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7.  再任の儀   第五の騎士 イヴォールフ



「次に、騎士団第五騎士デルト・レドロス。私が与えし名は、我が騎士イヴォールフ。前へ」


 呼び声に応えて厳かかつ猛々しく足を踏み出したのは、灰色の緩く巻いた肩までの髪と、褐色の瞳の老騎士。その頭には流行(はやり)の茶色の帽子を深めに被り、さらにその身の衣装も若者の流行を取り入れた赤茶の派手な異国のもの。

 普段は好々爺然とした穏やかな翁だが、その真実はかつて激竜と渾名(あだな)された古き猛者。

 ゆっくりと、帽子を横に置き跪く。


「姫様」


 いつもよりも幾分低いその声は、彼の忠誠の深さが目に見えるほど真摯さを湛えていた。


「その名の意味は、イヴォール・オールフ〈赦しの山〉。貴方が私に授ける言葉は何ですか」

「生きる事、それすなわち(ゆる)す事と、我は見出したり」


 その言葉を受け、ラティフィーンはしっかりと頷いた。すると厳しかった相好(そうごう)を崩して、彼は言う。

「……五十年も、かかってしもうたですがの」



 彼の父は、ランサルンアの北の地方の一角を治める領主貴族だった。

他の領主は踏ん反り返り税を搾り取ることしか考えないのに反して、父は領地の民の主な収入である名産品を作る職人集団を支え援助し、民の暮らしが安定し豊かになることに心を砕いた立派な人だった。

 

 しかしその父は、助けていたはずの職人集団に殺されることとなった。

 

 それは、父に付いて行っては遊んでいた隣地方の大領主貴族の子、ドルドアが下した命。

賄賂、恐喝、暴力にも恩ある領主を売ることはできないと耐えた職人達は、妻や子らを人質に取られ、他の全ての選択肢を失った。

 けれど、たった十三歳だった少年には、彼らの事情を聞いたところで、父を裏切り殺害した者を到底許すことはではなかった。

 幼き新領主は職人集団を領地から追放し、母や妹を館に残し王都へ出ると騎士となった。


 いつかドルドアの首を()ね父の墓石に捧げることを誓って。


 それから数年後、先代王の時代に、身を正さない悪領主狩りが行われた。現在では〝貴族戦争〟と言われる、そのはじまりに。イヴォールフは一も二もなく横領の証拠を探り当て処罰の許可を得ると、ドルドアの地方を滅ぼしに向かった。

 が、すでに城の主は従者を犠牲に逃げ延び、行方を晦ませていた。

わずかな手がかり見つけては追って追って追い続けたが、殺すことは出来なかった。

 そして、何もかもに疲れ果て、王都に戻ると騎士であることを辞めた。


 それから約五十年の時が過ぎ、北の田舎の小さな庵で一人暮らしていた翁の元に王女が現れ、こう告げた。

「かつてあなたが残した禍根(かこん)が現れた」と。


 目の色を変え戦うことを望んだイヴォールフが、ニケ月の戦乱の後に辿り着いた決戦の地は、奇しくも、五十年前に仇を探し血眼で駆けた、ドルドアの城だった。


 人生を賭してでもその首を断つことを願った怨敵が、一撃で剣を弾かれ怯える様を、なぜかどこか遠くのことのように感じていた。


 そして、この一振りが同時に己の生きる意味を失わせるだろうことも。


 そうだとしても構わぬほど、もう疲れ切ってしまっていた。

 剣を振り下ろすその時、ドルドアがつぶやいたのは、小さな謝罪の言葉だった。思わず止めた剣を握る手に、王女の小さな手が重ねられた。


 イヴォールフの父親殺害は、親に命じられたこと。追放された職人達を奴隷化したのは、恩があるために彼らなら命に反してくれると思ったのにも関わらず、本当に友の父を殺してしまったことへの罰のつもりであったこと。

 次々と、ドルドアの口から吐き出される真実を、イヴォールフはただ黙って聞いていた。

やがて全てが語られると、彼は剣を落として膝を着いた。


 赦す、とただその一言の下に。


 ドルドアの人生を、そして恨み恨み恨んで時を過ごした自らの人生をも全て赦し、雄々しき竜は涙した。


 その後、一月の時間をかけ、この領地の荒んだ法を正し民のための執政の基盤を成し終えて、イヴォールフは王都に戻った。

 そして真っ直ぐにラティフィーンの元へ訪れると、開口一番にこう述べた。


『若いころには(しがらみ)が多い。中年にはもっと多い。だが老いも極まれば、囚われるものも己で選べますじゃ』

 そう笑って、再び騎士になることを乞うた。


「イヴォールフ。貴方には騎士団の「砦」の称号を与えます。〈聖青花〉は、ミリテリアを贈り、その証にその花紋を刻んだ〈青銀器〉の耳飾りを」


 〈青銀器〉を手にイヴォールフへと近づくが、彼は一向に手を出して受け取ろうとしない。常の好々爺の顔に戻ってにこにこと機嫌良くただ待っている。


(前の時も思ったけど、耳に穴開ける型じゃなくてほんと良かった)


 それならば怖くて着けることなど出来ないところだったと、ラティフィーンはすでにある銀器のある反対の耳へ手を伸ばすが。

「おっと姫様や、わしはこちらにいただきたい」

 とんっと、前の式で授与された〈青銀器〉の少し上を叩いて示す。

「えっ、そうなの?」

 いきなりの要望に驚いたラティフィーンは、ついいつものように聞き返してしまった。

「なんでも、最近の若い(もん)の間では、それが流行しているのだとか。せっかくのこの老物(ろうぶつ)の心機一転の儀ですぞ。まだまだ若衆(わかしゆう)には負けんとする意気込みの表れですじゃ」

 そう歯をちらりと見せ笑った翁は、横からかかる「どんだけ若いもん好きなんだよ」の声を無視した。


 少し呆れた気持ちになりながらも、ラティフィーンは望まれた通りに耳飾りを着けると立ち上がった。突然強く吹いた風に目を伏せ、再び見つめたその先には、老いし(つわもの)が覚悟の眼で見上げていた。


「私が選んだ〈聖青花〉は、冬の霜で枯れその姿を消しても、春が来ると他のどの花よりも長く咲き続ける、藍の再生(さいせい)()


 そう言って円台へと振り返ると、ラティフィーンは腹に力を入れた。これから持たねばならないのは、かつて持ち主が「馬が二つに切れますぞ」と自慢した破格の長剣だ。

(これで怪我でもすればみんなに怒られる上に、メゼは泣く)

 気合に任せ、えいやとばかりに持ち上げて、腕を震わしながら振り向くと早々に地面に突き差す。剣は驚くほど深く地面にめり込んだ。

 ほっと、身を固めて見守っていた騎士全員が安堵の溜息をつく。

ラティフィーン自らも小さく息を吐いて、それから気を取り直しイヴォールフへ向かった。


「受けますか」

「どうかこの老骨に、再生の栄誉を」


立ち上がると、イヴォールフは両手で柄を握って剣を地から引き抜き、長剣を高く掲げる。


「わしは、握りの真中(まなか)に紋を彫りますぞ。たとえ死しても、その御印をさらさぬことを誓いましょう」

 再び剣で大地を刺して立つその姿は、まさに老いし古の竜だった。


「貴方にランサルンアの騎士の神と銀の乙女の加護を」

そう言うと彼は横に置いてあった帽子を被り、少し持ち上げながらおどけたように礼をした。

 それに笑って、ラティフィーンは再任の儀の最後の騎士を呼ぶ。



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