早い体が心より先に、この場から逃げ出す事に諦めたのだと感じた。

 祐一は、目と強くつぶり、顎の骨が砕けるかと思うほどの力で、ぐっと食いしばる。

 そして、覚悟した。

 その日が、終わり。僕には、明日が来ないことを悟る。

 その日が、人生の終わり。

 こんな場所で終る息子を産んでくれた母に懺悔した。

 こんなことなら、真面目に学校に行っていればよかったと悔やんだ。

「・・・お前、死にたくないのね。ならば」

 少女が、しばらく黙っていた口を開いた。

「ならば、お前の命に誓いなさい」

 僕の目を指差して、言った。

「私に撃たれて死ぬか、私、このクローバーのシュバリエ、リュミエールの下僕となるかを決めさせてあげる」 

 僕は、思った。

 一度あることは、二度どころか、三度かならずあるんだと。

 少女は、僕に、命を差し、下僕になれば許すと、何とも無茶苦茶な注文を付ける。二つに一つ。生きるか死ぬかの究極の選択だ。

「さぁ、下等人種よ。選びなさい」

 僕は、戸惑った。確かに、すぐ殺されることは無いだろうけど、命を差し出して下僕になれなんて、こんな幼い(銃を振り回してはいるが)少女の言葉に。

 しばらく考えた。深く。

「・・・っそい、おそい!そんなのぱぱっと決めちゃえばいいでしょう。3秒待ってあげる、その間に決めなさい。い〜ち」

 人が、人生で一度ある無いかの決断を決めかねているのに、この少女はそれを、たった3秒の猶予しか与えてくれなかった。

(そんな、3秒足らずで人生決めれたら苦労せんわ!)と、そんな事を口に出しているわけが無く、心の中で声を大にして叫んだ。

 しかし、選ぶのは決まっていた。誰しも死にたくないはずであるから。

「に〜。さ〜」

「わわ、分かったよ。下僕でも奴隷でも何でもなってやる!だから、殺さないで」

 僕は、言ってしまった。条件を飲むと。まるで、悪魔だと思った。魂と引き換えに願いを叶えるように。

「そう、いい子ね」

 にっこりと、微笑むリュミエール。さっきまで、ダークオーラが消え、光がその体から零れて見え、とても可愛らしかった。

「ん」

 少女が、銃を持ち替え、その握り、手のひらで包むグリップとよばれる場所を、祐一の口元突きつけた。そこには、薔薇と双葉のクローバーと思しき葉が絡みついた紋章が刻印されていた。

「え、何?」

「下等人種、ローズウインドとクローバーの紋章に、お前が今誓った証を示しなさい」

「証って?」

「紋章に接吻をしなさいということよ」

「せ、接吻!?」

「それが出来ないということは、アレかしら。ただ、命が欲しさに、適当に誓ったとでもいうの?言ったでしょ、お前は私に命を捧げ、所有物となったのよ。その時点で、死んでるのよ」

「う・・・」

 前言撤回。こいつ可愛くない。さっきまで輝いて見えた光が、だんだんダークに染まっているし。

 もし、ぽろっと変な事言ったら、命は無いんだろうな。

 諦めた祐一は、ぎこちない動きでその紋章へと口を軽く付けた。

 すると、祐一の周囲に見たことも無い、金色に輝く文字が円陣に浮かび上がり、螺旋を描くように文字が次々と宙へ浮き上がる。そして、それは祐一の体に纏わり、更に金色の光を激しく顕現する。暫くすると、文字が消え、リュミエールの拳銃に刻印された紋章が淡い光を出す。

「う、うわぁ」

「これで、契約は終ったわ。その魂が燃えつきて、消滅するまでクローバーのシュバリエ、このリュミエールに仕えなさい」

 淡く光りだした紋章を確認したリュミエールは、その銃をポケットへねじ込む。

「ぁ。聞きたいことがあるんだけど・・・」

「ところで、お前の名を教えなさい」

「・・・祐一。乃木坂祐一」

 無視された祐一は、リュミエールに、その答えをぶっきら棒に返した。

「漢字は、どんな字を書くの?下に書いてみなさい」

 土の道路を指差したリュミエールは、地面にフルネームを書くように要求する。

 そして、その字をじっと見た。

「・・・名前に『一』なんて生意気ね。ご主人様を差し置いて『一』の付く名なんて下僕に有るまじき名前ね。主人を馬鹿にしているわ・・・。そうね。お前、これから『一』を取って、祐と名乗りなさい。命令よ。他所でその名前以外を使ったら撃つからね。」

 でたらめだ。と僕は、心底そう思った。

「な、名前くらい、別にいいじゃないか」

 と、反論したとき、後悔した。

 だって、また銃を突きつけられてるから。しかも、今度は頭に。

「下僕の名前を、どうこうするのも主人の自由よ。それに、命令と言ったでしょ。祐は私の所有物なんだから、次に文句いったら、あの壁のように頭を吹き飛ばすわよ」

 もう、何も言い返せなかった。

 文句を言うイコール死という、方程式が生み出された。

「よろしくね、祐。私の下僕さん。」

 もう、どうにでもなれ。そう泣いた。

 そうして、その日。

 乃木坂祐一は、無理やり殺されて。

 乃木坂祐が、めでたく生まれた。



 

 空に、漆黒の世界が、星達が跋扈していた。辺りは、静寂に包まれている。祐達がいる場所は、とても長い路地だった。しかも、一本道のように感じられた。その異様さに、これはドラマのセットではないという結論に至った。間間に置かれた街灯が、リュミエールのぶち空けた穴を露にする。壁だけ穴を開けたように見えた。しかしそれは、壁どころかその向こう側、洋館まで同じ大きさの穴でくり貫いていた。自分の家が、そんな大きな穴が開いていたら、その住民が怒鳴り込むはずだが、誰一人居ない。それに、あの時リュミエールが発砲したときも、あんなにでっかい音が響いたのに、警察も人も誰も駆けつけて来なかった。

 祐は、命の危機から逃げ出し、冷えた頭でこの街を見渡した。

 ただ、長ったらしい先の見えない未舗装の道路と、人の気配が全くしない、電灯の明かりが見えない洋館群に、ゴーストタウンのようだと思った。こんな場所は、霧崎市じゃ考えられないと。

「さてと」

 リュミエールが、背中を預けていた壁から立ち上がり、黒いコートに付いた土埃を手出払う。祐も、それに続く。

 立ち上がったリュミエールは、自分と同い年の子供の平均に比ベると背の小さい祐よりも背が低く、胸の辺りまでだった。それに、見た目以上に幼く感じた。

「祐、この場所から、お前の家まで案内しなさい」

「分からない」

「え」

「こんな場所、来た事も聞いたことも無いよ」

「この場所がわかって、交差空間に居たんじゃないの」

「交差空間って何?ってか、出れる道を知ってるならこっちが教えて欲しいよ」

「役立たずな、下僕ね」

 ガックリと肩を落としたリュミエールが、そう呟いた。

「・・・無知な下等人種ならば、知らなくて当然ね。馬鹿な下僕を教育するのも主人の務めだわ。祐、よく聞きなさいよ、一度しか説明しないんだから。交差空間というのは、この世界と他の次元や、こことはまた違った世界が重なってしまった場所を言うの。あらゆる世界を同一時間軸を過去から未来へと進む直線の川と例えるなら、交差空間は、その川と川が重なってしまった所になるわ」

 ちんぷんかんぷんだった。

 交差空間?時間軸?それは、僕がよく見ている、エンタープライズという宇宙船で銀河を旅するSFドラマに出てきそうな用語だった。

「分かったかしら」

「ごめん、分かんないや」

「これだから下等人種は駄目ね。祐にも、分かりやすく言うとここは、異世界よ。正確に言うと、異世界と異世界の隙間のこと。時間軸が重なった場所によく構築されるのよ。そして、世界と世界の間にぽっかりと開いた空間に、色んな時間が混ざり込んで出来た場所が今いる所。『此処ではないが其処でもない場所』の事よ。分かったかしら?」

「・・・な、何となく」

「あら、ちゃんと理解できる頭は持ってるじゃない」

(失礼な奴だ)

 そう思った。

 交差空間という言葉を聴いて、少しこの奇妙な街が理解できた。

 つまりパラレルワールドか。と、妙なことにそう思えた。

「言っておくけど、パラレルワールドじゃないからね」

「い、今、僕が思ってたことを何故?」

「あの時、契約をしたでしょ。それで、私と祐の意識が重なった場所があるようね。ま、それはそれで、下僕がどんな事を考えてるか主人としてそれが分かるから便利ね。」

 最悪だ。考えていることが、分かるなんて・・・。

(じゃぁ、今ここでバカ!とかアホ!とか呟いたら、またあの銃で・・・)

 体がブルッと震えた

「まっ、そういうことね。馬鹿な考えは、捨てることだわ」

 そう言って、ニッコリと可愛らしい、無垢な笑顔を向ける。

(げ、読まれていた・・・)

 でも、笑っていれば可愛いのになぁと、そう思った。

「祐が言う、パラレルワールドは、時間軸の中を流れる細くて何本もある川のこと。何通りもある祐のいた世界の姿よ。他では祐は、女かもしれないし、全然名前も姿も違うれないし、大金持ちだったり、さっき私に殺されてるかもしれないし。こう言えば分かりやすいでしょ?時間軸の川は、こうしたパラレルワールドの川を一まとめにした、川の集合よ」

「な、なるほど」

 祐は、素直にリュミエール凄いと思った。

 聞いているときは、嘘を言ってるかのように聞こえて、また文句を言うと銃を振り回されるから大人くし理解したフリをしてたけど、リュミエールの言葉一つ一つは人に、それを理解させ、引き付ける力だあるかのようだった。

 そして、リュミエールの言う、自分があのとき殺されたかもしれない時間の流れじゃなくて、本当良かったと。心から喜んだ。

「祐が道を知らないなら歩くしかないわね」

 リュミエールが歩き出し、それに祐が続く。

「道分かるの?」

「分かるわけ無いじゃない!交差空間なんて迷宮と同じよ。迷ったら終わりよ。それに、ここに長時間居ると、元居た世界から、自分が存在した痕跡ごとゴッソリ消えるから、離れたちゃ駄目」

「そんな事早く言え」

「だって、能力者だと思ったんですもの」

ぷーっとリュミエールの頬が膨らみ、ふて腐れる。

「能力者って?」

「次から次へと、無能な下僕ね。まったく」

(・・・無能で悪かったな)

「私のような能力者は、あらゆる世界で異能とされる力を持つ人たちの事よ。魔法とか錬金術とか方術とかその他諸々ね。そういう人たちは、この空間に耐えれるから色々な世界を渡り歩けるのよ。この交差空間は、そういう人たちにとっては、ここは世界と世界をつなぐ橋のような役割なの」

「リュミエールのも魔法使いなの?」

「そうよ。私は、エルトリア国の魔法使いやその他の異能者達が集まって結成したクローバーメンバーで、シュバリエを名乗ることを許された魔法使いよ。シュバリエが主人なんだから祐も、胸を張りなさい」

「魔法とかって、現実離れしてる・・・」

「でも現実よ。受け止めなさい。夢だと思うなら、確かめてみる?」

 祐は、ポケットからあの銃を取り出したリュミエールを見て、全力で断った。

 そして、その話が現実だと頭に叩き込んだ(半ば強制的に)。

 歩き始めてから随分と経った。

 一向に、出口らしき物すら見えない。それどころか、レンガ作りの壁に、似たような洋館が立ち並ぶ道が、さっきからずっと続いていた。

 祐は、リュミエールの言うとおり、迷宮だと思った。

「あ・・・」

「あぁぁもう!出口が無いじゃない!!もう、嫌っ」

 何時まで歩けばいいのかと、聞こうとした矢先に、リュミエールがキレた。

 そして、地べたに座り込んだ。

「ちょ、ちょっと。早く出ないと僕の存在が、零れ落ちるんだろ」

「だって、出口が無いんだもん。私は、消えないから平気だわ」

「ちょ、ちょっと、僕はどうなるんだよ」

 それは、ある意味、僕の人生そこで終了を告げていた。あの時、撃たれていたほうが幸せだったのだろうかと。ムッとした表情で座り込んだ、少女を宥めつつ、そう悩んだ。

「此処におったか。リュミエールよ」

 今、自分達が通ってきた道、後ろから声がした。ばっと振り返ると、そこに一匹の犬がいた。その犬は、リュミエールの肌の色にも劣らぬ長い白い毛に、片目が白銀の瞳で、もう片方が真っ赤に燃える紅蓮のような色を秘めたオッドアイが目立つ、犬だった。

「よかった。これで、ここから抜け出せるわ。見つけてくれてありがとうアイオロス」 アイオロスと呼ばれた犬は、座り込んだリュミエールの側まで寄り、その頭を彼女に対して下げた。

「発砲音辿って来た」

「・・・ちょ、ちょっと犬が喋ってる。い、犬が・・・」

 祐は、今の現実を飲み込めてなかった。

 それも、その筈。突然、目の前に人語を喋る犬が現れたら、まともな神経を持った人なら誰でも混乱する。

 祐も、その一人だった。

 この空間が、此処でもないが其処でもない場所と呼ばれる交差空間で、リュミエールが、魔法使いとか何かそんなモノの力を使える能力者ということ、ここに長時間長く居ると僕の存在が抜け落ちるという事までは、飲めた祐には、この犬の登場は頭をパンクさせようとしていた。

「アイオロスは犬じゃないわよ。あらゆる世界を構成している妖精や精霊の上に君臨する霊獣と呼ばれる異能者の一人なの。それに、天空と風を統治する王で、『白銀なる瞬撃』と呼ばれてて、私の故郷エルトリア国では畏れ慄かれるの。霊獣の姿を見れるなんて、お前のような下等人種だと一生掛かっても無理なんだから、この私に感謝しなさい」

「我が名は、アイオロスだ。貴様の名を我に示せ」

(い、犬に喋りかけられた・・・)

 混乱している祐には、それを答えれる図太い神経などこれっぽっちも無い。

「コレの名は、乃木坂祐よ。朝私に恥をかかせた下等人種でさっき、処刑してやる所だったのを、助けて下僕にしてやったのよ」

 コレ呼ばわりされた祐が、返答しきれないのに呆れたリュミエールが代わって答える。「まぁよい。そのうち漠然と理解するだろう」

「ところで、アイオロス。この交差空間は、普通じゃないわよね?」

「うむ。此処は、交差空間でも、特別な部類に入る。交差空間が時間の流れから漏れ、そして、それが溜まり再構築された空間だ。終末の空間とも呼ばれておる」

「だから出口の座標が掴めなかったのね。なら、出口はどこになるのかしら」

「この道の先に、出口は無い。だが、出れない事は無い」

 そう言って、アイオロスは空を見た。

「なるほど。下が駄目なら上という事ね」

リュミエールは、ちらっとまだ呆然と、今の会話が理解できていなく、ただ突っ立っている祐を見たそして、「まったく、使えない下僕ね」と呟き、手を引っ張る。

「ほら、ここから出るわよ。消えたくないでしょ」

「か、帰れるって。いったいどこから?」

「空から」

 リュミエールが、簡単にそう返した。

「そ、空からってどうやって、空まで上がるんだよ」

「アイオロスに乗って行くのよ」

 理解できなかった。

 こんな、大型犬の背中に乗って空を飛ぶ?無理だろ。と、自分がおかしくなったのかとそう思った。

「どうやって?」

「理解するより体験したほうが、下等人種には良さそうね。アイオロス!」

 リュミエールがそう告げると、アイオロスの周りに稲妻と風が吹き出す。そして、それが止むと、さっきまで居た普通の大型犬と同じ大きさだったアイオロスが今では、リュミエールの身長よりも、祐の身長よりも、大きくなっていた。それに、2メートル近くまで、大きくなったアイオロスの姿は、存在の大きさを具現化しており、リュミエールが、霊獣やら、『白銀なる瞬撃』と言ったのも何だか頷けるようだった。

「ほら、ぼさっとしないで乗りなさいよ」

 乗れと言われても、こんなにでっかいんじゃ、どうやって乗るんだよ。と、祐が戸惑っていると、リュミエールが手を出し祐の手を掴む。そして、その白くて細い華奢な腕に、何処にそんな力があるのかと驚愕する程の力で、ぐいっとアイオロスの背中に引っ張り上げられる。

 リュミエールの手は小さくて、まるでお湯ように熱く、それでいて耳たぶのように柔らかくてふわっと優しく祐の手を包む。そして、スベスベとした感触がその柔らかさをより一層強調していた。

 リュミエールは、祐をアイオロスの背に乗せると、転げ落ちないようにと、バイクを二人乗りする要領で、腰に手を回すようと言った。そして、準備が出来た事をアイオロスに告げる。

 刹那。

 強い風が、地面から吹き上がり、アイオロスの巨体を遥か上空まで上っていく。上昇速度が、次第に速くなり、転げ落ちそうになった祐は、リュミエールの腰に回していた腕を思わず、更にぎゅっと握る。そして、よりリュミエールと密着した。

「根性無し」

 リュミエールからそう言われても、こればっかりは、どうにもならないと泣く。

 適度な高度まで上昇した、アイオロスは、それから前進する。前から強烈な風が、耐え難かった。

 その風が、リュミエールの漆黒のコートのフードに隠れていた彼女の長い髪を風の元に晒し、そして靡いた。その髪は、細くてシルクのようにきめ細かくて柔らかい。また、髪からとても甘い匂いが空気に混じって、祐の鼻を刺激する。それは香水のように香る匂いよりも、優しくて仄かに香った。彼女の使っているリンスの匂いだろうかと考えたが、その香りは、祐の心を癒す。

 ふと祐は、少女と今朝の電車で出会ったときに感じた高貴な雰囲気が、この香りで感じたのだと思い出した。

 上空は、満月だった。その明かりは、リュミエールの髪を照らし、金色の美しさをより引き立て、光り輝いた。月明かりと戯れる、リュミエールの姿に、祐の頭がぼーっとする。そしてドッキっと心臓が反応する。今のリュミエールは、さっきまで人を『下等人種』など罵っていた彼女とは比べ物にも出来ないほどである。

 祐は、自分の前にいる可愛い少女の姿に心を魅了され始めていた。それはジャブのようである。しばらく、彼女のお腹の前に組んだ腕から感じる体温の暖かさと柔らかい感触、そして美しい金髪から香る匂いは、もうジャブどころか右ストレートのクリティカルヒットだった。

 『引きこもり』の15歳の祐も、お年頃で、もうダウン寸前であった。突然、自分がリュミエールの容姿にぼーっとしていた事に気づき、頬をぼっと燃え上がらせた。

「祐、下を見なさい。これが、交差空間の姿、『此処でもないが其処でもない場所』よ」 促されて、下を見た祐は、それを見た。

 じっと直視したのは、奇妙な空間だった。

 さっきまで歩いていた、人気の無い洋館が佇む、レンガ作りの壁の長い道がずっと伸びてる。しかも、一本だけではなく何本も存在している。奇妙なのは、どこにも道と道が交差する、交差点が見当たらない。ただの真っ直ぐな道が続いてた。そして、その遥か先に空へ伸びる青白い壁のようなモノが、四方を囲んでいた。その空間は、まるで巨大な直方体だった。

「こ、これが、交差空間・・・」

 祐は、自分達がいる空間の異様さに驚愕する。

「分かった?」

「・・・何となくだけど」

 現実とかけ離れていたが、その経験は、自らの考えよりも優先され、現実として祐の脳に刻んだ。

 かなり上空まで上ったとき、アイオロスが宙に止まった。

「リュミエールよ。あれが出口だ」

「分かったわ」

 アイオロスの視線の先には、月があった。しかし、その月は、何となくだが作り物、壁に投影された映像のようだった。

 それは、天文学を志している祐にとっては簡単な事だった。何故なら、地球が自転しているので、月が一定の場所で留まるなんてありえないからである。今見ている月は、場所がまったく動いていなかった。

「祐、手を離しなさい」

 お腹に手を回し組んでいた祐の手を振りほどいたリュミエールは、アイオロスの背の上で立ち上がり、コートのポケットから銃を出し両手で構える。銀の銃が、月明かりでより鈍くその光沢を磨いた。

 そして、狙いを付け、引き金をゆっくりと引く。一発だけ。

 発砲音が祐の耳に劈き、空薬莢が偶然、祐の頬に当たりまた、火傷を負わした。

 金色の閃光が走った。月に、丸い穴が開いている。そして、激しい閃光と、轟音が轟き祐は、そこで意識を失った。

 



まだ幼い彼女は、リュミエール。

魔法使いで、金髪蒼穹の眼の少女。

そして、僕のご主人様。

奇妙な関係が、幕を開け、『リュミエール』という題目のギニョールを演じ始める。

( ゜∀゜)ノィョ―ゥ

ども、坂町若葉です。

読んでいただきありがとうございます。駆け出しなので妙な表現などありましたら教えていただくと有難いです。


タイトルの『リュミエール-光のギニョール』ですが、リュミエールは、金髪蒼穹の目の彼女の名前ですが、フランス語で『光』という意味です。

最初のイメージで、金髪の少女が浮かび、そこから光り輝く少女のイメージに繋がり、響きの綺麗な『Lumièreリュミエール』という名前を付けました。

また、これは、私自身が無類の映画好きということもあって、映画の生みの親リュミエール兄弟からも来ています。

 あと『ギニョール』は、人形劇という意味ですが、これはもう少し話が進めばわかるようになるでしょう。

 その由来は『グラン・ギニョール(Grand Guignol)』から来ています。

 これは、19世紀のフランスで流行った見世物小屋の『グラン・ギニョール劇場』を差しますが、人形劇自体を意味したり、そこで演じられた演目から荒唐無稽などの意味を表したりします。


 さて、次回ですが、次回は リュミエールが怒ったり悲しんだり、祐が死に掛けたりと罵り度満載です。

 お楽しみに。

では、ノシ

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