4. 再任の儀 第二の騎士 クラーフェルド
「次に、騎士団第二騎士、ラウス・レッジエ。私が与えし名は、我が騎士クラーフェルド。前へ」
ぐっと力強く足を踏み出しルクレシィアに並んだのは、太陽よりも煌めく金の髪を揺らす夜明けに似た青紫の瞳の精悍な顔つきの騎士。長身ばかりのラティフィーンの騎士団の中でも、最も背が高く体躯の良い彼は、式だというのに上着も着ていなかった。
薄地の白いシャツを大きく肌蹴させ着崩しているにも関わらず、匂い立つ気品は損なわれていないのは、彼の生まれ持った資質によるもの。
雄々しく、整った唇をにっと引き上げて、クラーフェルドは跪いた。
「お姫」
普段からのその崩された呼び方に、この時ばかりは流石に変えるだろうと予測していたラティフィーンは、少し驚く。しかしすぐに、してやったりと輝く綺麗な瞳を見つけて小さく笑った。この彼の自由さと器量の大きさに、何度となく助けられてきたことを思いながら。
「その名の意味は、クラーフ・フェルド〈金色の太陽〉。貴方が私に授ける言葉は何ですか」
「誰かを罰するより憎むより、俺はでっかく包むことにした。全部俺の中に入れて、俺の内を見るんだ。受け入れるってのは、たぶんそういうことだ」
最大の二貴家に続いての権威を誇る五大家の一、あまりの強欲で名高いレッジエ家の三男坊として彼は生まれた。
金、地位、名声、食、色、娯楽。
幼き頃、ありとあらゆるものを貪り尽くさんとする家族が理解できず、彼は父を母を兄を姉を、憎み嫌悪した。そしてその葛藤の苛みに耐え切れず、九歳になる前、逃れるためだけに神学寮へ飛び込んだ。
しかしそこで、着衣の着替えなどの当たり前のことでさえ己には満足に出来ない事を知ることになった。
そしていかに自らの身に、あれ程自分は違うと叫んだレッジエ家の習いが、汚泥のように積もっていたかを見つける。
もう己は、あの腐臭のする欲のかたまりと同じように生きるしかないのかと、絶望した時。
西の隣国スファイア海統国の同年の少年と、クラーフェルドは出会った。孤児でありながら強く気高く生きる彼の姿に、自らも一人の力で生きられる術を得ることを強く望んだ。そのためには、全ての力を尽くすことを誓って。
そうして神学寮を出て、大陸中を自らが稼いだ金だけで旅を始めた。大工の家に居候をしその技を学び、嗜みとして学んだ神学を子供たちに教え、汗をかき傷一つなかった手をぼろぼろにして、彼はやっと自らだけの力を得た。
その後約十年、クラーフェルドは身一つで旅を続けた。しかしそれでも、時折自分の何気ない感情や行動に、あの家の「化け物」のような感覚が垣間見える時。爪で喉を掻き毟り息を止めるほど己を疎み、「いつか自分もああなるのでは」というあまりの恐れに、震えが止まらなくなった。
そして旅が丁度十年を迎えようとしていた一昨年の七月、ランサルンアの王都から遠く離れた東の域を通りがかった時、人手不足の王女に出会い、そのまま迷う暇なく大捕り物に駆り出された。
第四王女を名乗る小さな少女は、彼を太陽みたいだと言った。それ自体は髪の色もあって珍しくなかったが、彼女のその理由は、「夜明け色の瞳が、夜を見つめ包む太陽の色だから」。
太陽は、夜が在りその闇を知って全て受け入れて光るからこその、太陽。
その言葉は、彼が己でさえそれとは気づかずに、十年の旅の中 渇望してきた答えだった。
怯むことなく真っ直ぐに闇さえ包み込む光を惜しみなく与える、黄金の日輪。
そのとき彼は、二度と足を踏み入れないと誓った王都に、彼女の騎士となり戻ることを決め、〝太陽〟となることを願った。
「クラーフェルド。貴方には騎士団の「双剣」の称号を与えます。〈聖青花〉は、ヒンテマリアを贈り、その証にその花紋を刻んだ〈青銀器〉の腕輪を」
ラティフィーンはクラーフェルドの横へ膝を付き、既に先の青銀器のある左腕ではなく、右腕を取って新たな証を彼の手に通した。どうかこの銀の輪が、彼の〝日輪〟の助けとなるようにと祈りながら。
「私が選んだ〈聖青花〉は、真夏の火輪の化身とされ、大地を肥やし人々に愛される青紫色の太陽花」
ラティフィーンは、立ち上がると対称となる二振りの剣の片割れを取り、クラーフェルドの前に突き立てる。もう片方に手をのばすために振り返った瞬間に、垣間見えたクラーフェルドは、重い剣を持つラティフィーンに盛大にはらはらしていた。
(確かにこれ重過ぎるけど)
手つきは、危うくないと思う。一応、練習だってしたのだ。先程までの不遜な態度はどこへと言いたくなるほど、心配しなければならないような様なのだろうか。手にしたもう一振りの剣を地に刺しながら、だったら先ほど式を終えた心配性のルクレシィアは性格上、顔に出さなかっただけなのだろうと思った。
「受けますか」
クラーフェルドへ真っ直ぐに向き直ったラティフィーンが発したのは、先程にはなかった問い。直系王族に仕えることが定められた守護騎士には、無用の問い。
その声に、ラティフィーンの手元を見つめては不安げだった顔が、満面の、太陽のような笑みを湛えた。
「もちろん」
次に式を受ける騎士から、苦々しげな息が漏れたが、本人はどこ吹く風だ。
それでこそ、いつでもラティフィーンの心を暖めてくれる、金の太陽。
「ありがと、クラルド」
いつものように略して呼ぶと、さらに笑みを深くして剣を両手に攫み立ち上がった。軽々と双剣を胸の前に掲げる。
「俺は、握りの先に紋を彫る。俺の構えで、一番近くなるからな」
声が、常よりも真剣みを帯びていることに気づいて、ラティフィーンは強く頷いた。
「貴方にランサルンアの騎士の神と銀の乙女の加護を」
ラティフィーンの声に応え、ぐっと双剣を胸に押し当ててから、強く地に突き立てる。両の手をその柄に乗せたまま、クラーフェルドは雄々しく立った。
ラティフィーンは次の騎士を呼ぶべく、視線を動かした。