保健室のヘビーユーザー
何故か来てしまう場所、皆にもあるだろ?
理由は色々ある、
風が気持良いから、
落ち着けるから、
熱中出来るから、
人それぞれだと思う、俺は…………、
恋をしてるから。
今日も来てしまった、白を貴重とした部屋、何処の教室よりも澄んだ空気、俺みたいな奴らが主に使うベッド、そして、
目当ての先生、
先生に惚れたなんて馬鹿だろ、笑いたければ笑え、でも俺にとってはこれが初恋なんだよ。
始めてサボった時が出会いだった、サボり癖のある俺は保健室のヘビーユーザーと自負してる。
高校も折り返し地点の2年目、栄えある初日に俺は保健室にお世話になった、その時にいたのが初恋の人だ。
今年赴任になったばっかりの先生だから俺の事も知らない、俺はいつものように無言でベッドに横になった。
だけど先生はカーテンを開けて図々しく入って来やがった、俺は睨んだけど怯む事なく笑顔を振り撒く、そして笑顔を崩さずにベッドの端に座った。
「具合でも悪いの?」
水よりも透き通った高い声、太陽が暗く感じるくらい眩しい笑顔、真っ暗な闇より深い色をした髪の毛、全てに釘付けになった。
先生は俺の事を知らないから保健室の正利用者だと思ったらしい、もし仮に俺が正利用者だったら笑顔よりも不安な顔の方が適切だと思うんだけど。
「寝るからほっといてくれ」
「風邪でもひいちゃった?」
何でそんなに俺に気を使うんだよ、いくら新任だからってそれくらい分かるだろ、それともこの先生は保健室の利用方法を一つしか知らないとか。
「授業がつまんないからココにいる」
「具合は良いの?」
「健康だけが取り柄だからな」
「良かったぁ、元気なんだ」
何だこの先生は、俺はサボってるのにさっきより良い笑顔をしてる、普通なら追い返されるのに、この先生は何で笑ってるんだよ?
「なぁ、俺を帰さないのか?」
「何で帰さなきゃいけないの?」
「俺は授業をサボってるんだぞ」
「でも学校には来てるじゃない、学校に来れば良いのよ」
何だよこの先生は、何で俺を受け入れるんだよ?
教師はみんな俺の事を‘クズ’だの‘お荷物’だの、出来る限り俺の事をけなすのに、この先生は俺を受け入れた、しかも保健室でサボってるのに。
俺は何故かいにくくなって保健室を出ようとした、でもまたあの透き通るような声が俺の鼓膜を叩く。
「授業に戻るの?」
「帰る」
「ならダメ!」
先生は俺の手を掴んで制止する、相手は女だ、力なんていらずに振りほどける、でも何故かそれが出来ない。
それどころか顔が熱くなる、全ての神経が握られてる手に集中する、心臓がはしゃぎ過ぎてる。
俺はされるがままにベッドに押し付けられた、こんなの始めてだ、先生からサボるの率先されたなんて。
先生は俺をベッドに座らせると手を腰に付け、怒ってるのを演じる、だけど何故か眩しい、何だよこの感覚。
「帰るならサボりなさい」
「馬鹿じゃねぇの、そんな事ばっかりやってるとクビになるぞ」
「そう、ならクビになる前に貴方に学校の楽しさを教えてあげる」
先生は体をのりだして満面の笑で宣言する、俺はその時に確信した、この不思議な感覚は
恋なんだ。
それから俺は毎日保健室に行った、教室には出席と帰り、それだけしか行ってない。
それでも先生は何も言わない、そんな先生に俺は惹かれてた。
「由美子先生、何で俺を教師に突き出さないんだよ?由美子先生も俺の噂なんてしょっちゅう聞くだろ?」
俺はほぼ毎日のように生徒指導部に呼ばれてる、サボってる場所や理由、その他もろもろを聞かれる。
俺の中の設定は学校の外でサボって帰りの時間になると戻る、口が滑っても保健室にいるとは言えない、俺の唯一の居場所が奪われるから。
「唯哉君は校外でサボってるんでしょ?それなら私は先生達に突き出せないよ、何処にいるか分からないんだもん」
表情を変えずにプリントを作りながら言い放った、目頭が熱くなるのが分かった、でも人前では泣けないというくだらないプライドがそれを阻んだ。
俺は保健室に来て何をするでもなくひたすら先生だけを見続けてる、気持悪いと言われればそれまでだけど、たまに話したり、最近では保健室内の雑用までやらされてる。
でもそれが全くの苦痛にならない、むしろココにいる口実が欲しくてやることを探してるくらいだ。
保健室は外からは見えず、本来ノックしてから入るのが原則にある、保健室なんてプライバシーの塊みたいな場所だからな。
だから俺は今まで見付からずこれた、何故か先生はかくまってくれる。
最近は学校外でも電話とかで話す、学校では言えない事などを話し合ってる、俺は着実に先生に近付いていた。
でも、神様はってのがいるとしたら、俺は神様を殺したくなる出来事が起きた。
その日も学校が終わって一緒に帰った後だった、深夜近くに家にいると先生から電話がかかって来た。
俺からかける事はあっても、先生からかけてくるのは始めてで、軽く舞い上がってた。
「もしもし!由美子先生?」
「唯哉君、君は私のたった一人の生徒だよ」
「えっ?どういう‘プツッ’」
切れた、何だから意味深な言葉だけを残して。
今の言葉は俺にとっては嬉しい半面悲しかった、唯一の生徒という独占的な事は嬉しい、でも所詮生徒止まりという限界が悲しかった。
でも俺はあの一言に舞い上がって眠れない夜を過してた、いや、あの電話を待つために起こされてたのかもしれない。
こんな深夜にけたたましく鳴る非常識な携帯、ディスプレイには知らない市外局番からの電話、俺は何も疑う事なく携帯の通話ボタンを押して耳を近付けた、
奈落への電話だとは知らずに。
「遠藤唯哉さんですか?」
「そうですけど」
「こちら〇〇病院の者ですけど、飯田由美子さんが手首を切って自殺しました、もしよろしければ来て頂きたいのですが?」
自殺?
手首?
「はい、分かりました‘プツッ’」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
俺の平穏が音を発てて崩れていく、
俺の居場所が無くなってく、
俺の大切な人が薄らいでいく。
俺は心をつんざかれたような苦しみに襲われた、あの電話の意味がようやく理解出来た、
遺言だ。
俺は吹っ飛びそうな頭を抑えつけて家を飛び出した、寝てる親など全く気にもとめずに。
原付のエンジンをかけ、フルスロットルで走る、信号は何回無視したか分からない。
速く過ぎ去る世界のハズなのに止まって見える、走ってる途中にいくつの涙を置き去りにしたか分からない、どうやって病院まで来たのかも分からない、ただ一つだけ確かなものはある、
生きろと願う心。
俺は受け付けの人に部屋の番号を聞いた、受け付けの人は人の命に携わってるとは思えないほど事務的に言い放つ。
病院は薄暗くて静かだ、俺の走る足音とあがった息の音だけが聞こえる。
先生の病室の前も殺風景で唯一違うところがドアが開いてる、中には医者と看護師が一人ずついて何かをしてる。
俺はそいつらを気にしないで先生のベッドまで歩いて行った、まだ足しか見えない。
全身が見えた時、俺は再び絶望感に襲われる、身体中から伸びるコード、血色の悪い肌、そして包帯がグルグルに巻かれた左手首。
看護師が俺に気付いたらしく医者の肩を叩いた、医者は俺に近寄って確認をする。
「今日約束をしていた人が時間になっても来ないから、家に行ったら既にこの状態だったそうです」
「由美子さんは大丈夫なんですか?」
ココで俺が生徒だとバレるのは良くない事は俺でも分かる。
医者は俺の質問に斜め下を見て顔を濁した、泣きたい気分だよ。
「飯田さん次第です。それでは」
医者はそれだけ言うと病室を出た、個室だから今病室にいるのは俺と先生だけ、ピッピッという電子音だけが病室に鳴り響く。
先生はいつもの眩しさはない、どんな顔をしてても眩しい先生が闇に染まってる。
痛々しい手首を見てたら涙が出てきた、何で自殺なんてしたんだよ、あんだけ笑ってただろ。
頼むから俺の前から消えないでくれよ、俺には先生だけなんだよ。
「なぁ、脅かすつもりなんだろ?もう起きてるんだろ?由美子先生も冗談キツイよ、早く笑ってくれよ」
「……………………」
「由美子先生……………、由美子!起きろよ!好きなんだよ…………」
俺はそのままベッドに顔を埋めた、明日は学校サボろ、先生のいない学校なら行く意味ない。
朝起きると何故かポカポカした、何かかけられてる訳じゃない、頭に何かが当たってる、暖かくて撫でてる。
俺は分からないからそれを掴んだ、手?暖かくて柔らかい。
「おはよう、唯哉君」
俺は慌てて起きると目の前には上半身だけ起こした先生がいた、待ち望んだ先生の笑顔がそこにあった。
「由美子先生?」
「そうだよ。唯哉君が来てくれたんだ」
先生は笑ってる、先生の顔色はお世辞にも良いとは言えないけど、元気な事は確かだと思う、いつもの笑顔がそこにはある。
「唯哉君、学校は?」
「行くわけないじゃん、先生がいないなら行く理由は無いよ」
「先生の立場としては怒らなきゃいけないんだけど……、もう少しココにいて」
先生は震える手で俺の手を掴んで来た、俺はその手を両手で握りかえした。
手は冷えていて、始めて触った時より冷たい、顔を見るといつになく悲しい顔をしてる、こんな顔始めて見た。
「先生……」
「ココじゃ私は先生じゃないよ、由美子で良いわよ」
「由美子さん………」
「由美子!」
「…………ゆ、由美子、何でこんな事したんだよ?」
始めて面と向かって呼び捨てにした、一瞬笑顔になったけど、質問でまた暗くなった。
先生は俺と手を繋いだ手元を見てため息をついた、変な事を聞いてるのは分かってる、でもあの先生がこんな事をした理由が気になった。
「私は地元に彼氏がいたの、彼氏は私と一緒に上京してきてたまに会ってた。でも最近は彼氏への愛が薄れてきて、昨日別れをきりだしたの。そうしたら彼氏がキレちゃって、…………犯されちゃった。それで帰り際に言った言葉が『二番目のくせに生意気なんだよ』だって、私惨めになっちゃって、気付いたら手首を切ってた」
俺は自分で聞いときながら耳を塞ぎたくなった、耳を塞ぐ前に俺の目からは涙が流れ落ちた、人前にも関わらず泣いてる、俺って情けねぇな。
今の俺にはそれといってやってやれる事はない、でも先生の泣く所を作るくらいなら出来る。
俺は立ち上がって先生を抱き寄せた、先生はワッと泣き出した。
「由美子、俺でよければ力になるよ」
先生は何も言わずに声をあげて泣き続けた、肩を震わせて俺の背中手を回してくる、こんな弱った先生を見るのは始めてだ。
「唯哉君、ありがとう」
先生は離れて行った、目は真っ赤に腫れあがってる、顔は弱々しく衰弱してる。
空元気の笑顔で俺を見る、そこにあるのは太陽の笑顔じゃなくて、太陽の余力で輝いてる月だ、こんな弱々しい笑顔を見ると逆に悲しくなる。
「唯哉君に助けられてばっかりだな」
「そんな事ないよ」
「そんな事あるよ、唯哉君がいなかったらずっと二番目だったもん」
「どういうこと?」
先生は俺の顔を両手で挟んで、俺の唇に先生の唇を重ねた、柔らかい唇を触れる程度のキスだった。
先生の顔は真っ赤になってる、多分俺はもっと赤いんだろうな、心拍数が過去最高を記録してる。
先生は真っ赤な顔をして、上目使いで俺の事を見てくる、少し潤んでる。
「好きだよ」
――――――END――――――
最後まで読んで頂いてありがとうございます。シリアスな感じにしようと思ったんですが、最後の方はグダグダになってしまいました、すみません。感想・評価・アドバイス等を頂けると有り難いです。今後も暁をよろしくお願いします。