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10. 姫とつかの間の休息



「はぁ~~、舌噛みそうだった……」

 式の全ての終わりを告げた後、思い切り伸びをしながら、ラティフィーンはため息と共に緊張を解いた。

 その地位からは考えられないが、王女と騎士達は自らごぞごぞと円台や椅子を定位置に戻しながら常の砕けた様で会話をはじめていた。

 自らの右隣へとまだ名も花も彫られていない椅子を置いたユイを、申し訳なさそうに見上げ、王女が謝罪する。

「ごめんねユイ。正式な騎士名がまだ決まってないから、青銀器とか渡せないの」

 もう、隣国タトアントから帰って一ヶ月半が経っているにも関わらず、ラティフィーンはなかなか彼の騎士名を決められないでいた。今までならば、出会った瞬間に思い浮かぶことがほとんどだったので、ラティフィーン自身戸惑っている。

「銀器自体はもう出来てるから、あとは彫るだけなんだけど……」

「好きにしろ。俺は構わない」

 気にもしていないふうにされると、それはそれで悲しい気がするが、ラティフィーンは素直に有り難く思うことにした。実は、すでに聖青花は決まっているのだが、一度に渡したいので黙っている。

それでも、名が決まらないことに罪悪感があるのは否めないが。



「姫さま、今回〈(あお)(ぬの)〉はなしなんですかー?」

 円台はラティフィーンから左回りに騎士の就任順に並んでいる。椅子に座ったユイの横から、マルティスが身を乗り出してラティフィーンの顔を覗き込んだ。

 その第六の騎士の丁度対角に座った第二騎士クラーフェルドが、呆れたように唸る。

「これ以上いらねえだろう。前回、染物屋が面倒だろうからって一度に二十枚も渡されたんだ。……お姫が持っててくれた方が有り難味があるのに」

 拗ねたように口を尖らせながらも、自身の右の二の腕に(くく)ったヒンテマリアの青紫をした青布を大切そうに撫でる。

この布は、ここ〈青園の白花〉にある騎士専用の椅子のように、騎士名・聖青花・青銀器の他に与えられる騎士団の証。それぞれ与えられた聖青花の花を集めて染められた、騎士によって色の異なる、彼らにとっての(せい)()


「もらっているだけましだ。俺には、染める花さえない」

 何の偶然か気持ち良く吹いていた風まで止んで、黒尽くめの騎士の発言に奇妙な沈黙が生じる。

 正直、六ヶ月間片時も離れず共にいたラティフィーンを除いた騎士達は、他国タトアントの皇位継承権と独特の雰囲気を持ったこの新たな騎士の存在を計りかねていた。未だ聖青花が与えられないことを責めているのか拗ねているのか、はたまた有り難味がないとぼやいたクラーフェルドを(いさ)めているのか慰めているのか、現在もその言葉の意図を悩むように。

「あ~、ちなみに今のはただ事実を述べただけ。に、ちょっぴり慰める気があった……気がする」

「そうなのですか?」

 助け舟をと代弁を試みたラティフィーンに、不思議そうにルクレシィアが聞き返した。しかしその返答はたぶん、きっとなど、どんどん曖昧なものに変化しついには消えていった。


 真横で起こる二人の会話を清々しいまでに聞き流し、当事者はいつの間にか取り出した暗器(あんき)の手入れをはじめようとする。果てしなく自由な彼を止めたのは、麗わしの猛者だった。

「え~~、……ユイ殿、貴殿は今おいくつなのですか」

 空気を変えようと多少無理やりながらも、現在十九歳のメゼリエラはこの一ヶ月半気になり続けたものの機会を逃し続けた質問をぶつけてみる。わしも気になっておったと、イヴォールフが加勢した。

 円台をはさんだ真っ直ぐ先の女騎士を見つめ、漆黒の髪さえ動かぬほどほんのわずかに右へ首を傾げて、暗器を置いたユイは無表情のまま質問にずばり答えた。

「二十歳だ」


「は……っ、はたちぃい?!」


 同時に上がった幾人かの大声が〈白花〉に響き渡ると、絶叫された本人は、常よりも瞬きを増やしてさらにわずか右へ首を傾けた。

「……私よりも上だと思っていた」

 三つは上という予想に反し、二つも年下というあまりに意表を突いた回答に、流石の真なる騎士ルクレシィアも驚きを隠せず思わずつぶやいた。

それを見たラティフィーンがうんうんと深く頷く。かつて自らもした懐かしい反応だった。


「見た目と違いすぎる年齢……か。あの、僕もう一人……年が気になる人がいるんですけど」

「何、わしかな、マル坊。わしは今年六十じゃよ」

 ちらりと向けた視線に応えて、穏やかに笑う老騎士に、マルティスは何とも言えない苦い顔をした。

 去年の七月末、騎士となってすぐに自らが持つすべての情報網を用いて騎士達のことを調べ上げた。新たな場で己の力を最大限に活かすため情報が必要だったからだが、しかしどの角度から見ても六十には微塵も見えないこの若作り古狸(ふるだぬき)に関しては、ただの年齢さえ確かなものは知れなかった。

 笑顔で見詰め合いながらも、どこか黒い気配を漂わせる自称六十の老人と記憶がないため自称十八歳の少年を見やりながら、同じく二十一の二人の青年がぼそぼそと囁き合う。

「私が計算したところ、これでも若く偽っていますよ」

「……やっぱ化けもんだな」

 〈聖青花の騎士団〉の智慧を司る賢騎士がそのモノクルを押し上げ、数多の過去の文献の情報を組み合わせ算出した結果をつぶやくと、金の髪の獅子はぞっとして素直な感想を漏らした。



「さてと。そろそろ次の作戦予定時刻になるかな……。みんなちょっと聞いて」

 ここまで小さく笑ってやり取りを眺めていたラティフィーンが、頃合いを見て注目を促す。全員の目が向けられたのを確認すると、王女は話し出した。

「今までもずっと言って来た事だけど、まだ聞いてない人もいるから。一番の基本をもう一度確認しておくっ」

 ラティフィーンが気合十分に椅子を詰め座り直すと、騎士達は再び背を正した。それを見届け、王女は目を閉じ大きく息を吐くと、王女の意識に切り替え、皆を見据えた。


「私は、王女でなかったら何の特殊な力もない、ただの娘です」

 その一見己を蔑むような言い方を、もう何度も聞いているはずなのに、我慢出来ずに反論するメゼリエラに笑ってラティフィーンは続ける。

「でも、私にはみんながいる。威厳も、器も、智慧も、美しさも、重厚さも、速さも、腕っ節もないけど。みんながいてくれる。わからないことだらけの私を、助けてくれるみんなが」

 そしてラティフィーンは、心から笑った。

「みんなこそが、〈聖青花の騎士団〉の、私の一番大事な宝です」

 風が彼女の黒髪をなびかせ、空に舞ったいくつもの青い花弁が真白の大理石を撫でては去って行く。

「だからいつでも、私が一番に願うのは、みんなの無事の帰還です。どうか忘れないで」

 騎士達は、己が姫の様をじっと見つめそれぞれ、心に二度と消えぬようその言葉を刻み込む。

  必ず、この優しく尊い願いを叶えるために。


「剣が折れて、(つか)が砕けて、銀器が潰れて、誇りが消え失せても。ちゃんと私のとこまで帰ってきて」


 それでも、何があっても、どうか生きて帰ってきて。


「約束よ、忘れないでね」

 泣き出しそうな祈りで、ラティフィーンはそう願う。だから。

「紋があろうが思う存分柄でも鍔でも、銀器ででも殴り飛ばしなさい!」

 少々物騒な言葉にも、ラティフィーンの〝紋や青銀器を庇ったために怪我などして欲しくない〟という思いを感じて、騎士達はその温かさに笑う。そして、各々が、各々の言葉と態度ではっきりと、必ず守ることを示した。


 だったら、自分がすべきことは、信じることだとラティフィーンは思う。彼らは、この祈りに応えて続けてくれた。だから、ラティフィーンは絶対にそれを信じる。

 信じるから、彼らを送り出せる。

「じゃあまずは、手始めに人の誕生日祝いを邪魔しようとする悪党たちを退治しちゃお」

 十二分に懲らしめてね、と加えにやりと笑う。それから、再び花咲くような満面の笑みを浮かべた。

「作戦、再開。みんな、気をつけていってらっしゃい!」

 その笑顔は、王女のものではなく、少し幼く見える彼女本来のもの。それを見た騎士たちは満足げに、あいわかったと散って行った。

 その後ろ姿を見つめ、最後の一人であるルクレシィアの背が消えた後、ラティフィーンは空を見上げる。



「良い天気だなあ……」

 雲ひとつない真っ青の空と見渡す限りの真っ青な庭。真上から差してくる太陽の光もそよぐ風も、文句の付けようもなく清々しい、のに。

これから起こるであろう困難たちに、ぼろぼろになる自分たちが容易く想像出来る。

 今日これから日が沈むまでに、ここまでの準備が実行される。

 今は、ルクレシィアとユイが迎えに来るのを、少しばかり待つだけだ。

式を終え、ラティフィーンはなんとなく自分の今までを思った。



 今から約十八年前、立国暦七九四年、麗春の終わり。

 第五十二代ランサルンア王国国王と第三王妃の間に、ラティフィーンは二人王子と三人の王女の下、末子として生まれた。

 父王は良君と名高き、かつて腹の中から警告を発し父王を助けた伝説を持つ、その眠りに大いなる流れの意思を受ける比類なき夢見の預言師。その天啓によって、彼は地方のしがない領主の三女であった母を娶った。

 后の中で最も愛されながらも、ラティフィーンに自らとまったく同じ透るような黒曜石の髪と、夜闇に光を照らされると不思議にうっすらと青く光る黒瑪瑙の瞳を残して、娘が七つになる少し前に彼女は亡くなった。

 かけがえのない存在を失った悲しみの中、そばで支えてくれたのは、五つの頃から共にいた同年の幼馴染。大陸の左上に位置する領王国ユリアントレッタから留学していた第三王子だった。おかげで今でも、頭が上がらない大切な存在に居座っている。


 そしてそれから三年が経った、十の誕生日を迎えた夜。ラティフィーンは運命の人と出会った。


 それは小さな少女であった彼女に、王女としての器と信念を授けた、()の師。ラティフィーンを〈救国の姫君〉と呼ばれるにまで至らせたのは、目も眩むほど輝いた、彼とのこの五年間だった。


 そうして、今。


「もう十八、かぁ……」

 〈青の楽園〉の端に、白と黒の騎士がこちらに向かってくるのを見とめ、少女は歩き出した。

 目を閉じてたくさんの想いを抱き締める。(あふ)れて今にも流れ出しそうになるものを、必死で掻き集めて。

 これからの作戦と部屋に戻れば扉が開かなくなる程部屋中に氾濫(はんらん)した資料の確認が待っていることで思考を埋めながら、ラティフィーンは何かをごまかすように青い息を吐いた。





 次から、各騎士が散ってみんな好き勝手やります。


 騎士たちの素が、ボロボロと露見することに……なる、はず。です。

 そっと……遠くから半眼くらいで見守ってやってくださいませ。

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