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9.  着任の儀   第七の騎士 ユイ



「これより、着任の儀を執り行います。新たに私の直属騎士団に所属し第七騎士となる意志を持つ者、黒の知者が開きし隣国タトアント皇国(おうこく)、皇位継承権第一皇子ストゥアラ。我が仮に与えし名をユイ。前へ」


 音も気配もなく、彼は漆黒の髪を揺らし、芸術品のように整った顔に無表情を()せて歩く。

 髪と同じ漆黒の、しっかりと体に添った広く肩の出た薄手の長袖と、機能性の良い鞣革(なめしがわ)のズボンを膝下まであるブーツに入れ、すらりと高い背でも闇に紛れる出立ちをしている。

 夜闇のようなその姿の中でただ一つ、その瞳のみは雪のような白銀。けれどその美しい不思議の瞳には、硝子ような無機質さがあった。


 無音で歩きマルティスの隣に並ぶと、ユイは立ったままラティフィーンと向き合う。かつて銀の乙女がある者を騎士とした折の神話に(なぞら)え、まだ騎士の地位を受けていない者には膝を付かせてはならないという習わしがあるためだ。

 第四王女は、静かに音を紡ぐ。


「貴方は我が騎士となることを真に望みますか」

「ああ」


 無駄のない淡白な(いら)えをするその声は深く、それでいて雪のように澄んでいた。


「では問います。貴方がこれまでの人生を賭し、得たものは何ですか」

「月だ」


 短過ぎるその答えは、在り得ないものだった。彼の生まれた隣国タトアントではまさに、どんなに欲し嘆いても絶対に届かないものの代名詞として用いられている。

それでも、ラティフィーンは静かに問うた。

「その意は、いかにありますか」

 それに、今まで淡々と答えていた彼が黙る。ラティフィーンも黙り、静かに待った。

しばらくの静寂の後。


 「俺は、死せよと生まれ落ちた」

 

 少し目を伏せ、未だ思案するように彼はゆっくりと述べる。

 ユイは、生まれ落ちたその時に皇位を奪う子と預言され、(おう)(ふところ)(がたな)であり恐怖政治を行うための牙とされた暗殺者集団〈深淵(しんえん)(さい)〉へと投げ落とされた。

 父皇であったルイーニリ・ザルド・タトアントは、力ない預言師の言葉を信じ皇位剥奪を恐れ、先に生まれた二人の皇子も同じように処し、殺していた。


『闇に溶け堕ち消え失せろ』

 その(じゆ)(ごん)そのままに、彼が得た名はストゥアラ〈漆黒〉。

 誰もが暗殺者の中に放り込まれた赤子に未来はないと予測したが、しかしユイはそれを裏切り、生き残った。けれど、成長したその様は感情すら持たぬ人形と違わず、言われたことのみを淡々とこなすその姿に、反逆など起こすはずもないと皇は安堵し放置した。



「匂い立つ血も見えぬ闇に生まれ、息をし、それ以外のものは何ひとつなかった」

 それでも彼は生き、刃を振るい続けた。それが何故だったのかは、今になってさえユイにはわからない。

 生き残るのは、生まれながらにずば抜けた才がある者だけの中で、〈深淵の賽〉において史上初の最高戦闘員〈一の目〉の位と、恐怖政治のための諜報活動などを行う政事要員の最高位の兼任を、たった十七にして任されることになるほど、ユイの持つ力は別格だった。


 その任命から三年が過ぎた約七ヶ月前、ユイは常とは異なった密命を受けた。ランサルンアから(さら)われた第四王女を政敵である前皇皇子の城から奪い、その利を得るため連れ帰れ、というものだった。そして攫った後も、送られてくる兇手(きようしゆ)からの護衛として付けと命じられた。



「ただ……お前に出会って」

 殻に包まれ守られていた種が春に芽吹くように、心が動き始めたのを、胸の内に生きた何かが脈打つことを、知った。

「月も星もない漆黒の闇空を、見上げ続けてきた意味を、知った気がした」

 心無き〈漆黒〉の器として無だった頃から、気づけば闇ばかりの空を見つめていた。


 何かを、待つように。その、意味を。


「終わらぬ闇に灯るものを、俺は得た」

 漆黒の夜空を照らす、祈りのように澄んだ月影。

「それでは、不足か」

 泣きそうな想いでユイを見上げていた王女は、いいえと応えるので精一杯だった。

 あの囚われの六ヶ月の間に、ラティフィーンは彼の苦しみを傍で見続けた。

 その終わりを願い命を賭けて奮い立つ程に、それはまさに闇だった。

 それを越え、今彼が私に授けるもの(おもい)。

 タトアントでの最後の夜、雪を割り一面に咲き誇る冬の終わりの花の中、彼が口ずさんだ祈り歌の小さな旋律が、聞こえた気がした。


「いいえ、我が騎士よ。貴方を、心よりの信頼と敬愛と共に私の許へ喜び迎えます」

 一生忘れないだろうと思いながら、あの澄み冴えた水面のような美しい声に浴し誓ったこと。


(あのとき、私は彼の人生を受けることを決めた)


「受けて、いただけますか」

「受けよう」


 再び簡潔な答えに戻ったユイが、目を合わせたまま膝を折り、跪く。


「ラティフィーン」


 やっぱりあなたは、騎士になってもそう呼ぶのねと、切ない思いが瞳を潤ませる。

けれど、ラティフィーンは笑ってみせた。


「この時をもって、正式に貴方を我が騎士とします。そしてその証のはじめとして、剣を授けましょう」


 真白の円台の上に乗る最後の品である剣を取り、すでに立ち上がったユイに手渡す。その刃を下にしユイは少し傾けて構えるように掲げると、新雪の瞳で真っ直ぐにラティフィーンを見つめた。


「俺は、お前が俺に許す限り、必ずお前の元に戻ろう」


 この言葉が、どれほどの闇を越え辿り着いたものか。私たちは、よく知っている。

「月が、お前への道を照らすだろうから」

ぎゅっと締め付けられた胸を、抱きしめてラティフィーンはもう一度笑った。


「月が、貴方を照らさずとも。私は、貴方を待ちます。……貴方は必ず帰ってくるから」

「……ああ」


 小さく、光を見つけた漆黒が、笑った。




 これでやっと騎士の自己紹介はとりあえず終了。

 少しでも、彼らを気に入ってくださったならば、望外の喜びです。


 これからは堅苦しいのが苦手な彼らが、いつも通りに戻ります。

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