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13. 個別作戦  女騎士は、迷子癖。


 北市街地のとある大通りを真昼の空の下、二十の兵が二列に並び、美しい程完璧に歩を合わせ行進している。常ならば笑い声の混じった喧騒で賑わっている通りの商人たちも、あまりの珍事に皆手を止め不思議そうに様子を見守っていた。

 と、突然先頭を切っていた赤毛の馬が止まり、騎士が舞うようにその身を滑らせ降り立った。

ざっと、最後の一足の音を残し、兵も停止する。

 完全に無音になったその場を一人軽快な靴音を立て移動し、騎士はぽかんと立っていた果物屋の女性に声をかけた。


「御婦人。この辺りにフェレッテ橋があると聞いたのだが、場所をお教えいただけるか」

 騎士に直接話しかけられたとあって緊張し強張っていた女性の顔が、再びぽかんとなる。


「フェレッテ橋なら、城を挟んでちょうど反対側……だよ?」

「……………………そうか」

 

 まったくの逆、北市街地でさえなかった衝撃にたっぷり黙り込んでから、メゼリエラは一言そう答えた。

 気まずそうな女性に短く礼を述べると、赤髪を風に攫わせ騎士は颯爽と兵の元へ戻る。

馬には乗らず、彼女は兵たちを見回し高らかに声を上げた。

「皆に、問う。道を……いや、そ……の、」

 しかしその途中から先程までの思わず背筋を正してしまう凛々しさに打って変り、ためらうように口の中であの、そのと繰り返しはじめた。

 全力をもって己が隊長の問いに答えられるよう気を引き締め、真剣な面持ちだった兵たちが、一様に首を傾げた。その様を見たメゼリエラは、ますます追い詰めらる。


  ああ、姫! 私にはやはりできかねます……っ!


 メゼリエラは込み上げる羞恥に耐え切れず心の中で叫ぶが、その時浮かんだラティフィーンの顔に、ぐっと手を握り締める。

(否。早くせねば……姫の御身が気がかりだ)

 一番に彼女の許に戻り、姫のご無事を確かめたい。

 きゅっと唇を噛み締め、激しい葛藤を振り切りメゼリエラは覚悟を決める。その気迫に、兵たちは一斉に息を止めた。

 そして、メゼリエラが口を開くのを固唾を呑んで見つめる。


「頼む、いや……いえ、……頼み、ます」

 常からの、隊員全員が憧れるきっぱりとした口調が崩れたことに、彼らは先程の夫人のようにぽかんと口を開けた。しかし、二十の半開の口も、軽く俯いたメゼリエラからは見えない。

「橋まで連れて行け……ではなくて、……く、ください」

 〝ください〟の前に軽く唇を噛み締め、凛々しいはずの騎士は目線を彷徨わせる。


  「お……お願い、します」


 耳まで真っ赤に染めて顎が胸元に付くまでうつむき、否頭を下げ両手を握り締めてやっとの思いで言い切った。その紅蓮の騎士に、日ごろ鍛錬を共にする兵たちだけではなく、通りの見物人全てが一人残らず半開きであった口を顎が外れそうになるまで広げた。


 鳥も鳴かない長いの沈黙。


 身を谷へ投げるつもりで告げたメゼリエラは、あまりの反応のなさに気絶しそうになりながらも、必死でラティフィーンの言葉を心の中で繰り返す。

〝ちゃんと、お願いするんだよメゼ。女の子らしく、ね〟

 

 迷子になって誰かに道を聞くなら、と彼女の最愛の主は言ったのだ。


 そう思い直し、姫との約束は死んでも守るのだという覚悟でもって、とにかくもう一度告げてみようと心に決め、メゼリエラは真っ赤に染まった顔を上げた。


 そこには、同じく顔を真っ赤にした見慣れた二十の顔。


「え?」


 驚き先程までの周りのようにぽかんと固まったメゼリエラの目の前で、彼らは突然怒号のような雄叫びを上げた。

 そのまま、いきなりのことにびくりと肩を震わせたメゼリエラを馬の上へ担ぎ上げ、面食らったままのメゼリエラを乗せた馬の周りにわらわらと集まると、馬を反対の方向へ向け手綱を引いて走り出す。

「えっ!?おいっ、お前たち!」

 メゼリエラの抑止の声も、主のはじめての〝お願い〟に感極まりきっている彼らには聞こえない。

 来た時には考えられない速さと騒音で、彼らは怒涛のように走り去った。


 呆然と見送った町人たちの一人が、兵の叫びが聞こえなくなった頃、ようやっとつぶやく。

「あれが……可憐の騎士の〝望む地へ辿り着けない呪い〟……?」

「〈騎士の手紙〉の話は、本当だったんだ……っ!」




 それから約三十分後、未だ商売もそっちのけで聖青花の騎士団を描く謎の小説家集団〈騎士の手紙〉の話で盛り上がっていた町人たちには、清廉とした鐘が四回鳴ったことに気づく者はいなかった。




 この後目的地での役目も興奮した兵たちがすべてしてしまったので、彼女のこの日の仕事は任務完了の鐘を鳴らすだけだった、とか。


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