12. 個別作戦 賢騎士は、怪力。
「ふん。本来ならば叩き出してやってもよいが、我は今機嫌がいい。……どうだ、我が選んだ者と戦盤で勝てば、話くらいは聞いてやろう」
北王徒域の一角の館で、体に合わない大きな椅子にふんぞり返った貴族の男が、部屋の隅に列をなす私兵たちを見やりながら傲慢に言い放った。
「その深き御慈悲と御心に心より感謝し申し上げます、閣下」
胸に右手を当て深く腰を折り、女ならば羨まずにはいられない麗髪をさらさらとこぼして、シュクラツィーレは最敬意礼を取った。
その濃い茶の完全なる帳の中、蔑みの嘲笑を浮かべながら。
偽りの礼により膝を付くことなど、造作もないこと。この館の扉を叩いてからここまでの全ては彼の予測通りであり、この最敬意礼もこの様な矮小な男などにではなく、膝を付く前に一撫でした銀のモノクルを授けた姫へのものなのだから。
目の前に運ばれてきた、金と宝石で出来た悪趣味なほど豪華な戦盤に、シュクラツィーレは触るのも嫌だと内心うんざりした。戦盤は道具を表す手札と盤上の駒を用いて行う、その大会も年に数度行われる程貴族平民を問わない国民的人気を誇る遊戯だ。
その前大会での準優勝者が、戦盤を挟みシュクラツィーレの前へと座った。
開始、五分。 ことりと駒を鳴らし、前大会での優勝者を秘密裏に弟子に持つ賢者の騎士は、あまりにあっけなく勝敗を決めた。
「誠に僭越ながら……約束を覚えておいででしょうか、閣下。ああ、と申しましても瑣末なことを一つお訪ね申し上げたいだけなのですが」
「……っ、申せ」
勝負に負けた男を鬼のような形相で睨みつけ屈辱に唇を震わせながら、なけなしの自尊心で男は唸る。
それにくすりと嗤って、勝者はすらりと長い足を組んだ。
「はい。先日、閣下はタトアント商人集団と大きな取引をされたようですね。私兵の武具、と位置づけて購入されていたようですが……私の見る限りとても閣下が所有する兵では使えきれない数です。……では、それはどこへ消えてしまったのでしょう?」
さっと赤土のような色に首まで憤怒に染め顔を歪ませて、男は怒号を上げた。
「今すぐその者を捕らえ殺せいっ!」
「はぁ……どこまでも、愚かな選択ばかりですね」
殺してどうするというのでしょうか。
思わず笑ってしまいながら、ゆったりと、余裕の素振りで彼は受けたばかりの銀のモノクルを撫で上げる。その背には、今まさに大剣が高々と振り上げられていた。
「ですが、少しは面白くなりました」
うっすらと口端を上げつぶやいた言葉は、金属が激しく打ち合う音に掻き消える。
剣を握る手に思わぬ衝撃を受けた兵士が身を硬直させたその瞬間、男は後方に魔法のように吹き飛んだ。
「なるほど。名高いタトアントの専門職人を姫君への忠心でまる二ヶ月拘束して作らせただけのことはあります」
愉快そうな瞳には、頭上から振り下ろされた大剣の一撃を受けてなお、傷一つない手甲が映っている。
「伝わる衝撃も、以前より大きく軽減されています。……実に素晴らしい」
ため息をつくように満足げに賞賛の言葉をつぶやき、こつりと、細身のブーツを綺麗に鳴らして並み居る私兵へ振り返る。
「さて」
手をのばして懐から何かを取りだそうとするシュクラツィーレに、私兵たちが一斉に身構えた。しかし、出てきたのは小さな青緑色の布一枚。一瞬にして吹き飛んだ兵士の惨劇を思うと動けずにいる私兵たちを無視し、シュクラツィーレは髪を掻き上げその布を巻きつける。
それこそが、真の惨劇のはじまりであるとも知らずに。
きゅっと小気味のいい音を立て、布が引き結ばれた。
上げていた腕を下ろすと同時に、ふと、何かに気づいたようにシュクラツィーレはモノクルを弾く。
「姫がまた昼寝をしていないか、早く戻って確かめなければならないのを忘れていました」
それから二十分を少し過ぎた頃、青空を撫でるような鐘の音が三つ鳴った。
鐘を鳴らすまで少し時間がかかったのは、クラと一緒にされたくなくて暴れた部屋の証拠隠滅をしていたからです。