追憶の宝珠
季節は冬から春へ。
僕の子供は今月から小学生になる。部屋を一つ空けてやり、そこを与えた。
息子は飛び跳ねて喜んだが、整理整頓は大人の仕事。男の子ではあるがまだ危ない。
そんな笑顔を尻目に、僕は庭の物置へ向かう。もう何往復しただろうか。
過去の自分の思い出の代物から有用そうなものを探す。まだ大きい子供用の服も、すぐに成長して使えるようになってしまうのだろう。
子供の成長の早さは半端じゃない。そうして、ダンボールは幾つも空になった。
ボンッ
古いダンボールを奥から引っ張り出した時、ゴムが床に落ち鈍い音がした。
一度作業を中止してそれを拾ってみると、埃まみれではあったが元は綺麗な「スーパーボール」。記憶の何処か遠くの方で、見覚えのある気がする。
埃を振り払い、透き通った青い玉を見つめると、頭に大量の記憶が一気に流れ蘇ってきた。フラッシュバックの後、自然と瞼が閉じる―――
◆
約三十年前。
親父の手に連れられ、街を歩いているのは僕だ。歳は今の息子と同じくらいか。
ぽつんと佇む店の前まで来る。個人経営で、二階は住居だ。小さな玩具屋である。
店の扉の横にあるガラスケースが勝手に視界に入ってくると、僕はケースの中のものに強い興味を感じた。
これが、欲しい。
青いスーパーボールを父親にねだる。一度は拒否した父も、まだこの歳は全ての要求が通るものであり、結局買ってもらえる。
帰り道、僕の興味は全てそのボールに注がれていた。
その後数日間、ボールは僕の遊び相手となった。
この頃の“青”といえば男の子の証。他愛も無いこのボールが、無性に綺麗で格好良く感じられた。
このボールへの興味の波は、数日後にようやく治まる。
恒例ではあるが、次に探してみた時にはもうボールの行方は暗んでしまっていた。
また遊ぼうかと思い、何度も探すが見つからない。そんなことで泣いたくせに、その日の内に諦めた。
只、翌日はボールのことなど頭になく、別の玩具で遊ぶ。
宝物のことも、その宝物の為に流した涙さえ、それから何十年も思い出すことはなかった――
◆
瞼が開いた。三十年越しの涙が何時の間にかに零れ出していた。
今になって見つかるなんて、皮肉なものだ……。今は思い出の一つに過ぎないのに、懐かしくて堪らない。
「おとうさん、ないてるの……?」
声に気付いて振り向くと、息子が物置の入り口でこちらを不思議そうに見つめていた。僕は急いで涙を拭いてから、
「なぁに、泣いてなんかないよ」
と嘘をついて振舞った。その時、息子の視線が明らかにスーパーボールに向いているのだ。
時代は変わっても、やっぱり男の子はこういうものが好きになる時期があるのだろう。
「欲しいか?」
そう尋ねてみると、彼は満面の笑みになって大きく首を縦に振った。
彼は昔の僕そっくりに大喜びし、古くても綺麗なスーパーボールを持って出て行った。今度の遊び相手は息子のようだ。
あの子が僕くらいまで大きくなったら、また同じ気持ちになってくれるはずだ。その時まで宝物が変わらないことはないだろうけど、何故か嬉しい。
先程まで泣いていたのに、僕は息子の背中を見て微笑んでいた。早速自分の部屋に持って行く様子から、すぐに宝物となりそうだ。
スーパーボールも、こんなに長く遊んでもらえて本望だろう。失くしたからこそ捨てずに済んだのかもしれない。
宝物を一つ失くした僕には、もう見つけている宝物がある。
今の僕の宝物は、子供だ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
テーマをつけるとするならば『懐古』(ノスタルジア)です。
他のサイトに載せていたものですが、このような小説投稿サイトへの投稿は始めてです。慣れない部分も多いので、誤字・脱字等があったらすみません!
珍しくほのぼの系になりました。テーマは毎回つけていこうと考えています。
こんな短編を書いておきながら、私は学生です。